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序章
第42話 傲慢の自滅
屋敷の裏庭で繰り返した、あの日々。
私が放つ変幻自在の魔法を、クライブがひたすら避けるという理不尽な特訓。
あれは、私の制御訓練であると同時に、クライブの「対魔法予測」の訓練でもあったのだ。
今の彼は、私が指を動かした瞬間に、魔法がどこへ飛ぶかを本能で理解している。
阿吽の呼吸。
最強の矛と盾が噛み合った瞬間だ。
「おのれ……おのれぇぇぇッ!!」
ナードルが傷口を押さえながら後退する。
その表情は、屈辱と憤怒で歪みきっていた。
「人間風情が……ガキと、猿ごときがぁ! この俺に傷を……許さん、絶対に許さんぞォ!!」
私は冷静な目で、狂乱するナードルを観察していた。
強い。
確かに魔力量は桁違いだ。
けれど、それだけだ。
彼はあの「魔法書」――私の魔法書に頼りきっている。
その中身を理解していない。
だから、無駄が多い。
一撃ごとに大量の魔力を垂れ流し、制御も甘い。
成長途中とはいえ、まだまだ未熟。
あんな戦い方では、すぐに底をつく。
現に、ナードルの呼吸は荒く、立ち昇る瘴気も不安定になり始めている。
私がそう分析していると、ナードルの目に狂気の色が宿った。
彼は懐から、あのボロボロの魔法書を取り出し、乱暴にページを捲った。
「こうなったら……これを使うしかない! この一撃で、この村ごと塵にしてやる!!」
ナードルが本を掲げると、周囲の大気中のマナが急速に収束し始めた。
空が暗くなり、どす黒い雲が渦を巻く。
戦場全体が、ビリビリと震えるような重圧に包まれる。
「我、深淵の扉を開く者なり! 禁断の理を紐解き、終焉の光を招かん!」
禍々しい詠唱。
ナードルの足元に、直径十メートルにも及ぶ巨大かつ複雑な魔法陣が展開される。
幾何学模様が赤黒く発光し、中心に圧縮された魔力の球体が膨れ上がっていく。
「おいおい、なんだあれは!? ヤバいぞ!」
クライブが焦る。
あれは広範囲殲滅魔法。
発動すれば、私とクライブはおろか、後ろにいる村人たちや父まで巻き込まれる。
「止めさせてもらうッ!」
クライブが疾走する。
詠唱中の隙だらけの無防備な状態を狙い、剣を突き出す。
だが。
ガキィィン!!
「ぐっ!?」
クライブの剣が、見えない壁に弾かれた。
魔法陣の周囲に、防御結界が張られているのだ。
「無駄だ無駄だぁ! この魔法は発動したが最後、何人たりとも止められん! 絶対無敵の破壊の光だ!」
ナードルが勝ち誇ったように叫ぶ。
魔法陣の輝きが増し、臨界点が近づく。
クライブは何度も斬りつけるが、結界はびくともしない。
「くそっ、弾かれる! お嬢様、逃げてください! あれは防げねぇ!」
「……大丈夫よ」
私はその場から一歩も動かず、静かにその魔法陣を見つめていた。
焦りはない。
むしろ、呆れに近い感情が胸に去来していた。
あの魔法陣。
見間違うはずがない。
「『終極消滅波(ジェネシス・エンド)』……かしら」
若き日の私が、最強の魔法を作ろうと意気込んで設計し――そして、封印した失敗作だ。
威力は申し分ない。
だが、構造的な欠陥があり、制御が極めて難しい。
少しでもバランスが崩れれば、自身を巻き込んで自壊する危険な代物。
だから私は、ノートの隅に『使用禁止(ボツ)』と赤字で書いておいたはずだ。
それを、よりにもよって実戦で使うなんて。
「馬鹿ね……それは未完成なのよ」
「あぁ? 負け惜しみかガキが! 死ね! 消え失せろォォ!!」
ナードルが叫び、魔法を発動させようとした瞬間。
私は右手をスッと突き出し、人差し指を立てた。
残った最後の魔力を、指先に集約する。
大きな火球はいらない。
必要なのは、針の一刺し。
「狙うは一点。……魔法陣のつなぎ目」
