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一章
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王都から、遠く東に位置する小さな村〈ザイン〉
ギルは痛む体を引きずりながら、そこに向かっていた。
何度か訪れたことはあるが、顔はおぼえられていないだろう。
何処で身元がばれるかわからない、だからこそ、この村を選んだのもある。
どのくらい歩いただろうか、ギルの体は限界に近づいてきている。
無理もない、治療もせずに歩き続けたのだから。
常人ならば既に気を失うか、最悪死んでいてもおかしくないのだ。
だが、それでもギルは足を止めない。友との約束だけが、彼を突き動かしていた。
ふらつく足で歩き続けたが、もう限界のようだった。
ギルはその場に倒れ込んだ。
(動け!頼むから動いてくれ!俺は約束を果たすんだ、こんなところで倒れるわけにはいかない!)
それでも前に進もうと、ギルは手を伸ばす。
(前に、なんとしても進むんだ。俺は・・・死ねない!)
ギルの強い想いとは裏腹に体は動かない。
そのまま、暗闇の中に意識は吸い込まれていった。
・・・・・・何か音がする、何だろう?それに傷に触れているものがある。
ギルは少しずつ目を開いていった。
木で造られた天井が、目に映り込んでくる。
そして、怪我や火傷を手当てしている、ローブ姿の女性に気づいた。
「あ!気がついたのですね、良かった。貴方、村の近くで倒れていたんですよ」
そう言うと、女性は安心したように、手当てを続ける。
「ここは、ザインか?」
ギルが女性に尋ねる。
「そうです、見つけてから3日経ちました。このまま、目を覚まさないかと思いました」
女性は優しく答えた。
(そうか、村の近くまで来ていたのか。倒れた俺を助けてくれたんだな)
「助けて貰ったようだな、ありがとう。俺は・・・」
名前を名乗ろうとして、ギルは言葉を飲み込んだ。
名乗るわけにはいかない、どこで足がつくかわからない。それに、この件に巻き込んでしまうかもしれない。
そう思ったギルは、偽名を名乗ることにした。
「俺はディーン、旅の者だ」
ディーンとは、子供の頃に読んだ本に出てきた人物の名前である。主人公ではなく、敵役の名前だったりするのだが。
「ディーンさんですね、私はリリアといいます」
「助けてくれてありがとう、世話になったようだな」
「いいえ、怪我している人を助けるのは当然のことですよ」
微笑むリリアを見てギルは思う、優しい女性だと。
同時に、やはり巻き込まない内に、ここを去ろうと思った。
「手当てをしてもらって助かった。行かなくては」
ギルは体を、ベッドから起こそうとした。
刹那、激痛がギルの全身を襲った。
「うぐ!はあ、はあ・・・」
無理な体で歩いてきたからだろう。身体中が痛い、引き裂かれそうな程だった。
「起きたら駄目です!死ぬところだったんですよ!」
怒鳴るリリアに、ギルは再びベッドに寝かされた。
「だが、行かなければならないんだ。あれから既に3日も経っているというのに、寝ているわけにはいかない。俺にはやらなければいけないことが・・・」
「気持ちはわかりますが、今動いたら死んでしまいますよ!良いのですか!!」
ギルの言葉を遮りながら、リリアが怒った様な口調で彼を咎める。
(寝ているわけにはいかない、だが死ぬわけにもいかない。どうすればいい・・・)
苦悶の表情を浮かべるギルに、リリアが話しかけた。
「あと1日待ってください。そうすれば、もう少し良くなりますから」
そう言うリリアに、ギルは少し疑問に思った。
なぜそんな事がわかるのだろうか?自分の体のことだが、とてもではないが、直ぐに良くなるようには思えなかった。
「なぜ、そんな事がわかるんだ?」
リリアは寂しそうな顔をすると、ポツリと呟いた。
