上 下
15 / 26
第二章

戦艦ノ憂鬱

しおりを挟む
「・・・・・どう?お腹いっぱいになった?」

温かい入れたばかりの日本茶を湯呑みに注ぐ。これで二杯目であった。

子供の食べる分とは言え、かなりの品数だったのだが、殆どの皿が空になっている。たぶん残ったら大和が"片付ける"つもりだったのだろう。

すっかり泣き止みはしたが、まだ頬に涙の流れた跡があり、目元は赤い。

しかしはる子は口をナプキンで拭きながら嬉しそうにニコニコと笑った。

矢矧はどこかほっとしたように息を吐き、自分もと手前にある紅茶を一口含んだ。

「はる子ちゃんは大和と同郷?」

「ううん、うち市内の真ん中におったよ」

「そうなの?てっきり同じ出身かと」

はじめの緊張はだいぶ和らいだようで、矢矧は少し身を乗り出す格好ではる子の話を聞いている。
どうも、双三郡へ疎開する直前で亡くなったようだった。ただ、その前後に関する記憶はなく、自分がいつどうやって死んで、この冥海に紛れ込んでしまったのか全く覚えていないと言う。

ただ、あつかった記憶しなかないと。

「はる子ね、年の離れたお姉ちゃんがおったんよ。でも朝から敷信村におるおぢちゃんところへてごう・・・に行ったままなんじゃ。うち、お父ちゃんもお母ちゃんもおらんくて、大きいお兄ちゃんもみんな兵隊さんなる言うて、帰ってこんのんよ」

そう、はる子は寂しそうに言った。

洗い場に立つ大和はなにも言わなかったが、皿を洗う手はどうにも進んでいないようだった。
矢矧も手伝おうと腰を浮かせたその時である。

入り口の辺りだろうか。外の方から数人の話し声が聞こえてきたのだ。
大和らが聞き取れるだけでおよそ四人。1人は女のようだった。

不躾にゴンゴンゴンと扉を叩いている。もうばれてしまったのか。

「・・・・・ほら、謝るなら今の内よ」

矢矧に諭され、大和は明らかに渋面を作ると玄関へ続く廊下を睨んだ。

さすがに丸一日も鎮守府を開け、騒ぎどころではない。過大な迷惑を部下に被せてしまっている。謝る他はない。

観念した大和は手拭いをテーブルに置き、一人玄関へと向かった。









やはりと言うか、入り口では妙高型四人組が不機嫌な顔して突っ立っていた。そして大和の姿をとらえた妙高は開口一番に文句を垂れた。

「よお、大和さん。ずいぶん探したぜ。まさか、こんなところで油売ってるとはなぁ」

こめかみがピクピクと動いている。妙高は腕を組みつつ大和を見上げ、目一杯目を細めた。

「今度はどんな言い訳がとぶか、楽しみにしてるぜ」

嫌みったらしく、今度はにやにやと卑しい笑みを口にたたえ、大和の腕を小突いた。

妙高は大和と比べると圧倒的に小柄で細い。が、元は戦艦の次に頑丈な重巡洋艦だ。大和相手に臆するほどやわではない。

羽黒や足柄も同じなのだが、どうも相手の動きを警戒しているのか、抜かりなく観察を続けている。

今度は、妙高の斜め後ろに控えていた那智が問うた。

「大和、君もわかっているとは思うがこれは規律違反だ。それ相応の罰を言い渡されるだろう。これ以上ここにいるのは不味い。我々と長門の元に戻ろう」

今ならまだ説教半日で済むはず、と自信無さげに那智が言う。どちらにせよ地獄をみるのだ。

「・・・・・わかった。だが、その前に話がある」

「ア?はなし?」

なにを言うかと思ったら、相談事か。いったいどこまで落ちぶれる気でいるのやら、と足柄は呆れてしまった。

見た目こそ大人であるのに、中はまるで思春期真っ只中の子供である。これが我々の上司であることに、足柄はもう疲れてしまっていた。
だが、連れ戻さねば話にならない。ここは聞くだけ聞いてやるか。と、妙高型四人は互いに顔を見合せ頷きあってから建物の中へ入っていった。





しおりを挟む

処理中です...