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第一章

慟哭

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「・・・・・・左舷砲雷撃戦終了、戦闘用具おさめ」

「用具おさめ、宜候」

「時刻一七〇〇を持って演習を終了とする」

夕暮れが次第に濃くなり始めていた。
腹の底に響くあの轟音はすっかり消え去り、静かな波の音、艤装や鎖同士のぶつかる音だけが残っている。

「大和さん、午後の会議いかなくて良かったんですか?」

「いいんだ。どうせしばらくは自宅謹慎さ」

「は、はぁ・・・・・」

怪訝そうな、納得し難いと言いたげな表情で冬月は大和を見上げた。

作戦会議での愚行の他、山城との殴りあいがいけなかった。この後両名は規律違反とされ2、3日ばかりの謹慎処分を言い渡されるのだった。

それが分かっていたから、午後からの大和は一切あの鎮守府へは近付かないようにしていたのだ。

生前の頃の大和を知っている冬月からすれば、らしくないと思った。

どんなに追い込まれて叩かれても、下を向くことも仲間にあたる事も、冬月の知る限り無かったと思う。

(やはり、八年前のあの事が・・・・)

"これ"は今や、大和やこの鎮守府にいる艦魂全体にとっての禁忌タブーとされている。それだけ、この鎮守府にとって大きな傷を負わせた。

それからだ、大和が段々と可笑しくなってきているのは。

「大和さん、今日こそ鳳翔さんのところでご飯食べましょうよ。ずっと断られてこっちもへこんで来てるんで」

「・・・・・悪い、勘弁な」

(・・・・・前は意地でも一緒に食べてくれたのに)

付き合いが悪い、と言うにはだいぶ歯切れが良くない。
寂しそうな目をするが、笑いも泣きもしない。能面の様に表情が乏しいのだ。

「そうですか。じゃあいいです。磯風と行ってきます」

なんだかやるせなくて、無性に腹が立った冬月は纏っていた艤装をガチャガチャと乱雑に外しながら、沖合いから内陸、鳳翔の居酒屋があるであろう方へ足を向けた。

大和は止めることはせず、ただ静かに、昔からの小さな友人の背が見えなくなるまで、ずっと波の上で揺れていたのだった。


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