「私、魔女なの。と言っても薬の調合に長けた魔女、魔法は使えないのよ?」
この世界には魔女と呼ばれる者がおり、特殊な魔法を操る魔女と、何かしらの調合に長けた魔女の二種類が存在する。
彼女等はその特異性から、時に差別や迫害の対象となる。
そのため、人里を離れ、一人で暮らしていることが多い。
エミリアのように村に住んでいるのは、かなり珍しいことであった。
「貴方に使った薬は、私が作った物なの。貴方の意思の強さと、私の薬の効果を合わせれば、あと1日あれば大分良くなると思ったからよ」
おそらく、リリアは魔女であることを知ってほしくなかったのであろう。
疎まれる存在の魔女、彼女も例外ではなかったのだろう。
「ごめんなさい、貴方だって魔女は嫌でしょ?でも明日までは我慢して、そうすれば動けると思うから・・・」
悲しそうにしているリリアに、ギルは言った。
「リリアが魔女だろうとなかろうと、俺を助けてくれたことに変わりはない。他が何と言おうと、君は俺の恩人だ。それに魔女以前に、君はリリアという優しい一人の人間だよ。助けてくれて、本当にありがとう」
刹那、リリアの目に涙が溢れ、床に落ちていった。
「そ、そんなことを言われたのは初めてです。ありがとう、ございます。本当に、本当に嬉しいです!」
ギルはそんなやり取りに少し照れ、目線を下げた。
今まではローブに隠れて見えなかったが、涙を拭う際に見えてしまったのだ、腕にあるたくさんの傷が。
おそらく、隠れて見えない場所にも傷があるのだろう。ローブは傷を隠すために身に着けていたようだ。
このとき、初めて彼女の置かれている状況に気づいた。
今まで、どんな辛い目にあってきたのだろうか、ただ、他の人と違う所があるというだけで。
それに比べ、俺は平民の家に生まれたとはいえ、騎士になり、何不自由なく生きてきた。それが当たり前だと信じて。
この復讐が終わったら、虐げられている人々を助ける者になるのも、いいかもしれないな。
「リリア、明日までよろしく頼むよ」
「はい!こちらこそお願いします!」
そうして1日が過ぎていった。
次に目が覚めた時は、時間は夜になっていた。
ギルはゆっくりと体を起こしてみた。
痛みはあるが昨日ほどではない、確かに彼女の言う通り、動くことは出来そうだ。
「体はどうですか?」
リリアが声を掛ける。
「ああ、なんとか動けそうだ。君の薬が効いたようだな、ありがとうリリア」
そう言いながら、ギルは頭を深く下げた。
「本当に良かったです。では、すぐにでも?」
「ああ、急がなければならないんだ」
「・・・わかりました。少し待っててください」
リリアは奥の部屋に入って行った。
数分後、荷物らしき物を持って、リリアが戻ってきた。
服と旅袋、それにこれは・・・
「鎧か?しかし、俺の鎧とは違うようだが」
鎧を見つめるギルにリリアが申し訳なさそうに話し掛けた。
「実は貴方の鎧はボロボロで、とても使える状態ではありませんでした。代わりになるかはわかりませんが、昔父が使っていた全身鎧です」
そう言って渡された鎧を受け取ったギルは、それが全身鎧らしからぬ軽さをしていることに気づいた。
「これは、マジックアーマーか?」
驚くギルに、リリアが頷く。
「ありがたいが、こんな高価な物は受け取れない」
ギルが断ったも無理はない、魔法による祝福を受けた武具は希少かつ高価であり、たとえ貴族であっても一介の騎士が持てる代物ではなかったからだ。
祝福を受けた武具は、物によっては国が一つ買えるといわれているほどだ。少なくともこの鎧なら村一つ買ってもお釣りが来るだろう。
「私にはもう必要のない物です。ディーンさんに使っていただいたほうが、父も喜ぶと思います。だから、気にせずに受け取ってください」
「しかし・・・」
それでも渋るギルに、リリアが続ける。
「でしたら、旅が終わったら返してください。それまで貸すということにしましょう。それならどうですか?これ以上は譲れません!」