私は魔法陣の北北東、第三術式と第四術式が連結している、ほんの僅かな歪みを見据えた。
あそこが、この魔法の構造的弱点。
「穿て――『ヒート・ニードル(炎の針)』」
シュッ。
音もなく放たれた極小の炎の針が、クライブの横をすり抜け、自動防御結界の僅かな隙間――魔力の供給口から内部へと侵入した。
そして、ナードルの足元で輝く魔法陣のつなぎ目に、正確に突き刺さった。
――ピキッ。
ガラスにヒビが入るような、小さな音がした。
「……あ?」
ナードルの動きが止まる。
赤黒く輝いていた魔法陣の光が、不規則に明滅を始めた。
ブウン、ブウンと、不穏な唸りを上げる。
「な、なんだ? 魔力が……逆流して……!?」
ナードルの顔色が青から白へ、そして絶望の色へと変わる。
制御できない。
膨れ上がった魔力が行き場を失い、ナードルへと牙を向く。
「ま、待て! 止まれ! なんでだ!? 本には最強だと書いてあったぞ!?」
「よく読みなさいよ、この落第生」
私が冷たく言い放った直後。
カッッッッ!!!!
魔法陣が臨界を超え、内側から崩壊した。
暴走。
ナードル自身が練り上げた膨大な魔力が、出口を失ってその場で炸裂したのだ。
「ギャアアアアアアアアッ!!!!」
断末魔の絶叫。
漆黒の閃光と衝撃波が、ナードルの体を飲み込み、吹き飛ばした。
凄まじい爆風が周囲を薙ぎ払い、私もクライブも、とっさに伏せて身を守るしかなかった。
ズドオオオオオオォォォン……。
地響きが収まり、爆風が止む。
私はゆっくりと顔を上げた。
ナードルが立っていた場所には、巨大なクレーターができている。
そして、その中心から、黒い煙がゆらゆらと漂っていた。
私が放つ変幻自在の魔法を、クライブがひたすら避けるという理不尽な特訓。
あれは、私の制御訓練であると同時に、クライブの「対魔法予測」の訓練でもあったのだ。
今の彼は、私が指を動かした瞬間に、魔法がどこへ飛ぶかを本能で理解している。
阿吽の呼吸。
最強の矛と盾が噛み合った瞬間だ。
「おのれ……おのれぇぇぇッ!!」
ナードルが傷口を押さえながら後退する。
その表情は、屈辱と憤怒で歪みきっていた。
「人間風情が……ガキと、猿ごときがぁ! この俺に傷を……許さん、絶対に許さんぞォ!!」
私は冷静な目で、狂乱するナードルを観察していた。
強い。
確かに魔力量は桁違いだ。
けれど、それだけだ。
彼はあの「魔法書」――私の魔法書に頼りきっている。
その中身を理解していない。
だから、無駄が多い。
一撃ごとに大量の魔力を垂れ流し、制御も甘い。
成長途中とはいえ、まだまだ未熟。
あんな戦い方では、すぐに底をつく。
現に、ナードルの呼吸は荒く、立ち昇る瘴気も不安定になり始めている。
私がそう分析していると、ナードルの目に狂気の色が宿った。
彼は懐から、あのボロボロの魔法書を取り出し、乱暴にページを捲った。
「こうなったら……これを使うしかない! この一撃で、この村ごと塵にしてやる!!」
ナードルが本を掲げると、周囲の大気中のマナが急速に収束し始めた。
空が暗くなり、どす黒い雲が渦を巻く。
戦場全体が、ビリビリと震えるような重圧に包まれる。
「我、深淵の扉を開く者なり! 禁断の理を紐解き、終焉の光を招かん!」
禍々しい詠唱。
ナードルの足元に、直径十メートルにも及ぶ巨大かつ複雑な魔法陣が展開される。
幾何学模様が赤黒く発光し、中心に圧縮された魔力の球体が膨れ上がっていく。
「おいおい、なんだあれは!? ヤバいぞ!」
クライブが焦る。
あれは広範囲殲滅魔法。
発動すれば、私とクライブはおろか、後ろにいる村人たちや父まで巻き込まれる。
「止めさせてもらうッ!」
クライブが疾走する。
詠唱中の隙だらけの無防備な状態を狙い、剣を突き出す。
だが。
ガキィィン!!
