悪役貴族に転生した俺、前世のスキルが残っているため、勇者よりも強くなってしまう

空月そらら

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1章

第47話 令嬢に暴力

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「今日の一限は……魔法の雑学か」

 俺はぼんやりと呟きながら、学園の長い廊下を歩く。

 新学期が始まり、今日からいよいよ授業が本格的にスタートする。

 周囲には同じく教室へ向かう生徒たちが賑やかに行き交い、笑い声や軽口が飛び交っていた。

 皆が楽しげに青春を謳歌しているようだが、俺は正直、心の底から怠さを感じずにはいられない。

 教科書を広げ、黒板に書かれた内容を頭に叩き込む……前世と変わらない勉強という行為が、この異世界でも避けられないとはな。

 (とはいえ、今回は魔法の勉強だし、少しは楽しいかもしれない)

 俺はそう自分に言い聞かせながら歩く。

 魔法――それはこの世界での常識であり、俺の存在そのものを証明する力だ。

 この異世界に転生して以来、俺は魔法というものを感覚の一部として扱えるようになっていた。

 恐らく、前世から引き継いだ『賢王』のスキルの影響だろう。

 賢王のスキルを発動すれば、俺の魔力は何倍にも膨れ上がり、強力な魔法をいとも簡単に連発できる。

 生まれ変わったことで体格や容姿が変わっても、スキルやレベルなどの実力はそのまま引き継がれている。

 つまり、俺は元々の世界と同様に強者であり、戦いの中で得た経験がこの世界でもそのまま役に立つのだ。

 (それに、魔法の知識なら、前世でやり込んだゲームのおかげで何とかなるだろう)

 魔法に関しては、俺の中にはゲームで得た膨大な知識が蓄積されている。

 魔力の運用方法、魔法の属性、さらには禁呪と呼ばれるような危険な魔法についても、ある程度の理解がある。

 俺は自信満々にそんなことを考えながら、悠々と廊下を歩き続ける。

 すると、ふと耳に教室から怒号が聞こえてくる。

 音のする方に目を向けると、それはA-1教室からだった。

 この教室には、主人公――勇者カイルがいる。

 (ん? 何か問題でも起きてるのか?)

 俺は不穏な気配を感じて立ち止まった。

 遠くからでも聞こえる怒鳴り声に、嫌でも耳を澄ませてしまう。

 廊下に響くその声は、カイルのものだった。

「僕に今当たったよな!? さっさと謝罪をしたらどうなんだ!」

「……あ、当たってないわよ」

「ああ!? 僕に口答えをするな!」

「キャッ!」

 教室内でどうやら揉め事が発生しているようだ。

 しかも、相手は令嬢のようで、彼女の怯えた声が微かに漏れ聞こえる。

 カイルがどういう経緯で怒りを抱えたのかはわからないが、彼が何か問題を起こしているのは明らかだ。

 (おいおい、カイル。お前は将来、この世界を救う勇者だろう? 令嬢が何かしたとしても、そこは大目に見てやれよ)

 俺は内心、カイルにそう語りかける。

 勇者といえば、世界を救うための高潔な存在であるべきだ。

 自分の正義を貫き、民を守り、弱きを助ける者。

 それが勇者であるはずだ。

 だが、今のカイルの振る舞いは、その名にふさわしくない。

 ただ怒りをぶつけるようなその態度は、勇者としての品位を損なってしまう。

 彼がもしも令嬢に暴力を振るったという噂が広まれば、今後の評価に大きな影響を与えるだろう。

 それどころか、学園全体での立場すら危うくなりかねない。

「これぐらい痛くねえだろ?」

「が、はぁ……く、苦しい……」

 廊下に響くその声からは、ただならぬ緊迫感が伝わってくる。

 どうやら事態はエスカレートしているらしい。

 俺がどうしたものかと迷っているうちに、再び叫び声が聞こえてきた。

「おらぁ!」

「た、たすけて……」

 令嬢のか細い助けを求める声が、俺の胸の奥底で何かを刺激した。

 怒りがふつふつと湧き上がり、カイルに対する嫌悪感だけでなく、その場に居合わせる他の生徒たちに対しても苛立ちを感じた。

 どうして誰も止めないのだ。

 前世でも、俺が困っているとき、クラスメイトは見て見ぬふりをしていたことを思い出す。

 自分が孤立していたあの瞬間。

 無関心な他人たちの視線。

 それが、今の状況と重なって見えた。

 「実に……不快だ」

 俺は静かにそう呟くと、決意を固めた。

 こうしている間にも彼女は苦しんでいるのだ。

 俺は移動の手間を省くため、学園内で使用が禁じられている転移魔法を行使し、瞬時に教室内へと現れる。

「カイルよ、そろそろやめておけ」

 突然現れた俺に、カイルは驚愕の表情を浮かべ、動きを止めた。

 予想外の展開に思考が追いつかないのだろうか、カイルの目には明らかに狼狽の色が浮かんでいる。

「ア、アレン!? なんでここに……」

 俺は無言のままカイルの腕を掴み、振り上げていた拳を止める。

 カイルは力を込めて俺の手を振りほどこうとするが、俺は全く動じない。

 長年の経験からくる体力と魔力の総合力で、カイルの抵抗は容易に制圧できた。

 「あ、あなたは」

 令嬢が何かを言おうとしたが、俺はすぐに片手を上げて治癒魔法を発動した。

 「《第四級魔法/ヒール》」

 優しい光が俺の掌から溢れ出し、令嬢の体を包み込む。

 光の粒子が彼女の傷を癒し、打撲の跡は瞬く間に消え去った。

 彼女の表情も安堵の色に染まり、俺の方を感謝の眼差しで見つめる。
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