そう言って、力強く押しきろうとするリリア。
そんな彼女に、ギルは押し負けたかのように笑いながら答えた。
「わかったよ、ならありがたく借りるとしよう」
そう言ったギルに、リリアは笑顔になり嬉しそうにしている。
「リリア、世話になってばかりだな。済まないな」
「いいえ、こちらこそディーンさんの言葉に救われました。これはそのお礼だと思ってください」
リリアの言葉を聞いて、ギルも嬉しい気持ちになった。
助けられたのはこっちだというのに、彼女はどこまで俺を助けてくれるというのか。感謝してもしきれない。
(この恩を返せるだろうか?いや、返さなければならないな)
ギルはリリアへの想いを心に誓ったのだった。
ギルはリリアとしばらく話をした後、彼女の用意した服に着替え、鎧を身につけた。
まるで闇に吸い込まれそうな、真っ黒に染め上げられた鎧であった。
「本当に世話になったな、ありがとう」
ギルが出入り口の扉の前に立つ。
「どうかお気をつけて。それとこれを」
リリアが旅袋をギルに渡しながら言った。
「食料と薬、それに少ないですが、お金を入れておきました。王都まで遠いですが、これで行けると思います」
「何から何まですまない、助かるよ。次に会った時に、この恩は何倍にもして返すよ」
そう言葉を返すギルに、リリアはもう一つ、ある物を手渡した。
それは黒い鞘に包まれた剣であった。剣自体も黒く、また、軽いことから魔剣だと気づいた。
「これは私が長年魔力を注ぎ込んできた剣です。道中、丸腰では危険ですので、これを持っていって下さい」
ギルはもう断らなかった。笑顔を浮かべ、その剣を受け取った。
羽のように軽く、宝石のように光る剣を、ギルは腰に差した。
「ありがとうリリア、また会いにくるからな。元気で暮らせよ」
「さよなら」と、旅立っていくギルを、リリアは笑顔で見送った。
少しずつ小さくなっていくその姿を、リリアはずっと目で見送った。
やがてギルの姿が見えなくなった。
数時間が経ち、ギルも大分この村から離れたことだろう。
リリアが悲しそうに呟いた。
「ディーンさん、私嘘つきなんです。私は調合に長けた魔女ですが、魔法も使えるんですよ」
独り言を続ける彼女はどこか悲しげだった。
「貴方は他の村人のことを疑問に思いませんでしたね」
確かにギルは他の村人のことを聞いたり、村人がいないことを疑問に思わなかった。
「あれは、私の魔法で貴方の興味や関心をそらしていたからなんですよ」
リリアは、ボソボソと独り言を続ける。
「この村には私以外、誰一人いないんですよ」
「だって、私が皆を殺したから」
そう言って、リリアは笑っていた。悲しそうに・・・
「父が亡くなって、魔女の母と二人で生きてきたわ。でも父が亡くなって、私たちを庇い、守ってくれる人はいなくなった。毎日毎日、石を投げられた、そしてある時、石が母の頭に当たったわ」
唇を噛みしめ、リリアは話続ける。唇からは血が滴っていた。
「当たりどころが悪く寝たきりになり、そして良くなることなく、そのまま母は亡くなった」
「それでも村の人たちは私に石を投げ続けた。だから、いつか復讐をしようと思ったの」
リリアは夜空を見上げ、空に語りかける。
「3年、私は生きた、ただ生きた。復讐せず、ただ生きたわ」
「ずっと石を投げられ、ひどい言葉も言われた。でもここから離れられなかった。ここには、父と母が眠っていたから」
「先週、墓が壊されたわ。私たちには死んでも安息はないの?私たちが何をしたというの?」
「許せなかった、遂に復讐を果たす時だと思った」
握った拳からも血が滴り落ちていた。
「薬を作るより、毒を作る方が簡単だった。それを井戸に混ぜ、1日待ったの。遅延性の毒だから気づかれることはなかったわ」
「次に見たときには皆死んでいたわ。大人も子供も老人も、男も女も皆平等にね」
