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第1話 無慈悲な宣告
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「――アリアナ・フォン・ベルンシュタイン侯爵令嬢。貴様との婚約は、本日をもって破棄させていただく」
凛、と張り詰めた空気が漂う王城の謁見の間。磨き上げられた大理石の床に、私の膝が縫い付けられたかのように動かない。目の前には、このエスタード王国の第一王子にして私の婚約者であらせられる、レオンハルト殿下が冷ややかな表情で立っていらっしゃる。その隣には、苦虫を噛み潰したような顔の宰相閣下。そして、周囲には壁際にずらりと並んだ高位貴族たちの好奇と侮蔑が入り混じった視線、視線、視線……。
(ああ……ついに、この日が来てしまったのですね)
まるで舞台の上の演者のように、私はただ一人、この冷たい劇場の中心に立たされていた。宣告された言葉の意味を、頭では理解している。けれど、心がそれを現実だと受け止めることを、頑なに拒否していた。だって、私は、この日のために――レオンハルト殿下の隣に立つに相応しい妃となるために、どれほどの努力を重ねてきたことか。
「理由を、お聞かせいただけますでしょうか、殿下」
絞り出した声は、自分でも驚くほどか細く、震えていた。それでも、侯爵令嬢としての矜持が、私にかろうじて顔を上げさせた。どんな理由であれ、それを聞く権利くらいはあるはずだ。
レオンハルト殿下は、心底面倒くさそうに、美しいプラチナブロンドの髪をかきあげた。陽光を反射してきらめくその髪は、かつて私が憧れたもの。けれど今、その輝きは私を打ちのめす刃のように感じられた。空色の瞳が、温度のない光で私を射抜く。
「理由、か。簡単なことだ。君は、私の隣に立つには――この国の王太子妃となるには、あまりにも地味で、華がない」
地味で、華がない――。
その言葉は、まるで毒矢のように私の胸に突き刺さった。ぐらり、と視界が揺れる。必死に足を踏ん張り、倒れ込むことだけは避けなければと、それだけを考えた。
(地味……? 華がない……?)
確かに、私は流行りのドレスや宝石を追い求めることはしなかった。夜会でも、できるだけ目立たないように壁際に控えていることが多かった。けれど、それは……それは、殿下のためだったのに。殿下が「出しゃばる女は好かん」「妃は夫を立て、一歩下がって支えるものだ」と常々おっしゃっていたから。殿下の理想の妃に近づくために、私は自分の好みや華やかさを、ずっと、ずっと押し殺してきたというのに。
「それだけ……でございますか?」
「それだけ? それが最も重要なことだろう。国の顔となる王太子妃が、飾り気のない、陰気な女では話にならん。そうは思わないか?」
殿下は、まるで面白い見世物でも見るかのように、唇の端を歪めて私を見下ろす。周囲の貴族たちからも、くすくすという嘲笑が漏れ聞こえてくる。ああ、なんて屈辱的。
悔しさと悲しさで、視界が滲む。けれど、泣くわけにはいかない。ここで涙を見せれば、それこそ彼らの思う壺だ。私は奥歯を強く噛みしめ、背筋を伸ばした。
「……殿下のお考え、承知いたしました。これまで長きにわたり、婚約者としてお側に置かせいただきましたこと、感謝申し上げます」
震える声で、型どおりの挨拶を述べる。せめて、最後までベルンシュタイン侯爵家の令嬢として、恥ずかしくない態度を取らなければ。
私のその態度が、さらに殿下の癇に障ったのだろうか。彼は、吐き捨てるように言った。
「ふん、殊勝なことだな。まあ、君のような女には、隣国ガルディアの“冷徹公爵”あたりがお似合いだろう。鉄面皮で、血も涙もないと評判の男だ。地味で陰気な君とは、ある意味で釣り合いが取れるのではないか?」
ライオネル・フォン・ヴァルテンベルク公爵――ガルディア王国で最も権勢を誇る大貴族でありながら、その冷酷さと有能さで畏怖される人物。私も名前くらいは知っている。社交界でも、彼の話題は一種の禁忌のように扱われていた。そんな人物と私を一緒にするなんて。これは、最大限の侮辱だ。
(ひどい……あんまりだわ……)
もう、限界だった。顔から血の気が引き、立っているのがやっとだった。今にも崩れ落ちそうな私を、しかし、誰も助けようとはしない。彼らはただ、冷たく、あるいは面白そうに、この茶番劇の終わりを待っているだけ。
「宰相、あとはよしなに計らえ」
レオンハルト殿下は、私に一瞥もくれることなくそう言い放つと、さっさと踵を返して謁見の間を出て行かれた。まるで、道端の石ころでも蹴飛ばしたかのように、無関心に。
後に残されたのは、凍り付くような沈黙と、私の砕け散った心だけだった。
