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第32話 信頼の証
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私がエスタードに関する情報収集と分析を進めている間にも、両国間の緊張は解けることなく、むしろじわじわと高まり続けていた。エスタード側からの挑発的な行動は依然として収まらず、交易交渉も暗礁に乗り上げたままだった。
(このままでは、本当に武力衝突も現実味を帯びてきてしまう……)
そんな焦燥感に駆られていたある日、ライオネル公爵から思いがけない言葉をかけられた。
「アリアナ。近々、エスタードから正式な使節団がヴァルテンシュタットを訪れることになった。表向きは、交易問題に関する再交渉ということになっているが……おそらく、それ以外の目的もあるだろう」
「エスタードからの……使節団……」
その言葉に、私の心臓が小さく跳ねた。ついに、公式な外交の場が設けられるのだ。それは、両国関係改善への一縷の望みであると同時に、交渉が決裂すれば、より深刻な事態を招きかねない危険な賭けでもあった。
「私は、その会談の席に、君にも同席してもらいたいと考えている」
「え……!? わ、私が、ですか……?」
公爵の言葉に、私は耳を疑った。確かに、私はこれまで彼にエスタードに関する情報を提供してきた。けれど、それはあくまで内々のことであり、私がガルディアの代表として公式な外交の場に出るなど、考えもしていなかったからだ。ましてや、相手は私の故郷の使節団なのだ。
「君は、エスタードの内情を誰よりもよく知っている。彼らの言葉の裏にある本音や、交渉の落としどころを見極める上で、君の洞察力は必ず役に立つはずだ。それに……君が私の隣にいること自体が、エスタード側に対する無言の圧力にもなるだろう」
最後の言葉には、ほんの少しだけ、公爵らしい冷徹な計算が込められているように感じられた。けれど、それ以上に、私に対する絶対的な信頼の念が、その声からも、真剣な眼差しからも、ひしひしと伝わってきた。
側近であるゲルハルト将軍やエルンスト様も、最初は少し驚いたような表情を見せたが、これまでの私の働きぶりを見てきた彼らは、特に異を唱えることはなかった。むしろ、「アリアナ様ならば、的確なご助言をいただけるでしょう」と、私に期待を寄せるような言葉さえかけてくれた。
(公爵様が……そして、皆さんが、そこまで私を信頼してくださるのなら……)
不安がないわけではない。けれど、それ以上に、彼らの期待に応えたいという気持ちが、私の背中を押した。
「……はい。未熟者ではございますが、全力で務めさせていただきます」
私がそう答えると、公爵は満足そうに小さく頷いた。
数日後、エスタードからの使節団がヴァルテンシュタットに到着した。彼らはまず、儀礼的な挨拶のために公爵邸を訪れ、大きな応接室でライオネル公爵と対面することになった。その場に、私も公爵の隣に座っていた。
使節団の代表は、エスタードでも比較的穏健派として知られる初老の伯爵だった。彼は、私の姿を認めて一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに平静を取り繕い、型どおりの挨拶を述べ始めた。
会談は、終始緊張感に包まれていた。エスタード側は、相変わらず不当な交易条件を主張し、ガルディア側はそれを冷静に、しかし断固として拒否する。言葉の応酬が続く中で、私は必死に、使節たちの表情や声のトーン、言葉の端々に隠されたニュアンスを読み取ろうと努めた。
(この伯爵は、本心ではこの強硬な要求に乗り気ではないのかもしれない……。彼の背後には、もっと強硬な貴族たちの圧力が……?)