「その直ぐ後に、村の近くで倒れている貴方を見つけたの。助けたのはほんの気まぐれだった・・・」
リリアの目に涙が溜まっていく。
「でも貴方のうわ言を聞いて、この人も何かを抱えてるんだと思ったの」
「何か力になれたら、そう思って、気づいたら助けていた、見返りが欲しかった訳じゃなかったのに・・・」
「そうしたら、ありがとうと貴方は言ってくれた。何年も言われたことのなかった言葉だった。それどころか優しいとまで言ってくれた」
リリアの目から涙が溢れ落ちていく。
「私は、嬉しかった。だけどもう戻れなかった、理由はあれど、村の人たちを殺したのだから・・・」
「私の罪は消えない、でも貴方の力になりたい。だから、私に出来ることを全てしたの」
「あの剣は、復讐を誓った日からずっと魔力を注ぎ込んできた剣。貴方の目的が復讐かはわからないけど、必ず貴方の力になると思う。それにその剣は、私の分身みたいなもの、いつでも貴方の側にいられる気がするから・・・」
リリアは目閉じて、深く深く、深呼吸をした。
「ディーンさん、最期に貴方に会えて幸せでした。貴方の言葉と優しさは絶対に忘れません」
「貴方の旅に、幸あらんことを」
そう言い終えたエミリアは、ある呪文の詠唱を始めた。
「我は魔女リリア、時を操る者なり。我は願う、命ある者は砂と化すことを。我は求める、命なき者は地に還ることを。そして全ては無へと帰さん!」
〈風化の魔法〉魔女の間でもそれは禁呪とされており、詠唱者の命と引き換えに、周囲を荒野へと変える魔法であった。
死体が砂となって消えていく。家を始めとする建物も、同じように音もなく砂と化していった。
そこにあった歴史は砂となり、風と共に消えていった。
(ディーンさんに、もっと早く会っていたら違ってたのかな・・・違う未来もあったのかな・・・幸せに、なりたかったなあ)
リリアの体が少しずつ砂となっていく。禁呪はリリアをゆっくりと砂に変えていった。
(もし、生まれ変われるなら普通の女性に生まれ、普通に生きたいな。それにもう一度、ディーンさんに会いたいなあ。一つでいいから叶わないかな、ふふふ)
優しい笑顔を浮かべながら、リリアは消えていった。
そこには初めから何もなかったかのように、荒野だけが広がっていた。
辺境の村〈ザイン〉この村は人知れず、この世界から消えていった。一人の女性と共に・・・
ギルは王都を目指し、歩き続けていた。
とはいえ、体は本調子ではないため、休み休み歩いていた。
「このペースなら一週間あれば到着出来るだろう。食料も十分あるし大丈夫だな」
袋の中を確認しつつ、ギルは歩く。
(リリア、次に会うときは、たくさんの食べ物と色んな装飾品等持って、会いに行くからな)
叶わぬ想いを胸に抱き、ギルは村の方角を見つめた。
「さて、急がなければ、な。あいつの家族が無事だといいが・・・」
体を王都の方角に向けると、再び歩き始めた。
司祭長ガルバルドは、秘密を知った者やその関係者を皆殺しにするほどである。
その家族にも、魔の手が迫っているかも知れないのだ。
妻子が無事であることを祈りつつ、ギルは急ぎ、王都に向かうのだった。
ギルは痛む体を引きずりながら、そこに向かっていた。
何度か訪れたことはあるが、顔はおぼえられていないだろう。
何処で身元がばれるかわからない、だからこそ、この村を選んだのもある。
どのくらい歩いただろうか、ギルの体は限界に近づいてきている。
無理もない、治療もせずに歩き続けたのだから。
常人ならば既に気を失うか、最悪死んでいてもおかしくないのだ。
だが、それでもギルは足を止めない。友との約束だけが、彼を突き動かしていた。
ふらつく足で歩き続けたが、もう限界のようだった。
ギルはその場に倒れ込んだ。
(動け!頼むから動いてくれ!俺は約束を果たすんだ、こんなところで倒れるわけにはいかない!)
それでも前に進もうと、ギルは手を伸ばす。
(前に、なんとしても進むんだ。俺は・・・死ねない!)
