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第一章

ワレ返答ノ要ヲ認メズ

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竣工からまだ十数年しか経たないが、もう廊下の茶色い床板がギシギシと鳴り始めている。

いくつもの空き部屋を通り過ぎながら大和はぼんやりとそんな事を頭の隅に浮かべた。もう会議の時間ではあるのだが、ゆったりと残りの煙を吸っている。

長い廊下を奥へ奥へと進み、突き当たりを左に曲がったところで、やっと大和は煙草を吸う手を止めた。

何年も使い続けてガタが来ている引き戸を音を鳴らして開く。開いた瞬間、ふっと、酸いような埃っぽい様な、あまり好かない匂いが鼻を擽ってきた。

中では既に数人の軍人、もとい艦魂達が集まり、各々椅子に座り話し込んでいるようだった。
用意された椅子は全部で七つ。残りの椅子はひとつしか開いていなかった。

「呑気なものだな、不沈の大和様・・・・・・は。演習でも長引いたか、それとも夕飯の支度か?」

開口一番に皮肉をぶちまけたのは、三十代半ばの男であった。
髪はやや跳ねてはいるが、色は青く艶めいている。

一種軍装に飾紐、間違いなく上官である。
軍帽は被らないからか机の上にはなく、代わりと言っては難だが、やはり紙束が大量に積み重ねられていた。

「お役所仕事は楽じゃなさそうですな、司令長艦長門殿・・・・・・・・・・・始末書の手伝いはしないからな」

まるで飼い主に噛みつく猛犬の様だった。ピシッとその場の空気にひびが入ってしまいそうな程、両者は睨みあう。

「こら~、駄目ですヨ大和。仮にも長門は君の上司なんですカラ。でも長門君も、熱くなったら"メ"ですからネ」 

流暢なのだが、どこか抑揚の付け方に違和感のあるしゃべり方で、別の男が両者を嗜めた。

薄ら暗い会議室の中ではわかりにくいが、輝くような金色の短めの髪をきちんと整えた碧目の持ち主が、穏やかに「まあまあ」と間に入る。彼は上司と言うよりかは、大和の先輩にあたる立ち位置にあった。

「金剛さん、何回やったって無駄ですよ」

昼の光が差し込む窓側の椅子に深く腰掛け足を組みつつ、長い黒髪の傷んだ毛先をいじり倒す艦魂がそう言った。

どこかつまらなさそうに、大和と長門の険悪なやり取りにため息を吐いた。そんな彼女の名は、山城と言った。

「いいから、早く始めてくれません?私、この後遠征があるので」

「あ、あぁ。すまない」

ゴホン、とあからさまな咳払いと、大和がどかっと椅子に腰掛けたのはほぼ同時だった。

「・・・・・・それでは、渾作戦に置ける艦隊の編成を発表する。
まず、空母を中心とする第一遊撃部隊第一部隊、旗艦『赤城』を筆頭に第ニ水雷戦隊を南方へ出征。第ニ遊撃部隊は鎮守府周辺の海域を哨戒、護衛に第十七駆逐隊と共に任務へあたられたし・・・・以上だ」

なにか異論は、と長門が切り上げの台詞を溢した直後、艦に囲まれた長机が「バアァンッ!」と大きな音を立てて揺れた。

何事かと他六名の男女が一斉に顔を上げる。目線の先には、椅子から腰を上げ、右手を机に叩きつけたまま睨み付ける大和がいた。

真っ赤な瞳はこれでもかと、目の前の長門を睨み付けている。ド怒りだ。

「なにをそう獣の様に威嚇する。これは決定事項だ。まさか、空母機動部隊中心の作戦に戦艦が参戦出来るとでも思ったのか?」

今にも喉笛へ喰らいつかんとせん大和へ向けて、長門は淡々と続けた。

「お前、先月の戦績を忘れたのか?敵『座頭』の殲滅は愚か尻尾すら掴めず、あまつさえ駆逐艦数隻を破損させた。本当にどうしたんだ、らしくないぞ」

どこか困ったように長門は眉間へ僅かにしわを寄せ、そう最後に大和へ問うた。

しかし、大和はその質問に答える事はなかった。

机の軍帽と書類の一部を鷲掴みに、ズカズカと大股で戸の前へ向かった。

金剛がすかさず止めに入ったがもう遅く、大和はこれでもかと大きな音を立てながら戸を閉めて出ていってしまった。
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