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第二章
守ルモ 攻メルモ
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木造のボートは波に揺れながらどんどん流れていく。はる子は、中に積まれた数日分の食糧の入った茶色の鞄から、艦魂たちからもらったキャラメルを口に放り込んだ。
砂糖よりも甘い上にちょっとずつ溶けていく食感が面白い。兄達が出征から戻るときも、なにかしらの土産を持って帰ってきたのをはる子は思い出していた。
「ええ人たちやったね・・・・・」
誰に言うともなく呟いた。丸まった背中が小さく縮んでいく。
「お母ちゃん、お母ちゃん・・・・・」
大和の腕の逞しさ、矢矧の優しい声を思い浮かべて、はる子は、もう顔もはっきりしない母を重ねてしまった。
ポロポロと手の甲に大粒の涙が落ちていく。ずっと我慢していた。わたしたちの為に戦っている兵隊さんに迷惑をかけないよう、別れ際の港からずっと耐えていた。
これからまた、同じように海を彷徨うのだ。大和の元へ置いてもらいたかったが、自分のような働き手にもならない子供はきっと受け入れてもらえない。姉と共に暮らしていた時も、よく老人たちのそんな話を聞いていた。
こうしてご飯を食べさせてもらって、手厚く見送ってくれただけでも感謝せねば。贅沢など言える身分などではないのだ。
姉共々、ずっと両親から聞かされていた言葉を繰り返し、はる子はキャラメルの箱を両手で握り締めた。だが涙は止まらない。寂しさまではどうしようもなかった。
母の名を呼ぶ間にも、ボートはさらに沖合いに流れていく。さっきまで見えめいた鎮守府は豆粒ほどにまで小さくなっている。
と、前方からなにか跳ねたのが見えた。はる子には小魚程の大きさに見え、なにか、ギラギラと光っている。
滅茶苦茶に涙を拭きながら、はる子は落ちないようにゆっくりと立ち上がると、前方を確認。だんだんとこっちに近付いてくるのがわかった。
背中の部分を剥き出しに進んでくる。小魚くらいの大きさだったのが、次には猫、犬くらいになっていく。
はる子はたじろいだが、周りは海だ。逃げる場所などない。とっさにはる子はボートの中で伏せ、遠目からは見えないように隠れた。
幸い、身体の小さなはる子が伏せてしまえる程の広さはある。近付かない限り、ボートだけが浮いているように見えた。
船底に聞こえる水が打ち付ける音、風が鳴る音。その他に、呻き声にも似た鳴き声のようなものも聞こえてくる。
よく耳を澄ますと、なんだか赤ん坊が愚図るような、そんな鳴き声だ。それがだんだんと大きくなってくる。
胸を締め付けられる感覚が喉をせりあがってきた。両手で口を押さえ声が漏れないようぎゅっと歯を食い縛る。
オァァァァーーー・・・・
はっきりとそう言っている。もうすぐ近くに来ているのだ。
小さな波に揺れているだけだったボートが、次第に大きく運動を始めた。
縦に横に、不規則な動きにはる子は背中や額をゴツンとぶつける。
その度に、チクッと刺される冷たい恐怖が全身に覆い被さり、汗が止まらない。
『オァァァーー・・・・・』
ふいに、はる子の上に影が落ちてきた。空に雲でもかかったようなのだが、なんだか生臭い匂いと、ポタポタと水がはる子の背中にかかった。
意を決して顔をあげると、目の前にギョロリと剥き出しになった目玉と視線があった。
例えるなら、ナメクジの目を三つに増やしたような怖い姿だった。身体は獣のような茶色の、針みたいに鋭い毛に覆われている。
化け物だ。
「お母ちゃん、お父ちゃん・・・・・!」
怖いなんてもんじゃない。はる子は嗚咽混じりに知っている人物の名前を片っ端から叫び始めた。
「お姉ちゃん、サスケ兄ちゃん、おぢちゃん、ばあちゃん、爺ちゃん・・・・・!」
飛沫で濡れているのか涙と鼻水で濡れているのかもう判別もつかなかった。
怪物はやはり鳴きながら、顔の中央にぽっかりとあいた口らしき空洞を更に大きく開いて鎌首をもたげた。
いよいよ駄目だ、と目を瞑り、はる子は最後の勇気を振り絞って、その名を呼んだ。
「大和ーーー!!!」
刹那、遠雷が聞こえた。
天候は晴れ、一部覆い隠すように白い雲がちらほらと見えはするが、雷を落とす程のものではない。