ギルの強い想いとは裏腹に体は動かない。
そのまま、暗闇の中に意識は吸い込まれていった。
・・・・・・何か音がする、何だろう?それに傷に触れているものがある。
ギルは少しずつ目を開いていった。
木で造られた天井が、目に映り込んでくる。
そして、怪我や火傷を手当てしている、ローブ姿の女性に気づいた。
「あ!気がついたのですね、良かった。貴方、村の近くで倒れていたんですよ」
そう言うと、女性は安心したように、手当てを続ける。
「ここは、ザインか?」
ギルが女性に尋ねる。
「そうです、見つけてから3日経ちました。このまま、目を覚まさないかと思いました」
女性は優しく答えた。
(そうか、村の近くまで来ていたのか。倒れた俺を助けてくれたんだな)
「助けて貰ったようだな、ありがとう。俺は・・・」
名前を名乗ろうとして、ギルは言葉を飲み込んだ。
名乗るわけにはいかない、どこで足がつくかわからない。それに、この件に巻き込んでしまうかもしれない。
そう思ったギルは、偽名を名乗ることにした。
「俺はディーン、旅の者だ」
ディーンとは、子供の頃に読んだ本に出てきた人物の名前である。主人公ではなく、敵役の名前だったりするのだが。
「ディーンさんですね、私はリリアといいます」
「助けてくれてありがとう、世話になったようだな」
「いいえ、怪我している人を助けるのは当然のことですよ」
微笑むリリアを見てギルは思う、優しい女性だと。
同時に、やはり巻き込まない内に、ここを去ろうと思った。
「手当てをしてもらって助かった。行かなくては」
ギルは体を、ベッドから起こそうとした。
刹那、激痛がギルの全身を襲った。
「うぐ!はあ、はあ・・・」
無理な体で歩いてきたからだろう。身体中が痛い、引き裂かれそうな程だった。
「起きたら駄目です!死ぬところだったんですよ!」
怒鳴るリリアに、ギルは再びベッドに寝かされた。
「だが、行かなければならないんだ。あれから既に3日も経っているというのに、寝ているわけにはいかない。俺にはやらなければいけないことが・・・」
「気持ちはわかりますが、今動いたら死んでしまいますよ!良いのですか!!」
ギルの言葉を遮りながら、リリアが怒った様な口調で彼を咎める。
(寝ているわけにはいかない、だが死ぬわけにもいかない。どうすればいい・・・)
苦悶の表情を浮かべるギルに、リリアが話しかけた。
「あと1日待ってください。そうすれば、もう少し良くなりますから」
そう言うリリアに、ギルは少し疑問に思った。
なぜそんな事がわかるのだろうか?自分の体のことだが、とてもではないが、直ぐに良くなるようには思えなかった。
「なぜ、そんな事がわかるんだ?」
リリアは寂しそうな顔をすると、ポツリと呟いた。
「私、魔女なの。と言っても薬の調合に長けた魔女、魔法は使えないのよ?」
この世界には魔女と呼ばれる者がおり、特殊な魔法を操る魔女と、何かしらの調合に長けた魔女の二種類が存在する。
彼女等はその特異性から、時に差別や迫害の対象となる。
そのため、人里を離れ、一人で暮らしていることが多い。
エミリアのように村に住んでいるのは、かなり珍しいことであった。
「貴方に使った薬は、私が作った物なの。貴方の意思の強さと、私の薬の効果を合わせれば、あと1日あれば大分良くなると思ったからよ」
おそらく、リリアは魔女であることを知ってほしくなかったのであろう。
疎まれる存在の魔女、彼女も例外ではなかったのだろう。
「ごめんなさい、貴方だって魔女は嫌でしょ?でも明日までは我慢して、そうすれば動けると思うから・・・」
悲しそうにしているリリアに、ギルは言った。
「リリアが魔女だろうとなかろうと、俺を助けてくれたことに変わりはない。他が何と言おうと、君は俺の恩人だ。それに魔女以前に、君はリリアという優しい一人の人間だよ。助けてくれて、本当にありがとう」
刹那、リリアの目に涙が溢れ、床に落ちていった。
「そ、そんなことを言われたのは初めてです。ありがとう、ございます。本当に、本当に嬉しいです!」
ギルはそんなやり取りに少し照れ、目線を下げた。
今まではローブに隠れて見えなかったが、涙を拭う際に見えてしまったのだ、腕にあるたくさんの傷が。
おそらく、隠れて見えない場所にも傷があるのだろう。ローブは傷を隠すために身に着けていたようだ。
このとき、初めて彼女の置かれている状況に気づいた。
今まで、どんな辛い目にあってきたのだろうか、ただ、他の人と違う所があるというだけで。
それに比べ、俺は平民の家に生まれたとはいえ、騎士になり、何不自由なく生きてきた。それが当たり前だと信じて。
