異世界での異生活

なにがし

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12.精進料理

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「神様。いえ、アリアドネ様、ありがとう。」

 その場で膝をつき手を合わせ天に向かって、涙ながらに祈った。
こうして、ヤスオはアリアドネの信者になった。

「もう、やめてよ。はずかしい。そろそろ帰りましょう。」

 シンシアは、ヤスオに立つように求め、二人は来た道を戻った。


 しばらくシンシアを眺めていた。リンゴを丸かじりで食べている姿が羨ましかったからだ。
なんせ前世では役定を迎えた歳だったので、リンゴを丸かじりするとリンゴと歯茎が血だらけになる。
最悪、歯が欠けるような自殺行為だった。
実際、小豆のアイスクリームを、かみ切れず溶けるまで待った経験がある。
 でも今の俺ならできるかも、と思いリンゴを取り出す。そして食べようと思うが、怖くてできない。
食べようとしては、止まり。食べようとしては、止まる。それを数回繰り返し、ついにかじった。

──シャリッ。

「おいしい。」

 リンゴを見ても血液の付着はなかった。
十数年ぶりにリンゴの丸かじりに成功したのだ。感激で涙が溢れ出てきた。

「手料理で泣いて、リンゴで泣いて、ヤスオさんはよく泣くのね。」

 泣きながらリンゴを食べるヤスオにそう言いながら、ヤスオが持っていた袋に手を入れた。
そして、二つ目のリンゴを頬張り始めた。

「え?」

 袋の中を覗くと、残り1個のリンゴが芯だけになっていた。

(もう一個買っとけばよかったぁ。)

 さらに、泣くことになった。

 そうして、二人はすべての買い物を済まし、アリアドネ宅へ向かった。 アリアドネ宅に到着した二人は、ヤスオが持っていたアリアドネの荷物から鍵を取りだし、家の鍵を開けた。
家に入ったら、シンシアはランタンに火を灯し、2階の空き部屋(客間)へ案内する。
そこで、ヤスオの荷物を出し、夕飯の支度へ向かった。
 部屋にはベッドがあり、その上には袋に入った布団が置かれていた。
ベッドの横に、4段で腰ほどの高さしかない空のタンスが置いてあった。
衣服や下着は、そのタンスに入れ、部屋の掃除をした。そして、袋から布団を出してベッドに敷く。
この布団でシンシアさんは寝ていたのだろうか。ふと、そんなことを思う。
知らず知らずのうちに、布団に鼻を近づけてしまう。だが、犯行寸前で我に返った。

「こんなところをシンシアさんに見られたら、また変態扱いされてしまう。」

 そう、つぶやいた瞬間。

「何しているの?」

 食事の用意を済ませたシンシアがヤスオを呼びにきていた。
目線をそらし、蒼白した顔を必死に隠した。

「いや、ほこり臭くないかなと思って。」

 全身から汗があふれ出る。

「そう。ご飯の用意ができたから食べよ。ちなみにわたし、その布団で寝たことないから。」

 そう言うと、部屋を出ていった。お見通しだったようで恐縮した。

 シンシアの用意した料理は具沢山の味噌汁とご飯、塩漬けされた野菜の漬物だった。
しかもナイフやフォークではなく箸が用意されていた。

「これ日本料理だよね。」

 ここで、ご飯とみそ汁が食べられるのは、うれしかったが不思議だ。
シンシアも、不思議な顔をした。

「“にほん”ってなんですか?これは、精進料理っていうのですよ。」

 日本料理じゃねぇか。と言いたいが無駄なのでやめる。それより、料理の味が気になった。

「いただきます。」と手を合わせると、
「召し上がれ。」と返ってきた。

 シンシアが銀色の髪に青い瞳でなかったら、とても異世界とは思えない。
いつも自分用だけで、人のために料理するのは久しぶりと言っていたので、おいしいと言おうと決めていた。
だが、お世辞の必要なく本当においしかった。
食後、片付けを済ませ、お茶を飲みながらしばらく寛いだら、シンシアは家路についた。

  
──ふぁぁぁあ。

 陽が昇り始め、周囲が明るくなり始めた頃。
ヤスオは、眠い目をこすりながら地図を片手にスペランザ教会を目指していた。
教会が見えてくると、門前に人影が二つ見えた。
ヤスオは人影を見るや、慌てて門まで急いだ。

「すみません。お待たせしましたか。」

 門の前に立っていたのは2人。年配の方と若い方、二人共女性で修道服を着ていた。

「ヤスオさんですね。初日なので、早めに出ただけですから。遅れていませんよ。」

 先に年配の方が話し、次に若い方が
「出たら、すぐに来たのでビックリしています。」と微笑んでくれた。
「ヤスオです。よろしくお願いいたします」

 前日、シンシアから庶民には、名字がないと聞いた。当然ヤスオも庶民なので、下の名前で名乗ることにした。

「わたくしは、ここの院長セメレといいます。」

 もちろん年配の方である。

「わたしは、マイヤといいます。」

 そして、若い方である。
挨拶を終え、ヤスオは院長室に案内された。

 院長室は、奥に院長専用の机と椅子があり、横には食器棚がある。
その横の物置台にいつでもお茶が入れられるよう、お湯が入った容器が置かれていた。
さらに、中央には、少し大きめの四角いテーブルが置かれ、四隅には背もたれが直角に曲がった椅子がテーブルに収まっていた。
 その中の一つを引き出し、座った。

「これから子供達に会ってもらいますが、ヤスオさんには呪いにかかっていることにしてほしいのです。」

 お茶を差し出された後のセメレの第一声だった。

──ブッ。

 変わった形の椅子に寛いでいたヤスオへの急なお願いに、お茶を吹き出した。

「ど、どういう事です?」

 口元を服の袖で拭いながら、聞き返す。

「ここでは、異世界というのが一般的ではありません。ましてや子供達には何のことか分からないでしょう。そこで、呪いのせいで一部の記憶を失ったことにしてほしいのです。」

「あぁ、いい歳の大人が何も知らないと子供達にバカにされる。そこで呪いのせいにすれば、子供達に同情されて付き合いやすくなる。そういう事ですか?」

「はい。病気にすれば、うつる心配をしますし、頭を打ったとかで怪我の後遺症にしても、傷がないから説得力がありません。なので、呪いが丁度いいのです。」

 子供たち相手に説得力が必要かと疑問に思ったが、それ以上に呪いが身近なものなのかが気になる。

「ここでは呪いは一般的なのですか。」
「いいえ。少なくとも私は、そういう方にお会いしたことがありません。ですが、珍しいからこそ、子供達の好奇心を揺さぶると思うのです。」

「承知しました。」

 納得した訳ではないのだが、セメレを信用することにした。
 
「子供達は今、朝食を摂っている頃だと思います。わたくしが先にいって事情を説明してきます。それまでここでお待ち下さい。朝食はお済ですか?」
「はい。食べてきました。」

 前日、シンシアがみそ汁を多めに作ってくれていたので、それを食べてきていた。

「明日からは、こちらでお摂りください。お昼も夕飯もここで、摂ればよろしいでしょう。そうすれば支度の手間が省けましょう。」

 願ってもない申し出に、心から感謝した。だが、なにか要求されるのでは、と心配にもなった。

「よろしいのですか?」
「はい。“ついで”ですから。」

セメレは、ニッコリと笑って、部屋を出ていった。

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