多分、うちには猫がいる

灯倉日鈴(合歓鈴)

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10話

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「猫の名前が判明した」
 酒場の喧騒の中の不意の告白に、僕は目を丸くした。
「判明した? コウが猫に名前をつけたんじゃなくて?」
 コクリと頷く彼に、僕は首を捻る。
「どうやって知ったの?」
「大家が教えてくれた」
「大家って、コウに嫁がいるって教えてくれた人?」
「そうだ。嫁のことも判った」
「え、なにその急展開。詳しくっ!!」
 堪らずせっつく。
 ――言葉足らずのコウの話を繋ぎ合わせると、こんな事情だったらしい。

◆ ◇ ◆ ◇

「ちょっと、コウさん」
 朝、仕事のために家を出たコウは、丁度通りかかった大家に呼び止められた。
「おはようございます、大家さん。散歩ですか?」
「ああ、今日は天気がいいからね」
 一日に数度、貸家の見回りを兼ねて近所を散歩するのが大家の日課だ。いつもは会っても軽い挨拶だけで通り過ぎる彼女だが、今日は違った。エプロンを巻いた腰に両手を当て、仁王立ちでコウを睨みつける。
「それより! あんた、酷いんじゃない?」
「は?」
「ミルカちゃんのことだよ」
「ミル……誰ですか?」
「あんたのお嫁さんでしょう!!」
 とぼけたコウの態度に、大家の怒りが爆発する。
「昨日、井戸で洗濯してたから声かけたんだよ。そしたら、あんたのシャツを一生懸命綺麗に洗ってるのに、自分の服はボロボロでさ。髪の毛もギトギトだったから、あたしの家に連れて帰って風呂に入れてやったんだよ」
 この街の一般的な住居には風呂は設置されていないが、富裕層の大家宅には浴室がある。
「聞けば森からこの街に来たばかりだそうじゃないか。もっと大事にしておやりよ!」
「……はあ」
 コウは曖昧に相槌を打つ。どうやら大家は、コウのまだ見ぬ『嫁』との接触に成功したらしい。しかし、少ない情報を集めて繋ぎ合わせていくと、一つの輪郭が見えてくる。
 もしかしたら……、
「あの、大家さん」
 ヒートアップしてくどくどと説教を続ける彼女に、コウは遠慮がちに切り出した。
「その『ミルカ』には……長くて黒い尻尾がありませんでしたか?」
「ああ、あるよ。真っ黒い三角耳も!」
 ……大当たりだった。
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