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第31話 架け橋の模索
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エスタード王国との間で不穏な空気が漂い始めてからというもの、ライオネル公爵の執務室は、以前にも増して緊張感に包まれていた。国境付近での小競り合いの報告や、エスタード側からの不当な交易要求に関する書類が、日々山のように積み上がっていく。
(このままでは、本当に……両国間で取り返しのつかない事態に発展してしまうかもしれない……)
私は、公爵の隣でそれらの情報に目を通しながら、暗澹たる気持ちに襲われていた。エスタードは私の故郷であり、今でもマーサのような大切な人が暮らしている。その故郷が、自らの愚かな行動によって破滅の道を突き進もうとしているのを見るのは、耐え難い苦痛だった。
かといって、ガルディアの立場を無視することもできない。私は今、ヴァルテンベルク公爵の婚約者であり、この国に忠誠を誓うべき人間なのだ。エスタード側の理不尽な要求に対し、ガルディアが毅然とした態度を取るのは当然のことだ。
(私に、何かできることはないのかしら……? この二つの国が、無益な争いを避けるために……)
その思いは、日増しに強くなっていった。私は、エスタードの貴族社会の内情や、レオンハルト王子の性格、そしてあの国の抱える構造的な問題を、誰よりも深く理解しているつもりだ。その知識を活かせば、もしかしたら、両国の間に立って、何らかの解決の糸口を見つけ出せるかもしれない。
そう考えた私は、公爵の許しを得て、公爵邸の広大な図書室に籠る時間を増やした。エスタードの歴史書や法律書を改めて読み返し、過去に両国間で起きた紛争の事例や、その解決に至った経緯などを徹底的に調べ上げた。また、エスタード時代に僅かながら築いた人脈――と言っても、それはほとんどが父の知人や、社交界で挨拶を交わした程度の人々だったけれど――のリストを思い出し、彼らの現在の立場や影響力を分析したりもした。
そして、そうして得た情報や自分なりの考察を、私は折に触れてライオネル公爵に伝えるようにした。
「公爵様、エスタードの今回の強硬な態度の裏には、国内の貴族たちの間で高まっている、レオンハルト殿下への不満を逸らす狙いがあるのかもしれません。特に、古くからの領地を持つ、地方の有力貴族たちの中には、中央政府の現状を憂い、ガルディアとの安定的な関係を望んでいる者も少なくないはずです」
「彼らは、表立って殿下に逆らうことはできなくても、水面下で何らかの働きかけをすることは可能かもしれません。もし、彼らのような穏健派と接触するルートがあれば……」
私の進言に対し、公爵はいつも黙って耳を傾け、時には鋭い質問で私の分析の甘さを指摘することもあったけれど、決して頭ごなしに否定することはなかった。むしろ、私の視点や情報が、彼の判断材料の一つとして役立っていることを、その態度から感じ取ることができた。
それは、危険な綱渡りのような行為だったかもしれない。一歩間違えれば、ガルディアへの裏切りと見なされかねない。けれど、私は信じていた。ライオネル公爵は、私の真意を理解してくれるはずだと。そして、彼もまた、無益な争いは望んでいないはずだと。
私の行動は、ガルディアへの絶対的な忠誠心と、そして、愚かな指導者の下で苦しむ故郷の民を見捨てられないという、複雑な思いから生まれていた。それが、吉と出るか凶と出るかは分からない。けれど、何もしないで後悔するよりは、自分にできる限りのことをしたい。その一心で、私は今日も、二つの国の間で揺れ動く歴史の奔流の中に、小さな舟を漕ぎ出そうとしていた。
(このままでは、本当に……両国間で取り返しのつかない事態に発展してしまうかもしれない……)
私は、公爵の隣でそれらの情報に目を通しながら、暗澹たる気持ちに襲われていた。エスタードは私の故郷であり、今でもマーサのような大切な人が暮らしている。その故郷が、自らの愚かな行動によって破滅の道を突き進もうとしているのを見るのは、耐え難い苦痛だった。
かといって、ガルディアの立場を無視することもできない。私は今、ヴァルテンベルク公爵の婚約者であり、この国に忠誠を誓うべき人間なのだ。エスタード側の理不尽な要求に対し、ガルディアが毅然とした態度を取るのは当然のことだ。
(私に、何かできることはないのかしら……? この二つの国が、無益な争いを避けるために……)
その思いは、日増しに強くなっていった。私は、エスタードの貴族社会の内情や、レオンハルト王子の性格、そしてあの国の抱える構造的な問題を、誰よりも深く理解しているつもりだ。その知識を活かせば、もしかしたら、両国の間に立って、何らかの解決の糸口を見つけ出せるかもしれない。
そう考えた私は、公爵の許しを得て、公爵邸の広大な図書室に籠る時間を増やした。エスタードの歴史書や法律書を改めて読み返し、過去に両国間で起きた紛争の事例や、その解決に至った経緯などを徹底的に調べ上げた。また、エスタード時代に僅かながら築いた人脈――と言っても、それはほとんどが父の知人や、社交界で挨拶を交わした程度の人々だったけれど――のリストを思い出し、彼らの現在の立場や影響力を分析したりもした。
そして、そうして得た情報や自分なりの考察を、私は折に触れてライオネル公爵に伝えるようにした。
「公爵様、エスタードの今回の強硬な態度の裏には、国内の貴族たちの間で高まっている、レオンハルト殿下への不満を逸らす狙いがあるのかもしれません。特に、古くからの領地を持つ、地方の有力貴族たちの中には、中央政府の現状を憂い、ガルディアとの安定的な関係を望んでいる者も少なくないはずです」
「彼らは、表立って殿下に逆らうことはできなくても、水面下で何らかの働きかけをすることは可能かもしれません。もし、彼らのような穏健派と接触するルートがあれば……」
私の進言に対し、公爵はいつも黙って耳を傾け、時には鋭い質問で私の分析の甘さを指摘することもあったけれど、決して頭ごなしに否定することはなかった。むしろ、私の視点や情報が、彼の判断材料の一つとして役立っていることを、その態度から感じ取ることができた。
それは、危険な綱渡りのような行為だったかもしれない。一歩間違えれば、ガルディアへの裏切りと見なされかねない。けれど、私は信じていた。ライオネル公爵は、私の真意を理解してくれるはずだと。そして、彼もまた、無益な争いは望んでいないはずだと。
私の行動は、ガルディアへの絶対的な忠誠心と、そして、愚かな指導者の下で苦しむ故郷の民を見捨てられないという、複雑な思いから生まれていた。それが、吉と出るか凶と出るかは分からない。けれど、何もしないで後悔するよりは、自分にできる限りのことをしたい。その一心で、私は今日も、二つの国の間で揺れ動く歴史の奔流の中に、小さな舟を漕ぎ出そうとしていた。
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