その婚約、誰が許したと言いました?

空月そらら

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第12話 シルヴィア令嬢の画策――中傷と呪詛の罠

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私が軽く食事を取りつつ会場を見渡していると、ちょうど大理石の柱の奥からシルヴィア令嬢が姿を現す。

 殿下を伴っているかと思いきや、少し離れて歩いていた。

二人とも不機嫌そうな顔をしている。何やら意見の食い違いでもあったのかもしれない。

 そこへ私の姿が視界に入ったのか、シルヴィアはパッと目つきを変え、殿下に色っぽく微笑んでから、わざわざこちらへと歩んできた。

 (……嫌な予感しかしない)

 周囲にはシルヴィアの取り巻きらしき貴族の娘たちも数名いて、同調するようにクスクスと笑っている。

 彼女は私を見下ろすように視線を送り、甘ったるい声を発する。

 「まあ、エヴェリーナ様。婚約者である殿下が、私と一緒にいる姿を見て嫉妬などしませんの?」

 (嫉妬? そんな感情、もはや湧く余地もないけれど)

 私は平静を装って微笑む。

「いいえ。むしろ、殿下があなたのところへ行くなら、私も肩の荷が下りて楽ですわ。気を遣わなくて済みますもの」

 取り巻きたちが「何ですって?」と明らかに苛立った声を上げる。

 シルヴィアは眉をひそめて、舌打ちこそしないまでも露骨に不満げな顔になる。

「ふぅん……あなた、随分強がるのね。殿下に相手にされないのがそんなに嬉しい? それとも、もう婚約者の役目は放棄したと?」

 私は瞳を伏せて溜息をつく。

「放棄したいのは山々ですが、こればかりは王太子殿下次第。私がどうこう言えるものではありません。——それより、何かご用ですか? わざわざ私に話しかけてくださるくらいですから、何か言いたいことが終わりではないのでしょう?」

 シルヴィアは取り巻きたちに一瞥をくれると、含み笑いを浮かべた。

「ふふ、そうね。実は最近、あなたに関する不穏な噂を耳にしているの。……“辺境伯令嬢の魔力は得体の知れない異質なもの”で、まともに使えば災厄をもたらす――とね」

 (――そこを突いてくる?)

 実は、私には秘密にしている“特別な魔術”がある。

辺境伯家は元来強力な魔力を継ぐ家系ではあるが、私はさらに前世の記憶と合わさることで、独自の強力な力を得ていた。

 シルヴィアが口にした「災厄をもたらす」などという噂は根も葉もないデマであり、私を貶めるための虚構だろう。

 私は眉根を寄せる。

「根拠のない中傷ですね。私の魔術は健全な訓練を受けたものです。何か問題があるとは思いませんが」

シルヴィアは軽く肩をすくめる。

「私に言われても困るわ。周りの人が口々にそう囁いているだけ。でも、もし本当なら恐ろしいことだわ。だって、この国が“予言”に踊らされて危険な花嫁を迎えたことになるもの。ねえ、あなたが皆を不幸にしないといいけれど」

 まるで「不幸を呼ぶ女」だと周囲に印象づけたいかのような物言い。それは私を公衆の面前で叩き落とす意図を持った呪詛に等しい。

 取り巻きたちも示し合わせたように、**「エヴェリーナ様がいると災厄を呼ぶなんて怖い」**と口々に合唱する。

 私は腹立たしさを抑えつつ、わざと大きく首を傾げる。

「ですがシルヴィア様。もし私が本当に“災厄をもたらすほどの大魔術師”なら、私に嫌がらせをするのは自分の身を危険に晒すことになりませんか? ……私なら、怖くてそんな言動はできませんが」

静まり返る取り巻き。シルヴィアの表情が一瞬強張るのが分かる。

(あなたが言うほど私は弱くない、と暗に示せばいい)

 すると、ここで思いがけず王太子サーシス殿下が割り込んでくる。

どうやら、私たちのやり取りに気づいて会話を聞いていたらしい。

「……くだらない。シルヴィア、余計な揉め事はやめろ。さっき言っただろう、今は時期が悪い」

 殿下の口調は険しい。シルヴィアは「殿下……」と口籠りつつも、一瞬だけ悔しそうな色を浮かべる。

 殿下が私をかばった――のではないだろう。

きっと、不要なトラブルが表沙汰になれば、王太子殿下自身の立場に悪影響が及ぶことを懸念したに過ぎない。

 私には見向きもしないまま、殿下はシルヴィアを連れて会場の奥へと立ち去っていく。

 (どのみち、これで彼らが攻撃を止めるとも思えない。むしろ、今は騒ぎを避けるために殿下がなだめただけ……後日、もっと卑劣な形で仕掛けてくるに違いない)

 私は心の奥に小さな怒りの火を灯しながら、さらに警戒を強める。

 幸い、私の周囲には離れたところでエルマー公爵がこちらを観察するように佇んでいる。

どうやら私を巡る動向に興味津々らしい。

 (エルマー公爵を利用する手もある……でも、できれば“私自身の力”でシルヴィアたちを黙らせたいわね)

 前世から引き継いだ合理的な判断が、頭の中で冷静に計算する。

証拠を握り、合法的に一気に叩く方法を探せばいい。

 私にはまだ、隠している魔術がある。

それをきちんと活用すれば、相手の不正や陰謀を掴むこともできるかもしれない。
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