ああ、私のこれまでの人生は、一体、何だったのだろう――。そんな虚しい問いだけが、頭の中をぐるぐると回り続けていた。この屈辱と絶望から、どうすれば抜け出せるというのだろうか。答えなんて、どこにも見つけられそうになかった。
凛、と張り詰めた空気が漂う王城の謁見の間。磨き上げられた大理石の床に、私の膝が縫い付けられたかのように動かない。目の前には、このエスタード王国の第一王子にして私の婚約者であらせられる、レオンハルト殿下が冷ややかな表情で立っていらっしゃる。その隣には、苦虫を噛み潰したような顔の宰相閣下。そして、周囲には壁際にずらりと並んだ高位貴族たちの好奇と侮蔑が入り混じった視線、視線、視線……。
(ああ……ついに、この日が来てしまったのですね)
まるで舞台の上の演者のように、私はただ一人、この冷たい劇場の中心に立たされていた。宣告された言葉の意味を、頭では理解している。けれど、心がそれを現実だと受け止めることを、頑なに拒否していた。だって、私は、この日のために――レオンハルト殿下の隣に立つに相応しい妃となるために、どれほどの努力を重ねてきたことか。
「理由を、お聞かせいただけますでしょうか、殿下」
絞り出した声は、自分でも驚くほどか細く、震えていた。それでも、侯爵令嬢としての矜持が、私にかろうじて顔を上げさせた。どんな理由であれ、それを聞く権利くらいはあるはずだ。
レオンハルト殿下は、心底面倒くさそうに、美しいプラチナブロンドの髪をかきあげた。陽光を反射してきらめくその髪は、かつて私が憧れたもの。けれど今、その輝きは私を打ちのめす刃のように感じられた。空色の瞳が、温度のない光で私を射抜く。
「理由、か。簡単なことだ。君は、私の隣に立つには――この国の王太子妃となるには、あまりにも地味で、華がない」
地味で、華がない――。
その言葉は、まるで毒矢のように私の胸に突き刺さった。ぐらり、と視界が揺れる。必死に足を踏ん張り、倒れ込むことだけは避けなければと、それだけを考えた。
(地味……? 華がない……?)
確かに、私は流行りのドレスや宝石を追い求めることはしなかった。夜会でも、できるだけ目立たないように壁際に控えていることが多かった。けれど、それは……それは、殿下のためだったのに。殿下が「出しゃばる女は好かん」「妃は夫を立て、一歩下がって支えるものだ」と常々おっしゃっていたから。殿下の理想の妃に近づくために、私は自分の好みや華やかさを、ずっと、ずっと押し殺してきたというのに。
「それだけ……でございますか?」
「それだけ? それが最も重要なことだろう。国の顔となる王太子妃が、飾り気のない、陰気な女では話にならん。そうは思わないか?」
殿下は、まるで面白い見世物でも見るかのように、唇の端を歪めて私を見下ろす。周囲の貴族たちからも、くすくすという嘲笑が漏れ聞こえてくる。ああ、なんて屈辱的。
悔しさと悲しさで、視界が滲む。けれど、泣くわけにはいかない。ここで涙を見せれば、それこそ彼らの思う壺だ。私は奥歯を強く噛みしめ、背筋を伸ばした。
「……殿下のお考え、承知いたしました。これまで長きにわたり、婚約者としてお側に置かせいただきましたこと、感謝申し上げます」
震える声で、型どおりの挨拶を述べる。せめて、最後までベルンシュタイン侯爵家の令嬢として、恥ずかしくない態度を取らなければ。
私のその態度が、さらに殿下の癇に障ったのだろうか。彼は、吐き捨てるように言った。
「ふん、殊勝なことだな。まあ、君のような女には、隣国ガルディアの“冷徹公爵”あたりがお似合いだろう。鉄面皮で、血も涙もないと評判の男だ。地味で陰気な君とは、ある意味で釣り合いが取れるのではないか?」
ライオネル・フォン・ヴァルテンベルク公爵――ガルディア王国で最も権勢を誇る大貴族でありながら、その冷酷さと有能さで畏怖される人物。私も名前くらいは知っている。社交界でも、彼の話題は一種の禁忌のように扱われていた。そんな人物と私を一緒にするなんて。これは、最大限の侮辱だ。
(ひどい……あんまりだわ……)
もう、限界だった。顔から血の気が引き、立っているのがやっとだった。今にも崩れ落ちそうな私を、しかし、誰も助けようとはしない。彼らはただ、冷たく、あるいは面白そうに、この茶番劇の終わりを待っているだけ。
「宰相、あとはよしなに計らえ」
レオンハルト殿下は、私に一瞥もくれることなくそう言い放つと、さっさと踵を返して謁見の間を出て行かれた。まるで、道端の石ころでも蹴飛ばしたかのように、無関心に。
後に残されたのは、凍り付くような沈黙と、私の砕け散った心だけだった。
ああ、私のこれまでの人生は、一体、何だったのだろう――。そんな虚しい問いだけが、頭の中をぐるぐると回り続けていた。この屈辱と絶望から、どうすれば抜け出せるというのだろうか。答えなんて、どこにも見つけられそうになかった。
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