[第一巻完結!]清心館女学院の探偵事情~銀髪の名探偵『日ノ宮雪乃』謎は解けても恋は解けない~

水星 透

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星と少女と、消えた名前

九章『寄宿舎の談話室』

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「うー、この時間はちょっと寒いな」

雪乃は独りごちた。

場所は清心館女学院、寄宿舎の前。時刻は日没時間。
英国の洋館を移築したレンガと漆喰しっくい瀟洒しょうしゃな外観に、日没の最後の光がその居場所を求めている。

まだ外は暗くなりきってはおらず、澄み切ったすみれ色の空にエメラルドのおおいがかかっているようだった。

その上には金剛石の輝きを持つ一番星がひとつ。

木立の隙間からの夕日が、雪乃の銀糸を赤く照らした。ここは校舎から離れているけれど、静かでいいところだな。お祖母様ばあさまの元へ遊びに行った時、これとよく似た建物を見たな。

そんなことを考えながら周囲を見渡していると

「ゆ、雪乃さん、ようこそ。きてくれて嬉しいです。寄宿は初めてですか?」

寄宿の案内を申し出てくれた子が、出迎えてくれた。
憧れの人への喜びで、控えめに距離をとりながら穏やかに話しかけてきた。

「ありがとうございます。そうなんです、寄宿舎生活、憧れているんですが」
「家の許可がおりなくて。今回はお招きいただいてとても嬉しいです」

両手を体の前で合わせると、深々と礼をする雪乃。

「お話の準備、できてますので。談話室はすごく素敵なところですよ。あ、ごめんなさい。私一年C組の佐倉さくら茉莉花まつりかと言います」

「中等部時代に奇術部だった子――」

「それに、今の生徒会役員をよく知る生徒からお話を聞きたいんですよね?」

「そうなんです、今追ってる件と少し関わりがあるかもしれなくて」

雪乃は丁寧に言った。

学内での雪乃の評判に詳しいと見える茉莉花は特に詮索せんさくもせずに

「では、早速ですけど、こちらにどうぞ」

そう言って、雪乃を案内する。

古い厚い木製の扉をくぐると、玄関の土間は大理石で出来ていた。蝶番の擦れる乾いた音が歴史を感じさせる。靴箱には整然と靴が並び、生徒の外出を示す赤と黒の名札。宿直室には人の気配がない。普段は寮母の鋭い視線が光っているに違いない。

茉莉花に案内され、厚手の絨毯が敷かれた廊下を歩き、談話室へ向かった。

そこは、最高の居心地を感じさせる部屋だった。
四人掛けのソファがゆったりと並び、生徒たちは部屋着姿でくつろいでいた。雪乃を見てざわめいたが、すぐに穏やかさが戻った。

「本来、応接室までしか入れないんですけどね。仲の良いシスターに交渉しました」

茉莉花は誇らしげに微笑んだ。

「談話室を、ぜひ雪乃さんに見ていただきたかったんです。応接室は寒いですし」
「雪乃さんに風邪を引かせるわけにはいきませんから」

茉莉花は、予約席と書かれた手作りのプレートをサッと片付けた。

「今日は特別に、凍頂烏龍茶と紅茶のブレンドをご用意しました。紅茶、お好きですよね」

白磁の皿には高級そうなチョコが並んでいる。
雪乃はそのひとつをつまみ上げ、包み紙をうっとりと眺めた。中身も美味しいけれど、包み紙がいいのよね、雪乃はそう思った。

「寄宿舎、最高ですね。私も、やっぱりもう一度、家と交渉しようかしら」

ふかふかのソファを手で押し返しながら、雪乃は暖かな灯りに照らされた室内を眺める。魔法学校を舞台にした作品を想起させる豪奢さに目を奪われているようだ。

「談話室はいいんだけどね、寮長がうるさくてさ。結構息苦しいところもあるよ」

「それに冬がね、スチーム暖房があるんだけどさ、毎朝お湯が入るたびにすごい音で二度寝もできないんだよ」

気づけば上級生らしき一人が、隣に立って声をかけてきた。
向かいのソファに大義そうに腰をかける。

「先輩。ありがとうございます。こちら日ノ宮雪乃さんです」

二人は立ちあがって会釈をした。

「中等部の頃のことを聞きたいんだってね」

「こちら御手洗みたらいあかね先輩です」

サバサバとした空気を持つ彼女は、舞台映えしそうな人物だった。

「私は中等部の頃、奇術部だったんだけど、今は外で本格的にやってるんだ。だから今どうなってるかは全然知らなくてさ。ごめん」

「いえ、ありがとうございます。中学時代のことだけでも、お聞かせいただけますか?」

雪乃は丁寧に言った。

「昔の私たちは、パッとしなくてね。そんなとき、七々瀬がいろんなテクニック教えてくれて」

「もちろん、そういうことが気に食わない子もいて、それで部は無くなっちゃった」

過去は過去、と気にする様子でもなく、茜はチョコを口に放り込んだ。指先だけで器用に鶴を折って、テーブルに置いた。

雪乃は質問を挟んだ。

「暁希?ああ、あの子は元々演劇部だったんだけど」

「部がない時にね、いい練習になるからって来てくれてたんだ」

「演技すごいよね?見てない?」

「そっか演劇部、まだ復活してないんだっけ。生徒会忙しいのかな?」
「あの子ったら、七々瀬に会いに行って、そのまま生徒会役員になっちゃったからね」

暁希と七々瀬、二人の関係を祝福するような言い方だった。

「七々瀬はまあ、そういうところのある子なんだ」

「魔性っていうのとも違うけれど、人の才能を見抜くっていうのかな?」

「それもちょっと違うか」

テーブルの上に鶴が増えてゆく。
「なんていうかな、相手の知らないことも知ってるっていうか……」

「いえ、なんとなくわかる気がします」

雪乃は、慎重に相槌を打った。

「私さ、七々瀬に会う前はほんとに地味だったんだよ」
「写真見る?」

そう言うと携帯の画面を向けた。黒髪をおかっぱにした子が笑っていた。

「ほらこれ。全然違うでしょ?今とは」
「あの子はさ、見えない人……文字通り見えないわけじゃないよ?」

「目立たないモブを――あなた達みたいな、誰からも見える人、見てもらえる人に――」

「変えてくれるんだよ。暁希もそうなんじゃないな。あの子は私よりも……いや、これは本人がいないところで言うことじゃないか」

はにかみながらそう言った。
その笑顔だけが、昔の面影を残しているようだった。

「なるほどです。先輩のお話、大変参考になりました」

「私からしたら、年下だけれど、ずっと年上みたいな、尊敬に値するって感じかな」

「私、来年から見習いだけどショーに出演するんだ」
「雪乃さんもぜひ観にきてよ」

「ええ、もちろん」

雪乃は心からそう言った。

「じゃ、そろそろ次の用事あるから」

そう言うと茜は立ち上がった。

考えを整理していると声をかけられた。
茉莉花の調整能力に感心してしまう。

「支倉さんと、志崎さんのことを聞きたいって?」

話しかけてきたのは、茜の隣に写っていた生徒だった。けれどその笑顔の面影は失われていた。
談話室の温度が下がったようだった。

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