「ぐっ!?」
クライブの剣が、見えない壁に弾かれた。
魔法陣の周囲に、防御結界が張られているのだ。
「無駄だ無駄だぁ! この魔法は発動したが最後、何人たりとも止められん! 絶対無敵の破壊の光だ!」
ナードルが勝ち誇ったように叫ぶ。
魔法陣の輝きが増し、臨界点が近づく。
クライブは何度も斬りつけるが、結界はびくともしない。
「くそっ、弾かれる! お嬢様、逃げてください! あれは防げねぇ!」
「……大丈夫よ」
私はその場から一歩も動かず、静かにその魔法陣を見つめていた。
焦りはない。
むしろ、呆れに近い感情が胸に去来していた。
あの魔法陣。
見間違うはずがない。
「『終極消滅波(ジェネシス・エンド)』……かしら」
若き日の私が、最強の魔法を作ろうと意気込んで設計し――そして、封印した失敗作だ。
威力は申し分ない。
だが、構造的な欠陥があり、制御が極めて難しい。
少しでもバランスが崩れれば、自身を巻き込んで自壊する危険な代物。
だから私は、ノートの隅に『使用禁止(ボツ)』と赤字で書いておいたはずだ。
それを、よりにもよって実戦で使うなんて。
「馬鹿ね……それは未完成なのよ」
「あぁ? 負け惜しみかガキが! 死ね! 消え失せろォォ!!」
ナードルが叫び、魔法を発動させようとした瞬間。
私は右手をスッと突き出し、人差し指を立てた。
残った最後の魔力を、指先に集約する。
大きな火球はいらない。
必要なのは、針の一刺し。
「狙うは一点。……魔法陣のつなぎ目」
私は魔法陣の北北東、第三術式と第四術式が連結している、ほんの僅かな歪みを見据えた。
あそこが、この魔法の構造的弱点。
「穿て――『ヒート・ニードル(炎の針)』」
シュッ。
音もなく放たれた極小の炎の針が、クライブの横をすり抜け、自動防御結界の僅かな隙間――魔力の供給口から内部へと侵入した。
そして、ナードルの足元で輝く魔法陣のつなぎ目に、正確に突き刺さった。
――ピキッ。
ガラスにヒビが入るような、小さな音がした。
「……あ?」
ナードルの動きが止まる。
赤黒く輝いていた魔法陣の光が、不規則に明滅を始めた。
ブウン、ブウンと、不穏な唸りを上げる。
「な、なんだ? 魔力が……逆流して……!?」
ナードルの顔色が青から白へ、そして絶望の色へと変わる。
制御できない。
膨れ上がった魔力が行き場を失い、ナードルへと牙を向く。
「ま、待て! 止まれ! なんでだ!? 本には最強だと書いてあったぞ!?」
「よく読みなさいよ、この落第生」
私が冷たく言い放った直後。
カッッッッ!!!!
魔法陣が臨界を超え、内側から崩壊した。
暴走。
ナードル自身が練り上げた膨大な魔力が、出口を失ってその場で炸裂したのだ。
「ギャアアアアアアアアッ!!!!」
断末魔の絶叫。
漆黒の閃光と衝撃波が、ナードルの体を飲み込み、吹き飛ばした。
凄まじい爆風が周囲を薙ぎ払い、私もクライブも、とっさに伏せて身を守るしかなかった。
ズドオオオオオオォォォン……。
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