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序章
第56話 丘の上の独り言
『アシュレイン式ポーション』の生産が軌道に乗ってから、数日が経過した。
私はまだ、村に滞在していた。
診療所を中心とした一角は、今や村一番の活気溢れる場所となっていた。
朝早くから、薬草採取班が森へ向かい、昼には籠いっぱいのヒールグラスを持ち帰る。
それを加工班――私の絵本で英才教育を受けた若者たちが受け取り、リズミカルに刻み、適温のお湯で抽出する。
村中に漂っていた焦げ臭い薬の匂いは消え、今では爽やかなハーブティーのような香りが風に乗って漂っている。
その香りは、復興の匂いそのものだった。
槌音(つちおと)が響く建設現場。
壊れた家屋の修復が進み、新しい木材の匂いがする。
瓦礫は片付けられ、整地された道を行き交う人々の顔には、数日前までの悲壮感はない。
希望。
それが、今の村を動かす原動力となっていた。
◇ ◇ ◇
昼下がりの広場。
そこには、普段は見かけない立派な馬車が数台停まっていた。
近隣の街からやってきた行商人たちだ。
彼らは鼻が利く。アシュレイン領で「奇跡の水」が湧いているという噂を聞きつけ、我先にと駆けつけてきたのだ。
「おお……! なんと美しい翠色だ……!」
商人の一人が、完成したポーションの小瓶を太陽にかざして感嘆の声を上げていた。
恰幅の良い、口ひげを蓄えたベテラン商人だ。彼は数多くのポーションを見てきた目利きだが、その目が釘付けになっている。
「濁りが一切ない。それに、この香り……。王都の高級店に並んでいてもおかしくない逸品ですぞ」
「そうでしょう、そうでしょう!」
対応しているのは、すっかり自信を取り戻したハンク医師だ。
彼はまるで自分の手柄のように胸を張り、商人に説明している。
「当領独自の『低温抽出法』により、成分を損なうことなく凝縮しております。効き目は折り紙付き。飲めばたちどころに痛みは消え、活力さえ湧いてくる」
「素晴らしい! あるだけ買い取りましょう! 言い値で構わん!」
「いやいや、こちらも復興に必要な資材と交換なら、勉強させていただきますよ」
商談成立の握手が交わされる。
木箱に詰められたポーションが次々と馬車に積み込まれ、代わりに建築資材や食料、衣類などが降ろされていく。
お金だけではない。物資が循環し始めたのだ。
アシュレイン領の特産品が、外の世界へと羽ばたいていく瞬間だった。
私はその様子を、少し離れた建物の陰からこっそりと眺めていた。
手には、焼き立てのパン。村のおばさんが「エルシア様のおかげだよ」とこっそり持たせてくれたものだ。
うん、順調ね。
パンをかじりながら、私は心の中で頷いた。
経済が回れば、人は死なない。
冬を越すための備蓄も、これで十分確保できるだろう。
私の「お絵かき」が、こうして目に見える形で成果を上げているのを見るのは、悪い気分ではなかった。
「キュゥ」
足元でクロが鳴いた。
「僕も欲しい」と言いたげに見上げている。
私はパンを小さくちぎって、クロの口元に差し出した。
クロは嬉しそうにそれをパクっと食べる。
「おいしい?」
「キュ!」
「よかったね。平和な証拠だよ」
私はクロを抱き上げると、騒がしい広場を後にして、静かな場所へと向かうことにした。
◇ ◇ ◇
村を見下ろす、なだらかな丘の上。
そこは風の通り道になっていて、村の全景が一望できる私のお気に入りの場所だ。
草の上に腰を下ろすと、心地よい風が髪を撫でていく。
眼下には、ミニチュアのような村の風景が広がっている。
アリの行列のように働く人々。
立ち上る炊事の煙。
遠くには、修復中の城壁が見える。
私は膝の上のクロをゆっくりと撫でながら、その光景を目に焼き付けていた。
「……少しは、貢献になったかな」
ぽつりと、独り言が漏れる。
それは誰に向けたものでもない。
強いて言うなら、かつての自分――「魔女」と呼ばれ、恐れられ、孤独の中にいた過去の私への言葉だった。
前世の私は、知識を持っていた。力も持っていた。
けれど、それをこんなふうに誰かのために使い、感謝されたことはあっただろうか。
魔女の薬は「呪いの薬」と噂され、必要に迫られて買いに来る者も、どこか怯えていた。
私はそれが当たり前だと思っていたし、人との関わりを避けていたから、訂正しようともしなかった。
でも、今は違う。
私が蒔いた種が、こうして笑顔の花を咲かせている。
「エルシア」と呼んで慕ってくれる人たちがいる。
不思議な気分……。
誰かを助けるって、こんなに温かい気持ちになるものだったのね。
胸の奥がじんわりと熱くなる。
これが「償い」になるのかはわからない。
魔人を倒し、多くの命を救ったこと。
そしてポーションで生活を支えたこと。
それでも、ナードルが最期に残した「魔女」という言葉の呪いは、まだ私の心に棘として残っている。
だけど、少なくとも今のこの光景は、偽りではない。
平和な日常。
穏やかな時間。
しかし――。