その数秒後、今度は怪物の方に異変が起こった。
怪物の背中から黒煙が上がる。ぐおんと反れるだけ背を反らし、怪物は空気を切り裂かんばかりの悲鳴をあげたのだ。
砂糖よりも甘い上にちょっとずつ溶けていく食感が面白い。兄達が出征から戻るときも、なにかしらの土産を持って帰ってきたのをはる子は思い出していた。
「ええ人たちやったね・・・・・」
誰に言うともなく呟いた。丸まった背中が小さく縮んでいく。
「お母ちゃん、お母ちゃん・・・・・」
大和の腕の逞しさ、矢矧の優しい声を思い浮かべて、はる子は、もう顔もはっきりしない母を重ねてしまった。
ポロポロと手の甲に大粒の涙が落ちていく。ずっと我慢していた。わたしたちの為に戦っている兵隊さんに迷惑をかけないよう、別れ際の港からずっと耐えていた。
これからまた、同じように海を彷徨うのだ。大和の元へ置いてもらいたかったが、自分のような働き手にもならない子供はきっと受け入れてもらえない。姉と共に暮らしていた時も、よく老人たちのそんな話を聞いていた。
こうしてご飯を食べさせてもらって、手厚く見送ってくれただけでも感謝せねば。贅沢など言える身分などではないのだ。
姉共々、ずっと両親から聞かされていた言葉を繰り返し、はる子はキャラメルの箱を両手で握り締めた。だが涙は止まらない。寂しさまではどうしようもなかった。
母の名を呼ぶ間にも、ボートはさらに沖合いに流れていく。さっきまで見えめいた鎮守府は豆粒ほどにまで小さくなっている。
と、前方からなにか跳ねたのが見えた。はる子には小魚程の大きさに見え、なにか、ギラギラと光っている。
滅茶苦茶に涙を拭きながら、はる子は落ちないようにゆっくりと立ち上がると、前方を確認。だんだんとこっちに近付いてくるのがわかった。
背中の部分を剥き出しに進んでくる。小魚くらいの大きさだったのが、次には猫、犬くらいになっていく。
はる子はたじろいだが、周りは海だ。逃げる場所などない。とっさにはる子はボートの中で伏せ、遠目からは見えないように隠れた。
幸い、身体の小さなはる子が伏せてしまえる程の広さはある。近付かない限り、ボートだけが浮いているように見えた。
船底に聞こえる水が打ち付ける音、風が鳴る音。その他に、呻き声にも似た鳴き声のようなものも聞こえてくる。
よく耳を澄ますと、なんだか赤ん坊が愚図るような、そんな鳴き声だ。それがだんだんと大きくなってくる。
胸を締め付けられる感覚が喉をせりあがってきた。両手で口を押さえ声が漏れないようぎゅっと歯を食い縛る。
オァァァァーーー・・・・
はっきりとそう言っている。もうすぐ近くに来ているのだ。
小さな波に揺れているだけだったボートが、次第に大きく運動を始めた。
縦に横に、不規則な動きにはる子は背中や額をゴツンとぶつける。
その度に、チクッと刺される冷たい恐怖が全身に覆い被さり、汗が止まらない。
『オァァァーー・・・・・』
ふいに、はる子の上に影が落ちてきた。空に雲でもかかったようなのだが、なんだか生臭い匂いと、ポタポタと水がはる子の背中にかかった。
意を決して顔をあげると、目の前にギョロリと剥き出しになった目玉と視線があった。
例えるなら、ナメクジの目を三つに増やしたような怖い姿だった。身体は獣のような茶色の、針みたいに鋭い毛に覆われている。
化け物だ。
「お母ちゃん、お父ちゃん・・・・・!」
怖いなんてもんじゃない。はる子は嗚咽混じりに知っている人物の名前を片っ端から叫び始めた。
「お姉ちゃん、サスケ兄ちゃん、おぢちゃん、ばあちゃん、爺ちゃん・・・・・!」
飛沫で濡れているのか涙と鼻水で濡れているのかもう判別もつかなかった。
怪物はやはり鳴きながら、顔の中央にぽっかりとあいた口らしき空洞を更に大きく開いて鎌首をもたげた。
いよいよ駄目だ、と目を瞑り、はる子は最後の勇気を振り絞って、その名を呼んだ。
「大和ーーー!!!」
刹那、遠雷が聞こえた。
天候は晴れ、一部覆い隠すように白い雲がちらほらと見えはするが、雷を落とす程のものではない。
その数秒後、今度は怪物の方に異変が起こった。
怪物の背中から黒煙が上がる。ぐおんと反れるだけ背を反らし、怪物は空気を切り裂かんばかりの悲鳴をあげたのだ。
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