[第一巻完結!]清心館女学院の探偵事情~銀髪の名探偵『日ノ宮雪乃』謎は解けても恋は解けない~

水星 透

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放課後密輸事件

五章『十月三十日・二十時ハンバーガーショップ』

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「あ、あの!公園の出来事だけでは、まだ相談に来ようとは思わなかったんです」

かなえさんの声は微かに震えていた。その理由を、わたしはすぐに知ることになる。

「爬虫類専門店からの帰りでした。このコラボマスコットが欲しくて」

鞄のストラップを、愛おしそうに持ち上げた。

「ハンバーガーショップに寄ったのは、二十時を過ぎた頃でした」
「家では外食が禁止されているんですが、その日は特別に許可をもらいまして――」

かなえさんは縋るように雪乃先輩を見つめた。ポニーテールが弱々しく揺れた。

胸が締めつけられるような感情が、わたしの心をとらえた。ハンバーガーさえも食べて帰れないという事実に――

わたしは無意識にスカートを握りしめていた。

先輩がそっと背中に手を添え、慰めるような温もりを伝えてくれた。なぜか、寂しそうに見えたから。
優しげな瞳が、静かにそう語りかけている気がした。

気づくと、かなえさんは話を続けていた。わたしは少し聞き逃してしまった。

「そこでも、変なことがあったんです」

かなえさんは声を潜めて話し始めた。

「学習塾の近くなので、普段なら帰りに見るのは学生さんばかりで……」

「でもその日は明らかに違ったんです」

彼女は手元を見ながら、指先を不安げに絡ませた。その声が微かに震える。

「小さい店ですけど、その日は一階はキッチン一人、レジ一人で、店内は普段よりずっと静かでした」
「たまに見る、店長代理のような人がいて、レジを担当していたんです」

言葉を探しながら、小さく視線を揺らした。

「メニューを注文する時に、店内は満席って言われて……一階は確かに空いてなくて。二階を見にいったんです」

「どのみち家に持って帰ることはできませんし、どうしても店内で食べて帰る必要があったんです」

言葉を切った彼女は、小さく唇を噛んだ。

沈黙の間に、壁時計の針が規則的な音を立てて進む。
その音がやけに耳に残った。

「二階席は公園の時と同じように、高齢の方ばかりだったんです」
「みんなが携帯を握っていて、レシートを見せ合いながら、封筒を大切そうに抱えていました」

かなえさんは、ブラウスの袖を強く握った。
手の甲が白くなるほどだった。

「私が行くと、急に静かになって。隠すように伏せられたレシートに、はっきりと103017が印字されているのが見えました」

彼女の声がさらに緊張を帯びた。

七々瀬先輩がわずかに眉を寄せ、不思議そうに尋ねる。

「そんなにレジの人を見るものかな?」
「ごめんね、変な茶々入れてしまって」

先輩は軽く謝った。かなえさんは小さく首を振った。

「いえ……私、ずっと外食に憧れていて……」
「通学路で毎日お店の前を通るたび、いつか入ってみたいなって思って、つい店内の様子を眺めてしまうんです」

その言葉に、わたしは胸が締め付けられるような思いになった。幼い日のかなえさんが、店の前で憧れの目を向けている、そんな姿が見える気がした。

恥ずかしそうにうつむく彼女の視線は、手元のお茶に注がれていた。

「それともう一つ……」

かなえさんは急に声をひそめた。

「二階には、隣の学習塾の講師もいました。中学時代に私が通っていた塾の――教えてもらったことはないんですけど」

彼女は再び手首のアザを撫でた。指先はかすかに震えていた。

「私が食べている間ずっと、その人たちはピリピリしていた気がします」
「でも、しばらくすると、また変な言葉を言い始めたんです」

「“ヒトカリ”行こう。あと2~3“ゴールド”は終わり?“素材”足りない、なんとかならない?」

「……その時聞こえてきたのは、そんな言葉でした」

かなえさんはそこで口を閉ざし、表情を曇らせた。

「講師の方が『ヒトカリ』って言ってるのが不思議で。真剣な顔で話しているものですから。塾の仕事の話かと思ったんですが……」

彼女は手元にあったチラシを取り出して見せてくれた。

「これがその塾のチラシです」

『特別推薦枠を目指すあなたへ』という文字がはっきりと印刷されている。

「講師の仕事と、そんな言葉が一緒に出るなんて、変ですよね……?私……どうしても気になってしまって」

「このお話、誰かにしましたか?お家の方とか?」

雪乃先輩はかなえさんに問いかけた。

「いえ!とても……家ではこんな話はできません」
「ただでさえ、今、成績が下がっていますから」
「それでも……誰かに聞いて欲しくて――」

先輩は立ち上がると、かなえさんの肩に優しく触れた。

「すごく勇気が必要でしたでしょう」
「私のところに、お話に来てくれてありがとうございます」

「あなたのこと、信じますよ」

「一度こちらで検討してから、しかるべきところへご連絡する形でよろしいですか?」

雪乃先輩は、真剣な声でそう告げると、童話の王子様のような仕草でそっと手を引いた。

「全てお任せしてもよろしいのでしょうか?」

雪乃先輩は鞄を手渡すと、かなえさんを扉へ誘う。

「ええ、もちろんですよ」

その言葉を聞き、かなえさんは安心したようだった。

「できるだけ早く……そうですね……一週間から十日ほどでご連絡を差し上げますから」

「萌花さんと連絡先を交換しておいてください」

「わ、わかりました」

かなえさんは短く頷いた。

かなえさんは慣れない手つきで、わたしと連絡先の交換を行った。それからメモの内容をもう一度確認して、部に戻って行った。
扉が閉まるその音は、彼女の泣き声にも聞こえた。

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