私は目を細め、広場を出ていく商人の馬車を見つめた。
私はまだ、村に滞在していた。
診療所を中心とした一角は、今や村一番の活気溢れる場所となっていた。
朝早くから、薬草採取班が森へ向かい、昼には籠いっぱいのヒールグラスを持ち帰る。
それを加工班――私の絵本で英才教育を受けた若者たちが受け取り、リズミカルに刻み、適温のお湯で抽出する。
村中に漂っていた焦げ臭い薬の匂いは消え、今では爽やかなハーブティーのような香りが風に乗って漂っている。
その香りは、復興の匂いそのものだった。
槌音(つちおと)が響く建設現場。
壊れた家屋の修復が進み、新しい木材の匂いがする。
瓦礫は片付けられ、整地された道を行き交う人々の顔には、数日前までの悲壮感はない。
希望。
それが、今の村を動かす原動力となっていた。
◇ ◇ ◇
昼下がりの広場。
そこには、普段は見かけない立派な馬車が数台停まっていた。
近隣の街からやってきた行商人たちだ。
彼らは鼻が利く。アシュレイン領で「奇跡の水」が湧いているという噂を聞きつけ、我先にと駆けつけてきたのだ。
「おお……! なんと美しい翠色だ……!」
商人の一人が、完成したポーションの小瓶を太陽にかざして感嘆の声を上げていた。
恰幅の良い、口ひげを蓄えたベテラン商人だ。彼は数多くのポーションを見てきた目利きだが、その目が釘付けになっている。
「濁りが一切ない。それに、この香り……。王都の高級店に並んでいてもおかしくない逸品ですぞ」
「そうでしょう、そうでしょう!」
対応しているのは、すっかり自信を取り戻したハンク医師だ。
彼はまるで自分の手柄のように胸を張り、商人に説明している。
「当領独自の『低温抽出法』により、成分を損なうことなく凝縮しております。効き目は折り紙付き。飲めばたちどころに痛みは消え、活力さえ湧いてくる」
「素晴らしい! あるだけ買い取りましょう! 言い値で構わん!」
「いやいや、こちらも復興に必要な資材と交換なら、勉強させていただきますよ」
商談成立の握手が交わされる。
木箱に詰められたポーションが次々と馬車に積み込まれ、代わりに建築資材や食料、衣類などが降ろされていく。
お金だけではない。物資が循環し始めたのだ。
アシュレイン領の特産品が、外の世界へと羽ばたいていく瞬間だった。
私はその様子を、少し離れた建物の陰からこっそりと眺めていた。
手には、焼き立てのパン。村のおばさんが「エルシア様のおかげだよ」とこっそり持たせてくれたものだ。
うん、順調ね。
パンをかじりながら、私は心の中で頷いた。
経済が回れば、人は死なない。
冬を越すための備蓄も、これで十分確保できるだろう。
私の「お絵かき」が、こうして目に見える形で成果を上げているのを見るのは、悪い気分ではなかった。
「キュゥ」
足元でクロが鳴いた。
「僕も欲しい」と言いたげに見上げている。
私はパンを小さくちぎって、クロの口元に差し出した。
クロは嬉しそうにそれをパクっと食べる。
「おいしい?」
「キュ!」
「よかったね。平和な証拠だよ」
私はクロを抱き上げると、騒がしい広場を後にして、静かな場所へと向かうことにした。
◇ ◇ ◇
村を見下ろす、なだらかな丘の上。
そこは風の通り道になっていて、村の全景が一望できる私のお気に入りの場所だ。
草の上に腰を下ろすと、心地よい風が髪を撫でていく。
眼下には、ミニチュアのような村の風景が広がっている。
アリの行列のように働く人々。
立ち上る炊事の煙。
遠くには、修復中の城壁が見える。
私は膝の上のクロをゆっくりと撫でながら、その光景を目に焼き付けていた。
「……少しは、貢献になったかな」
ぽつりと、独り言が漏れる。
それは誰に向けたものでもない。
強いて言うなら、かつての自分――「魔女」と呼ばれ、恐れられ、孤独の中にいた過去の私への言葉だった。
前世の私は、知識を持っていた。力も持っていた。
けれど、それをこんなふうに誰かのために使い、感謝されたことはあっただろうか。
魔女の薬は「呪いの薬」と噂され、必要に迫られて買いに来る者も、どこか怯えていた。
私はそれが当たり前だと思っていたし、人との関わりを避けていたから、訂正しようともしなかった。
でも、今は違う。
私が蒔いた種が、こうして笑顔の花を咲かせている。
「エルシア」と呼んで慕ってくれる人たちがいる。
不思議な気分……。
誰かを助けるって、こんなに温かい気持ちになるものだったのね。
胸の奥がじんわりと熱くなる。
これが「償い」になるのかはわからない。
魔人を倒し、多くの命を救ったこと。
そしてポーションで生活を支えたこと。
それでも、ナードルが最期に残した「魔女」という言葉の呪いは、まだ私の心に棘として残っている。
だけど、少なくとも今のこの光景は、偽りではない。
平和な日常。
穏やかな時間。
しかし――。
私は目を細め、広場を出ていく商人の馬車を見つめた。
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