何ノ為の王達ヴェアリアス

三ツ三

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第34話 集宴

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   目を開いた瞬間、それが過去に起きた出来事の再現だとすぐに気が付いた。
   最初に目に映ったのは、ベッドで横たわっている1人の女性。

「イン・・・ジュ」
「母・・様ッ!」

   インジュは間髪入れずに母親の手を取った。
   あまりにも冷たく、そして弱々しい手をそっと握り締めた。

「母様! 母様、僕ッ!!」
「インジュ・・・本当に、ごめんね」

   インジュの声が母に届いていない事はわかっていた。それでも今のインジュは声を荒げずにはいられなかった。
   夢でもいい、幻でもいい。
   今目の前に、1番に会いたかった人の姿が・・・。

   姿が・・・。

「母様・・・! なんで、どうし・・てッ!」
「私達の・・を・・貴方に背負わせてしまって」
「嫌だ、お願い喋らないでッ! お願いだから!!」

   震える身体に流れ続ける涙。もはやインジュには強がるなどの抵抗は無意味だった。
   ただただ、今目の前にいる人物を1秒でも長く見ていたいと、そればかりを思い続けた。

「ただ・・貴方には・・・普通に・・普通の男の子として」
「ッ!!?」

   母の言葉にインジュは言葉を失った。
   そしてその瞬間多くの思考が巡った。母の言葉は魔力が使えない自分に言ったのだ、と。普通ならばそう捉える物はず、実際に幼い時の自分はそう捉えた。
   だからこそ、普通になりたい、普通で居たいが為に魔力を使える様にと尽力していた。

   しかし、その言葉の本当の意味をインジュはようやく理解した。

「まさか・・・逆。僕が使えなかったのは・・・」

   魔力を使えない原因、それは母の願い。
   儚く消えかけている存在の最後の願いだったのだ。

   一体何故?
   当然の様に生まれた疑問にインジュの頭はさらに混乱をしようとして居た。
   だが、ふと母の手を握っている自分の手に目が行く。

「母様・・・僕」

   強く握っていた力が徐々に抜けていく。

「僕ね、魔力が使えなくてもよかった、そうじゃなかったんだよね。今ならわかるよ、母様が言いたかった事」

   涙を止め、震えを止め、真っ直ぐと母の顔をしっかりと見つめるインジュ。
   母もまた、優しく笑みを浮かべて、インジュの話を聞いていた。

「間違ってた、普通なんて、魔力を使えれば普通になれるなんて思ってたけどそうじゃない。そうだよね・・・だから、ごめんなさい」
「・・・・・・」

   インジュは思いの丈をただ伝えるだけだった。
   本物では無い母でも構わらない。だからこそインジュは続けた。

「安心して! 僕ね・・・普通なんかよりももっともっと凄いモノをたくさん貰ってるんだよ! みんなから沢山! みんなに沢山・・・迷惑ばかり掛けてるけど、けどッ!」
「・・・そっか」
「だから、だから・・・!」

   言いたい言葉が定まらない。
   おどおどする自分に嫌気が生まれる。あれから全く成長していないのでは無いかと疑惑を感じてしまっていた。

   そんなインジュを見た母親は、手を握ったままベッドからその身を起き上がらせたのだった。

「母様ッ!!?」
「だらし無い・・わよねこんなの」

   もはやいつ死んでもおかしく無い身体を起き上がらせた母の顔はインジュが1番知る溢れんばかりの元気な母の笑顔だった。

「インジュ・・・私の、大事で立派で素敵な・・」

   何の言葉も出ないまま、頭を撫でられるインジュ。
   その感触を全神経に覚えさせる様に、目を瞑った。

「誇れる息子。生まれてきてありがとう、元気でいてくれてありがとう、そしてこれからも・・沢山、沢山・・・」
「・・・ッ!!」
「素敵であり続ける限り私は、ずっと言い続けるわ。インジュ・・本当にありがとうね」

