10 / 42
10話
しおりを挟む
「猫の名前が判明した」
酒場の喧騒の中の不意の告白に、僕は目を丸くした。
「判明した? コウが猫に名前をつけたんじゃなくて?」
コクリと頷く彼に、僕は首を捻る。
「どうやって知ったの?」
「大家が教えてくれた」
「大家って、コウに嫁がいるって教えてくれた人?」
「そうだ。嫁のことも判った」
「え、なにその急展開。詳しくっ!!」
堪らずせっつく。
――言葉足らずのコウの話を繋ぎ合わせると、こんな事情だったらしい。
◆ ◇ ◆ ◇
「ちょっと、コウさん」
朝、仕事のために家を出たコウは、丁度通りかかった大家に呼び止められた。
「おはようございます、大家さん。散歩ですか?」
「ああ、今日は天気がいいからね」
一日に数度、貸家の見回りを兼ねて近所を散歩するのが大家の日課だ。いつもは会っても軽い挨拶だけで通り過ぎる彼女だが、今日は違った。エプロンを巻いた腰に両手を当て、仁王立ちでコウを睨みつける。
「それより! あんた、酷いんじゃない?」
「は?」
「ミルカちゃんのことだよ」
「ミル……誰ですか?」
「あんたのお嫁さんでしょう!!」
とぼけたコウの態度に、大家の怒りが爆発する。
「昨日、井戸で洗濯してたから声かけたんだよ。そしたら、あんたのシャツを一生懸命綺麗に洗ってるのに、自分の服はボロボロでさ。髪の毛もギトギトだったから、あたしの家に連れて帰って風呂に入れてやったんだよ」
この街の一般的な住居には風呂は設置されていないが、富裕層の大家宅には浴室がある。
「聞けば森からこの街に来たばかりだそうじゃないか。もっと大事にしておやりよ!」
「……はあ」
コウは曖昧に相槌を打つ。どうやら大家は、コウのまだ見ぬ『嫁』との接触に成功したらしい。しかし、少ない情報を集めて繋ぎ合わせていくと、一つの輪郭が見えてくる。
もしかしたら……、
「あの、大家さん」
ヒートアップしてくどくどと説教を続ける彼女に、コウは遠慮がちに切り出した。
「その『ミルカ』には……長くて黒い尻尾がありませんでしたか?」
「ああ、あるよ。真っ黒い三角耳も!」
……大当たりだった。
酒場の喧騒の中の不意の告白に、僕は目を丸くした。
「判明した? コウが猫に名前をつけたんじゃなくて?」
コクリと頷く彼に、僕は首を捻る。
「どうやって知ったの?」
「大家が教えてくれた」
「大家って、コウに嫁がいるって教えてくれた人?」
「そうだ。嫁のことも判った」
「え、なにその急展開。詳しくっ!!」
堪らずせっつく。
――言葉足らずのコウの話を繋ぎ合わせると、こんな事情だったらしい。
◆ ◇ ◆ ◇
「ちょっと、コウさん」
朝、仕事のために家を出たコウは、丁度通りかかった大家に呼び止められた。
「おはようございます、大家さん。散歩ですか?」
「ああ、今日は天気がいいからね」
一日に数度、貸家の見回りを兼ねて近所を散歩するのが大家の日課だ。いつもは会っても軽い挨拶だけで通り過ぎる彼女だが、今日は違った。エプロンを巻いた腰に両手を当て、仁王立ちでコウを睨みつける。
「それより! あんた、酷いんじゃない?」
「は?」
「ミルカちゃんのことだよ」
「ミル……誰ですか?」
「あんたのお嫁さんでしょう!!」
とぼけたコウの態度に、大家の怒りが爆発する。
「昨日、井戸で洗濯してたから声かけたんだよ。そしたら、あんたのシャツを一生懸命綺麗に洗ってるのに、自分の服はボロボロでさ。髪の毛もギトギトだったから、あたしの家に連れて帰って風呂に入れてやったんだよ」
この街の一般的な住居には風呂は設置されていないが、富裕層の大家宅には浴室がある。
「聞けば森からこの街に来たばかりだそうじゃないか。もっと大事にしておやりよ!」
「……はあ」
コウは曖昧に相槌を打つ。どうやら大家は、コウのまだ見ぬ『嫁』との接触に成功したらしい。しかし、少ない情報を集めて繋ぎ合わせていくと、一つの輪郭が見えてくる。
もしかしたら……、
「あの、大家さん」
ヒートアップしてくどくどと説教を続ける彼女に、コウは遠慮がちに切り出した。
「その『ミルカ』には……長くて黒い尻尾がありませんでしたか?」
「ああ、あるよ。真っ黒い三角耳も!」
……大当たりだった。
46
あなたにおすすめの小説
将来の嫁ぎ先は確保済みです……が?!