この復讐が終わったら、虐げられている人々を助ける者になるのも、いいかもしれないな。
「リリア、明日までよろしく頼むよ」
「はい!こちらこそお願いします!」
そうして1日が過ぎていった。
次に目が覚めた時は、時間は夜になっていた。
ギルはゆっくりと体を起こしてみた。
痛みはあるが昨日ほどではない、確かに彼女の言う通り、動くことは出来そうだ。
「体はどうですか?」
リリアが声を掛ける。
「ああ、なんとか動けそうだ。君の薬が効いたようだな、ありがとうリリア」
そう言いながら、ギルは頭を深く下げた。
「本当に良かったです。では、すぐにでも?」
「ああ、急がなければならないんだ」
「・・・わかりました。少し待っててください」
リリアは奥の部屋に入って行った。
数分後、荷物らしき物を持って、リリアが戻ってきた。
服と旅袋、それにこれは・・・
「鎧か?しかし、俺の鎧とは違うようだが」
鎧を見つめるギルにリリアが申し訳なさそうに話し掛けた。
「実は貴方の鎧はボロボロで、とても使える状態ではありませんでした。代わりになるかはわかりませんが、昔父が使っていた全身鎧です」
そう言って渡された鎧を受け取ったギルは、それが全身鎧らしからぬ軽さをしていることに気づいた。
「これは、マジックアーマーか?」
驚くギルに、リリアが頷く。
「ありがたいが、こんな高価な物は受け取れない」
ギルが断ったも無理はない、魔法による祝福を受けた武具は希少かつ高価であり、たとえ貴族であっても一介の騎士が持てる代物ではなかったからだ。
祝福を受けた武具は、物によっては国が一つ買えるといわれているほどだ。少なくともこの鎧なら村一つ買ってもお釣りが来るだろう。
「私にはもう必要のない物です。ディーンさんに使っていただいたほうが、父も喜ぶと思います。だから、気にせずに受け取ってください」
「しかし・・・」
それでも渋るギルに、リリアが続ける。
「でしたら、旅が終わったら返してください。それまで貸すということにしましょう。それならどうですか?これ以上は譲れません!」
そう言って、力強く押しきろうとするリリア。
そんな彼女に、ギルは押し負けたかのように笑いながら答えた。
「わかったよ、ならありがたく借りるとしよう」
そう言ったギルに、リリアは笑顔になり嬉しそうにしている。
「リリア、世話になってばかりだな。済まないな」
「いいえ、こちらこそディーンさんの言葉に救われました。これはそのお礼だと思ってください」
リリアの言葉を聞いて、ギルも嬉しい気持ちになった。
助けられたのはこっちだというのに、彼女はどこまで俺を助けてくれるというのか。感謝してもしきれない。
(この恩を返せるだろうか?いや、返さなければならないな)
ギルはリリアへの想いを心に誓ったのだった。
ギルはリリアとしばらく話をした後、彼女の用意した服に着替え、鎧を身につけた。
まるで闇に吸い込まれそうな、真っ黒に染め上げられた鎧であった。
「本当に世話になったな、ありがとう」
ギルが出入り口の扉の前に立つ。
「どうかお気をつけて。それとこれを」
リリアが旅袋をギルに渡しながら言った。
「食料と薬、それに少ないですが、お金を入れておきました。王都まで遠いですが、これで行けると思います」
「何から何まですまない、助かるよ。次に会った時に、この恩は何倍にもして返すよ」
そう言葉を返すギルに、リリアはもう一つ、ある物を手渡した。
それは黒い鞘に包まれた剣であった。剣自体も黒く、また、軽いことから魔剣だと気づいた。
「これは私が長年魔力を注ぎ込んできた剣です。道中、丸腰では危険ですので、これを持っていって下さい」
ギルはもう断らなかった。笑顔を浮かべ、その剣を受け取った。
羽のように軽く、宝石のように光る剣を、ギルは腰に差した。
「ありがとうリリア、また会いにくるからな。元気で暮らせよ」
「さよなら」と、旅立っていくギルを、リリアは笑顔で見送った。
少しずつ小さくなっていくその姿を、リリアはずっと目で見送った。
やがてギルの姿が見えなくなった。
数時間が経ち、ギルも大分この村から離れたことだろう。
リリアが悲しそうに呟いた。
「ディーンさん、私嘘つきなんです。私は調合に長けた魔女ですが、魔法も使えるんですよ」
独り言を続ける彼女はどこか悲しげだった。
「貴方は他の村人のことを疑問に思いませんでしたね」
確かにギルは他の村人のことを聞いたり、村人がいないことを疑問に思わなかった。
「あれは、私の魔法で貴方の興味や関心をそらしていたからなんですよ」
リリアは、ボソボソと独り言を続ける。
「この村には私以外、誰一人いないんですよ」