   霧が晴れる。それは闇夜を裂く朝日の様に、インジュの意識を徐々に現実へと押し戻すのだった。

   もう、忘れる事は無かった。
   嫌な思い出としてしまいこんでいたモノ、母との最後の思い出をその身に改めて刻み込み。

   目をゆっくりと開けるのだった・・・。




「お目覚め?」
「ぁ・・・僕は」

   最初に目に止まった物は女性の顔だった。
   次に感じたのは、さっきまで握っていた母の手と似た手の感触と、頭に感じる柔らかい物。

「いつまでそうしてるつもりかしら」
「ぇ・・えっと、あ、その・・・」
「はぁ・・まぁ良いわよ」

   溜息を吐かれながらもインジュを膝枕している女性は、空を見上げていた。
   インジュもまた釣られる様に目をやる。

   そこには太陽が昇る光景があった。
   その瞬間に目を奪われ止まったかの様な時間の流れを感じる2人、それに対し太陽は御構い無しにその身をあらわにしていた。

「朝・・・ですね」
「えぇ、そうね。もう朝だわ」

   あまりにも中身の無いただの感想、しかしそんな誰にでも出る感想が不思議と2人の心を緩やかに、そして温めるのであった。

「そろそろ、帰るわよ」
「・・・はい」

   そう女性から告げられ返事をするインジュだが、一向に動こうとしない。
   ふと女性がインジュに目をやると目が合ってしまった。
   自分を見上げる様にインジュの顔に、不穏さを感じた。

「あのごめんなさい・・・誰ですか?」
「ふんッ!!!!」


   こうしてインジュを無慈悲に投げ飛ばした”ルジェ”が怒り狂いながら下水道へと帰っていき、数日は口を聞いてくれなかったのはまた別の話である・・・。









   早朝の王城。
   興奮止まないアストとネゼリアは、ただ黙って各々の考えに耽っていた。
   インジュの感染体、そしてそれを打ち倒したルジェ。
   そんなルジェの勇姿に全身を震わせていたのは、あの犬猿の仲とまで言われ続けていたネゼリアだったのだ。

   間違い無くアストも多くを思う気持ちに満ちていたが、ネゼリアの抱えた思いは計り知れなかった。

「改めて言うけど、行ってよかっただろう? まぁ私の想像を上回ってしまったがね」

   アストの言葉に突然足を止めるネゼリア。
   そんな彼女を、主に足下を見て察してしまった。愚問であると。

「これもまた予想外という事だね。今日はもうゆっくり休むと良い、きっとこれから」
「これから、とはどうゆう事ですかな? 第1位アスト殿」

   王城へ入る階段、その出入り口から見下ろす様に姿を見せたのはゲヌファーだった。
   ピタリとその動きを止めるアストに対し、ネゼリアは何事も無かったかの様に階段を登りゲヌファーの隣を素通りしようとする。
   当然、そんな何事も無く通すほどゲヌファーはお人好しでは無かった。

「貴様一体何・・」
「触れないで頂戴」
「・・・ッ!?」

   それだけ、たったそれだけの問答でネゼリアは王城の中へと消えて行った。
   そんなネゼリアの代わりと言わんばかりアストはゲヌファーへいつもの調子を取り戻し大手を広げていた。

「将軍殿は随分とお早いのですね。失礼ながら朝は弱い物だと勝手に思っていましたもので」
「ふんっ減らず口を。そんなくだらん話をする為に貴様等を待っていた訳では無い」

   階段を降りるゲヌファー、そして同じ様に階段を登るアスト。
   互いが互いの目を直視し離さないままゲヌファーは広い踊り場に、アストは一段したの段で止まった。
   まるで要件は言わなくてもわかるだろうと、そんな事を言いたげなゲヌファーにアストは心の底で笑みを浮かべていた。

「あれは、一体何だ」
「恐らく・・・将軍殿が思っている通りの物。と言ったら?」

   アストの言葉にゲヌファーは隠す事も出来ない程に衝撃を受けていた。
   思っている通りの物。アストという人物を信じる訳では無い。
   しかしゲヌファーにとってその言葉の力に抗う事が出来ないでいた。
   ゲヌファーは今にも叫び散らかしたい思いをぐっと堪えるが。そんなゲヌファーにさらに追い討ちをかける様にアストは一歩、階段を登った。

「私が・・全面的に、協力致しますよ」

   階段の踊り場で耳打ちをするアスト。
   その言葉を耳に入れてしまったゲヌファーに、もはや隠し通す事は不可能な程にその身を震え立たせた。

「どこまで、知っている」
「いえ、私は何も・・・」

   更にアストはその身を動かし、ゲヌファーの背後から耳打ちを続けた。

「けれど、やってみましょうよ。再び・・・いや、”再臨”させてみましょう」


   それを最後にアストは何事も無かったかの様に王城の中へと入って行った。

   1人取り残されたゲヌファーの身体はガクガクと武者震いを続けていた。

   そして。

「がはははははっはははははっはははははッ!!!!」

   王城中に響く程の高笑い。
   甲高く、そして気品の無い、ただただその身にのしかかっていた物を全て振り払うかの如く、ゲヌファーは全てを笑い飛ばしていたのだった。


「私が・・俺がッ! 本当の、真の王にッ!!!」


   さらなる混沌。
   いや、これが最後の惨事になるという事は、誰も知る由も無い。
   もし仮に知っているとしたら、それは神と呼ばれる存在に近しい者かも知れない・・・。





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