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第3話 城館の応接室にて
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厚い扉を抜けると、綺麗に飾り付けたサロンが広がっている。
窓辺には季節の花が活けてあり、温かい紅茶の香りがほんのりと漂っていた。
そこに通されたサーシス殿下はソファに腰掛けると、執事が差し出す紅茶に目もくれず、真っ直ぐ私を見据える。
私は父母を含む数人とともに殿下の前に控え、軽く会釈をした。
何を言われるか分からないので、内心とても緊張している。
すると、殿下は私の顔をちらりと見てから、一言目に信じられない言葉を放った。
「さっそく本題だが——婚約の儀式を三日後に行う」
……は? 三日後?
あまりに急すぎる。その場にいた誰もが驚きに息を呑んだ。
両親も顔を見合わせて固まっている。
王室行事である“婚約の儀式”とは、両家の正式な承諾を固めるための大切なセレモニーだ。
本来なら数カ月ほどの猶予を取って準備するのが通例で、ドレスや宝飾品、式の段取りなどを揃える期間が必要になる。
それをたった三日でやれというのか……?
私が思わず殿下を見つめると、彼は冷ややかな微笑を浮かべた。
「俺は早くこの“形だけの婚約”を終わらせたい。貴様も同じだろう?」
嫌味たっぷりの口調に、私は言葉が出ない。
確かに、婚約を引き延ばしたいわけではない。
しかし、あまりに性急で強引すぎる。
父が恐る恐る口を開く。
「殿下、しかしながら、正式な儀式ともなれば様々な準備が必要でございます。最低でも数週間の……」
それに殿下は取り付く島もなく、手をひらひらと振って遮った。
「貴様ら辺境伯家の力をもってすれば、三日ほどでも十分だろう。俺は時間を割きたくない」
言いたい放題だ。王族としての権力を振りかざしているのが、痛いほど伝わってくる。
母は顔を伏せながらなんとか笑顔を作り
「殿下のおっしゃることなら……私どもも承知いたします。しかし娘の衣装や、当日の式の場所……細かい決め事がありますから、どうしても慌ただしく……」
とごく弱々しく訴えた。
サーシス殿下は「ふん」と鼻を鳴らしてから、ひとまずそれ以上は追及しなかった。
……どうやら“自分に従え”が彼の言い分らしい。
それから殿下は、私の方に向き直る。顔は美しいが、その瞳には一切の情がない。
「クラール令嬢、改めて言っておく。俺はお前を愛さないし、愛する気もない。お前の方も、俺に愛を求めるな」
ピシャリと言い捨てられた言葉は、予想していたとはいえ、心に突き刺さった。
私は一瞬口を開きかけるが、何を言っても挑発と受け取られそうなので、唇をかみしめて黙ってしまう。
……こんな状態で、本当に婚約をするの? お互い望んでいないのに。
私が不安を抱いていると、その気持ちを見透かしたように殿下は皮肉めいた笑みを浮かべた。
「予言だとか、国王陛下の命令だとか、そんな下らない理由でしばらくお前と付き合わなくちゃならん。しかし、お前が派手な動きをすればするほど、俺は困る。面倒事は起こすな。いいな?」
殿下の言う“面倒事”とは何なのか。
——おそらく、“シルヴィアに余計な不和が及ぶ”ようなことはするな、という意味だろう。
私はそのとき、彼の視線が窓の外へ向いたのを感じた。
まるで“愛しい人”のことを思っているように。
(……やはり、本命はシルヴィア侯爵令嬢。私はその邪魔者、というわけか)
心が痛むというより、なんだか虚しい。
私も別に彼と結婚したいわけではないが、ここまで露骨に“不要”と言われると、さすがに傷つく。
結局、その後も殿下は終始刺々しい態度だった。
少しだけ儀式の日程について話し合ったが、殿下の主張は「できるだけ早く終わらせる」
そして滞在時間はほんのわずか。紅茶すら手をつけずに出立してしまった。
去り際、ちらりと私に向けた憎々しげな瞳。
——どうやら、殿下の中で私は「忌々しい障害物」として刻み込まれたようだ。
窓辺には季節の花が活けてあり、温かい紅茶の香りがほんのりと漂っていた。
そこに通されたサーシス殿下はソファに腰掛けると、執事が差し出す紅茶に目もくれず、真っ直ぐ私を見据える。
私は父母を含む数人とともに殿下の前に控え、軽く会釈をした。
何を言われるか分からないので、内心とても緊張している。
すると、殿下は私の顔をちらりと見てから、一言目に信じられない言葉を放った。
「さっそく本題だが——婚約の儀式を三日後に行う」
……は? 三日後?