「だって、私が皆を殺したから」
そう言って、リリアは笑っていた。悲しそうに・・・
「父が亡くなって、魔女の母と二人で生きてきたわ。でも父が亡くなって、私たちを庇い、守ってくれる人はいなくなった。毎日毎日、石を投げられた、そしてある時、石が母の頭に当たったわ」
唇を噛みしめ、リリアは話続ける。唇からは血が滴っていた。
「当たりどころが悪く寝たきりになり、そして良くなることなく、そのまま母は亡くなった」
「それでも村の人たちは私に石を投げ続けた。だから、いつか復讐をしようと思ったの」
リリアは夜空を見上げ、空に語りかける。
「3年、私は生きた、ただ生きた。復讐せず、ただ生きたわ」
「ずっと石を投げられ、ひどい言葉も言われた。でもここから離れられなかった。ここには、父と母が眠っていたから」
「先週、墓が壊されたわ。私たちには死んでも安息はないの?私たちが何をしたというの?」
「許せなかった、遂に復讐を果たす時だと思った」
握った拳からも血が滴り落ちていた。
「薬を作るより、毒を作る方が簡単だった。それを井戸に混ぜ、1日待ったの。遅延性の毒だから気づかれることはなかったわ」
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「その直ぐ後に、村の近くで倒れている貴方を見つけたの。助けたのはほんの気まぐれだった・・・」
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「でも貴方のうわ言を聞いて、この人も何かを抱えてるんだと思ったの」
「何か力になれたら、そう思って、気づいたら助けていた、見返りが欲しかった訳じゃなかったのに・・・」
「そうしたら、ありがとうと貴方は言ってくれた。何年も言われたことのなかった言葉だった。それどころか優しいとまで言ってくれた」
リリアの目から涙が溢れ落ちていく。
「私は、嬉しかった。だけどもう戻れなかった、理由はあれど、村の人たちを殺したのだから・・・」
「私の罪は消えない、でも貴方の力になりたい。だから、私に出来ることを全てしたの」
「あの剣は、復讐を誓った日からずっと魔力を注ぎ込んできた剣。貴方の目的が復讐かはわからないけど、必ず貴方の力になると思う。それにその剣は、私の分身みたいなもの、いつでも貴方の側にいられる気がするから・・・」
リリアは目閉じて、深く深く、深呼吸をした。
「ディーンさん、最期に貴方に会えて幸せでした。貴方の言葉と優しさは絶対に忘れません」
「貴方の旅に、幸あらんことを」
そう言い終えたエミリアは、ある呪文の詠唱を始めた。
「我は魔女リリア、時を操る者なり。我は願う、命ある者は砂と化すことを。我は求める、命なき者は地に還ることを。そして全ては無へと帰さん!」
〈風化の魔法〉魔女の間でもそれは禁呪とされており、詠唱者の命と引き換えに、周囲を荒野へと変える魔法であった。
死体が砂となって消えていく。家を始めとする建物も、同じように音もなく砂と化していった。
そこにあった歴史は砂となり、風と共に消えていった。
(ディーンさんに、もっと早く会っていたら違ってたのかな・・・違う未来もあったのかな・・・幸せに、なりたかったなあ)
リリアの体が少しずつ砂となっていく。禁呪はリリアをゆっくりと砂に変えていった。
(もし、生まれ変われるなら普通の女性に生まれ、普通に生きたいな。それにもう一度、ディーンさんに会いたいなあ。一つでいいから叶わないかな、ふふふ)
優しい笑顔を浮かべながら、リリアは消えていった。
そこには初めから何もなかったかのように、荒野だけが広がっていた。
辺境の村〈ザイン〉この村は人知れず、この世界から消えていった。一人の女性と共に・・・
ギルは王都を目指し、歩き続けていた。
とはいえ、体は本調子ではないため、休み休み歩いていた。
「このペースなら一週間あれば到着出来るだろう。食料も十分あるし大丈夫だな」
袋の中を確認しつつ、ギルは歩く。
(リリア、次に会うときは、たくさんの食べ物と色んな装飾品等持って、会いに行くからな)
叶わぬ想いを胸に抱き、ギルは村の方角を見つめた。
「さて、急がなければ、な。あいつの家族が無事だといいが・・・」
体を王都の方角に向けると、再び歩き始めた。
司祭長ガルバルドは、秘密を知った者やその関係者を皆殺しにするほどである。
その家族にも、魔の手が迫っているかも知れないのだ。
妻子が無事であることを祈りつつ、ギルは急ぎ、王都に向かうのだった。
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