時折、ライオネル公爵が私に視線を送り、目で合図をすることがあった。その度に、私は小さな声で、自分が感じ取ったことや、相手の狙い、そして効果的だと思われる反論などを彼に囁いた。公爵は、私の言葉に静かに頷き、それを巧みに自身の交渉術に取り入れていく。
会談は数時間に及んだが、結局、その日は具体的な進展は見られなかった。しかし、終わった後、公爵は私にこう言った。
「アリアナ。君の助言は、非常に的確だった。おかげで、彼らの手の内がいくつか見えた。……ありがとう」
その言葉に、私は大きな安堵感と、そして確かな手応えを感じていた。私は、この国の、そしてこの人の役に立てているのだ、と。
それは、私が初めて「ヴァルテンベルク公爵の婚約者」として、ガルディアの国益のために働くという、大きな一歩を踏み出した瞬間だった。そして、その一歩は、私の運命をさらに大きく動かしていくことになるのだった。
(このままでは、本当に武力衝突も現実味を帯びてきてしまう……)
そんな焦燥感に駆られていたある日、ライオネル公爵から思いがけない言葉をかけられた。
「アリアナ。近々、エスタードから正式な使節団がヴァルテンシュタットを訪れることになった。表向きは、交易問題に関する再交渉ということになっているが……おそらく、それ以外の目的もあるだろう」
「エスタードからの……使節団……」
その言葉に、私の心臓が小さく跳ねた。ついに、公式な外交の場が設けられるのだ。それは、両国関係改善への一縷の望みであると同時に、交渉が決裂すれば、より深刻な事態を招きかねない危険な賭けでもあった。
「私は、その会談の席に、君にも同席してもらいたいと考えている」
「え……!? わ、私が、ですか……?」
公爵の言葉に、私は耳を疑った。確かに、私はこれまで彼にエスタードに関する情報を提供してきた。けれど、それはあくまで内々のことであり、私がガルディアの代表として公式な外交の場に出るなど、考えもしていなかったからだ。ましてや、相手は私の故郷の使節団なのだ。
「君は、エスタードの内情を誰よりもよく知っている。彼らの言葉の裏にある本音や、交渉の落としどころを見極める上で、君の洞察力は必ず役に立つはずだ。それに……君が私の隣にいること自体が、エスタード側に対する無言の圧力にもなるだろう」
最後の言葉には、ほんの少しだけ、公爵らしい冷徹な計算が込められているように感じられた。けれど、それ以上に、私に対する絶対的な信頼の念が、その声からも、真剣な眼差しからも、ひしひしと伝わってきた。
側近であるゲルハルト将軍やエルンスト様も、最初は少し驚いたような表情を見せたが、これまでの私の働きぶりを見てきた彼らは、特に異を唱えることはなかった。むしろ、「アリアナ様ならば、的確なご助言をいただけるでしょう」と、私に期待を寄せるような言葉さえかけてくれた。
(公爵様が……そして、皆さんが、そこまで私を信頼してくださるのなら……)
不安がないわけではない。けれど、それ以上に、彼らの期待に応えたいという気持ちが、私の背中を押した。
「……はい。未熟者ではございますが、全力で務めさせていただきます」
私がそう答えると、公爵は満足そうに小さく頷いた。
数日後、エスタードからの使節団がヴァルテンシュタットに到着した。彼らはまず、儀礼的な挨拶のために公爵邸を訪れ、大きな応接室でライオネル公爵と対面することになった。その場に、私も公爵の隣に座っていた。
使節団の代表は、エスタードでも比較的穏健派として知られる初老の伯爵だった。彼は、私の姿を認めて一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに平静を取り繕い、型どおりの挨拶を述べ始めた。
会談は、終始緊張感に包まれていた。エスタード側は、相変わらず不当な交易条件を主張し、ガルディア側はそれを冷静に、しかし断固として拒否する。言葉の応酬が続く中で、私は必死に、使節たちの表情や声のトーン、言葉の端々に隠されたニュアンスを読み取ろうと努めた。
(この伯爵は、本心ではこの強硬な要求に乗り気ではないのかもしれない……。彼の背後には、もっと強硬な貴族たちの圧力が……?)
時折、ライオネル公爵が私に視線を送り、目で合図をすることがあった。その度に、私は小さな声で、自分が感じ取ったことや、相手の狙い、そして効果的だと思われる反論などを彼に囁いた。公爵は、私の言葉に静かに頷き、それを巧みに自身の交渉術に取り入れていく。
会談は数時間に及んだが、結局、その日は具体的な進展は見られなかった。しかし、終わった後、公爵は私にこう言った。
「アリアナ。君の助言は、非常に的確だった。おかげで、彼らの手の内がいくつか見えた。……ありがとう」
その言葉に、私は大きな安堵感と、そして確かな手応えを感じていた。私は、この国の、そしてこの人の役に立てているのだ、と。
それは、私が初めて「ヴァルテンベルク公爵の婚約者」として、ガルディアの国益のために働くという、大きな一歩を踏み出した瞬間だった。そして、その一歩は、私の運命をさらに大きく動かしていくことになるのだった。
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