あまりに急すぎる。その場にいた誰もが驚きに息を呑んだ。
両親も顔を見合わせて固まっている。
王室行事である“婚約の儀式”とは、両家の正式な承諾を固めるための大切なセレモニーだ。
本来なら数カ月ほどの猶予を取って準備するのが通例で、ドレスや宝飾品、式の段取りなどを揃える期間が必要になる。
それをたった三日でやれというのか……?
私が思わず殿下を見つめると、彼は冷ややかな微笑を浮かべた。
「俺は早くこの“形だけの婚約”を終わらせたい。貴様も同じだろう?」
嫌味たっぷりの口調に、私は言葉が出ない。
確かに、婚約を引き延ばしたいわけではない。
しかし、あまりに性急で強引すぎる。
父が恐る恐る口を開く。
「殿下、しかしながら、正式な儀式ともなれば様々な準備が必要でございます。最低でも数週間の……」
それに殿下は取り付く島もなく、手をひらひらと振って遮った。
「貴様ら辺境伯家の力をもってすれば、三日ほどでも十分だろう。俺は時間を割きたくない」
言いたい放題だ。王族としての権力を振りかざしているのが、痛いほど伝わってくる。
母は顔を伏せながらなんとか笑顔を作り
「殿下のおっしゃることなら……私どもも承知いたします。しかし娘の衣装や、当日の式の場所……細かい決め事がありますから、どうしても慌ただしく……」
とごく弱々しく訴えた。
サーシス殿下は「ふん」と鼻を鳴らしてから、ひとまずそれ以上は追及しなかった。
……どうやら“自分に従え”が彼の言い分らしい。
それから殿下は、私の方に向き直る。顔は美しいが、その瞳には一切の情がない。
「クラール令嬢、改めて言っておく。俺はお前を愛さないし、愛する気もない。お前の方も、俺に愛を求めるな」
ピシャリと言い捨てられた言葉は、予想していたとはいえ、心に突き刺さった。
私は一瞬口を開きかけるが、何を言っても挑発と受け取られそうなので、唇をかみしめて黙ってしまう。
……こんな状態で、本当に婚約をするの? お互い望んでいないのに。
私が不安を抱いていると、その気持ちを見透かしたように殿下は皮肉めいた笑みを浮かべた。
「予言だとか、国王陛下の命令だとか、そんな下らない理由でしばらくお前と付き合わなくちゃならん。しかし、お前が派手な動きをすればするほど、俺は困る。面倒事は起こすな。いいな?」
殿下の言う“面倒事”とは何なのか。
——おそらく、“シルヴィアに余計な不和が及ぶ”ようなことはするな、という意味だろう。
私はそのとき、彼の視線が窓の外へ向いたのを感じた。
まるで“愛しい人”のことを思っているように。
(……やはり、本命はシルヴィア侯爵令嬢。私はその邪魔者、というわけか)
心が痛むというより、なんだか虚しい。
私も別に彼と結婚したいわけではないが、ここまで露骨に“不要”と言われると、さすがに傷つく。
結局、その後も殿下は終始刺々しい態度だった。
少しだけ儀式の日程について話し合ったが、殿下の主張は「できるだけ早く終わらせる」
そして滞在時間はほんのわずか。紅茶すら手をつけずに出立してしまった。
去り際、ちらりと私に向けた憎々しげな瞳。
——どうやら、殿下の中で私は「忌々しい障害物」として刻み込まれたようだ。
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