翠月るるな
恋愛
ある日階段から落ちて、とある物語を思い出した。
侯爵令息と男爵令嬢の秘密の恋…みたいな。
そしてここが、その話を基にした世界に酷似していることに気づく。
私は主人公の婚約者。話の流れからすれば破棄されることになる。
この歳で婚約破棄なんてされたら、名に傷が付く。
それでは次の結婚は望めない。
その前に、同じ前世の記憶がある男性との婚姻話を水面下で進めましょうか。
私は愛する人と結婚できなくなったのに、あなたが結婚できると思うの?
あんど もあ
ファンタジー
妹の画策で、第一王子との婚約を解消することになったレイア。
理由は姉への嫌がらせだとしても、妹は王子の結婚を妨害したのだ。
レイアは妹への処罰を伝える。
「あなたも婚約解消しなさい」
旦那様に学園時代の隠し子!? 娘のためフローレンスは笑う-昔の女は引っ込んでなさい!
恋せよ恋
恋愛
結婚五年目。
誰もが羨む夫婦──フローレンスとジョシュアの平穏は、
三歳の娘がつぶやいた“たった一言”で崩れ落ちた。
「キャ...ス...といっしょ?」
キャス……?
その名を知るはずのない我が子が、どうして?
胸騒ぎはやがて確信へと変わる。
夫が隠し続けていた“女の影”が、
じわりと家族の中に染み出していた。
だがそれは、いま目の前の裏切りではない。
学園卒業の夜──婚約前の学園時代の“あの過ち”。
その一夜の結果は、静かに、確実に、
フローレンスの家族を壊しはじめていた。
愛しているのに疑ってしまう。
信じたいのに、信じられない。
夫は嘘をつき続け、女は影のように
フローレンスの生活に忍び寄る。
──私は、この結婚を守れるの?
──それとも、すべてを捨ててしまうべきなの?
秘密、裏切り、嫉妬、そして母としての戦い。
真実が暴かれたとき、愛は修復か、崩壊か──。
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 いいね❤️励みになります!ありがとうございます!
【完結】気味が悪い子、と呼ばれた私が嫁ぐ事になりまして
まりぃべる
恋愛
フレイチェ=ボーハールツは両親から気味悪い子、と言われ住まいも別々だ。
それは世間一般の方々とは違う、畏怖なる力を持っているから。だが両親はそんなフレイチェを避け、会えば酷い言葉を浴びせる。
そんなフレイチェが、結婚してお相手の方の侯爵家のゴタゴタを収めるお手伝いをし、幸せを掴むそんなお話です。
☆まりぃべるの世界観です。現実世界とは似ていますが違う場合が多々あります。その辺りよろしくお願い致します。
☆現実世界にも似たような名前、場所、などがありますが全く関係ありません。
☆現実にはない言葉(単語)を何となく意味の分かる感じで作り出している場合もあります。
☆楽しんでいただけると幸いです。
☆すみません、ショートショートになっていたので、短編に直しました。
☆すみません読者様よりご指摘頂きまして少し変更した箇所があります。
話がややこしかったかと思います。教えて下さった方本当にありがとうございました!
【完結】婚約者様、嫌気がさしたので逃げさせて頂きます
高瀬船
恋愛
ブリジット・アルテンバークとルーカス・ラスフィールドは幼い頃にお互いの婚約が決まり、まるで兄妹のように過ごして来た。
年頃になるとブリジットは婚約者であるルーカスを意識するようになる。
そしてルーカスに対して淡い恋心を抱いていたが、当の本人・ルーカスはブリジットを諌めるばかりで女性扱いをしてくれない。
顔を合わせれば少しは淑女らしくしたら、とか。この年頃の貴族令嬢とは…、とか小言ばかり。
ちっとも婚約者扱いをしてくれないルーカスに悶々と苛立ちを感じていたブリジットだったが、近衛騎士団に所属して騎士として働く事になったルーカスは王族警護にもあたるようになり、そこで面識を持つようになったこの国の王女殿下の事を頻繁に引き合いに出すようになり…
その日もいつものように「王女殿下を少しは見習って」と口にした婚約者・ルーカスの言葉にブリジットも我慢の限界が訪れた──。
この罰は永遠に
豆狸
恋愛
「オードリー、そなたはいつも私達を見ているが、一体なにが楽しいんだ?」
「クロード様の黄金色の髪が光を浴びて、キラキラ輝いているのを見るのが好きなのです」
「……ふうん」
その灰色の瞳には、いつもクロードが映っていた。
なろう様でも公開中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる