106 / 140
106、森の魔法使いのこと(6)
しおりを挟む
『ねぇ、スイウ。あたし、そろそろダメかも』
ディセイラがそう言ったのは、色づいた木々の葉が落ちる季節のことだった。
『今のあたしの能力ではこれ以上森の結界を維持できない。スイウに次の魔法使いになって碧謐の森を護って欲しいな』
弱々しく笑う恩師の頼みを、スイウが断れるわけがなかった。
スイウは四人の楔と森の王の承認を得て新たな結界を張り、八代目碧謐の森の魔法使いに就任した。
『スイウを森で見つけた時、確信したの。あなたが次の魔法使いだって。魔法使いは絶えない。あなたにもきっとあなたの全てを託せる誰かが現れるわ。信じて』
出会った時と同じ笑顔で、ディセイラは森を去った。
それから百四十年。スイウは独りで森で暮らしていた。
結界を維持し、森を見回り、訪れる住人にお茶を振る舞い、時々街に茶葉を卸す。
単調で穏やかな日々。
それが変わり始めたのは……楔が一本欠けた頃からだ。
「楔が、欠けた?」
聞き返すリルに、スイウは頷く。
「結界の要となる森の住人の一人が亡くなったんだ。それは兆しではないかと思った」
「兆し?」
スイウは伏し目がちにお茶を啜る。
「世代交代は近づいているのだと」
……だから彼は、アトリ亭で目眩ましの術を掛けた彼を認識できる者を待っていた。
「現在、楔は三本なんですよね? 一本欠けたままでいいんですか?」
「多少禍物が出現する頻度が増えてはいるが、今のままでも結界は十分機能している」
「新しい楔は作らないんですか?」
「新しい楔と契約する際は、古い結界を解いて新しい結界を張り直さなければならない。下手に均衡を崩すより、三つの楔で安定している現状を維持する方が得策だ。九代目の魔法使いが新しい結界を張るまでは」
スイウは着実に次世代へバトンを渡す準備を始めているのだ。……準備が出来ていないのは、将来を決めかねているリルの方。
「ええと、楔って森の住人なんですよね? 誰なんですか? どうやって選ぶんですか?」
リルはずっと疑問だったことを口にするが、
「誰かは言えない。結界の維持に関わることだから」
にべもない答えが返ってきた。確かに、誰だか知られてしまっては、結界を壊そうとする者に楔が狙われる可能性がある。
「森の魔法使いは、代替わりの際に自分で楔となる住人を選び、契約する。自身が信頼できる者であれば、実体のない精霊でも、受肉した霊獣でも構わない。先代が契約していた楔とも契約できる」
「前の魔法使いと契約していた住人と、次の魔法使いが契約していいんですか? でも、楔の正体は秘密なんでしょう?」
「強い力を持つ住人は限られているから、候補が重複してもおかしくはない。新しい結界が張られれば古い結界は解かれる。楔は新しい契約者に以前の契約者の情報を伝えても構わない」
つまり、契約して初めて、新しい魔法使いはその楔が先代の楔だったか否かを知れるのだ。
ディセイラがそう言ったのは、色づいた木々の葉が落ちる季節のことだった。
『今のあたしの能力ではこれ以上森の結界を維持できない。スイウに次の魔法使いになって碧謐の森を護って欲しいな』
弱々しく笑う恩師の頼みを、スイウが断れるわけがなかった。
スイウは四人の楔と森の王の承認を得て新たな結界を張り、八代目碧謐の森の魔法使いに就任した。
『スイウを森で見つけた時、確信したの。あなたが次の魔法使いだって。魔法使いは絶えない。あなたにもきっとあなたの全てを託せる誰かが現れるわ。信じて』
出会った時と同じ笑顔で、ディセイラは森を去った。
それから百四十年。スイウは独りで森で暮らしていた。
結界を維持し、森を見回り、訪れる住人にお茶を振る舞い、時々街に茶葉を卸す。
単調で穏やかな日々。
それが変わり始めたのは……楔が一本欠けた頃からだ。
「楔が、欠けた?」
聞き返すリルに、スイウは頷く。
「結界の要となる森の住人の一人が亡くなったんだ。それは兆しではないかと思った」
「兆し?」
スイウは伏し目がちにお茶を啜る。
「世代交代は近づいているのだと」
……だから彼は、アトリ亭で目眩ましの術を掛けた彼を認識できる者を待っていた。
「現在、楔は三本なんですよね? 一本欠けたままでいいんですか?」
「多少禍物が出現する頻度が増えてはいるが、今のままでも結界は十分機能している」
「新しい楔は作らないんですか?」
「新しい楔と契約する際は、古い結界を解いて新しい結界を張り直さなければならない。下手に均衡を崩すより、三つの楔で安定している現状を維持する方が得策だ。九代目の魔法使いが新しい結界を張るまでは」
スイウは着実に次世代へバトンを渡す準備を始めているのだ。……準備が出来ていないのは、将来を決めかねているリルの方。
「ええと、楔って森の住人なんですよね? 誰なんですか? どうやって選ぶんですか?」
リルはずっと疑問だったことを口にするが、
「誰かは言えない。結界の維持に関わることだから」
にべもない答えが返ってきた。確かに、誰だか知られてしまっては、結界を壊そうとする者に楔が狙われる可能性がある。
「森の魔法使いは、代替わりの際に自分で楔となる住人を選び、契約する。自身が信頼できる者であれば、実体のない精霊でも、受肉した霊獣でも構わない。先代が契約していた楔とも契約できる」
「前の魔法使いと契約していた住人と、次の魔法使いが契約していいんですか? でも、楔の正体は秘密なんでしょう?」
「強い力を持つ住人は限られているから、候補が重複してもおかしくはない。新しい結界が張られれば古い結界は解かれる。楔は新しい契約者に以前の契約者の情報を伝えても構わない」
つまり、契約して初めて、新しい魔法使いはその楔が先代の楔だったか否かを知れるのだ。
21
あなたにおすすめの小説
【完結】黒の花嫁/白の花嫁
あまぞらりゅう
恋愛
秋葉は「千年に一人」の霊力を持つ少女で、幼い頃に龍神――白龍の花嫁として選ばれていた。
だが、双子の妹の春菜の命を救うために、その霊力を代償として失ってしまう。
しかも、秋葉の力は全て春菜へと移り、花嫁の座まで奪われてしまった。
それ以来、家族から「無能」と蔑まれながらも、秋葉は失われた力を取り戻すために静かに鍛錬を続けていた。
そして五年後、白龍と春菜の婚礼の日。
秋葉はついに霊力が戻らず、一縷の望みも消えてしまった。
絶望の淵に立つ彼女の前に、ひとりの青年が現れる。
「余りもの同士、仲良くやろうや」
彼もまた、龍神――黒龍だった。
★ザマァは軽めです!
★後半にバトル描写が若干あります!
★他サイト様にも投稿しています!
『婚約破棄されましたが、孤児院を作ったら国が変わりました』
ふわふわ
恋愛
了解です。
では、アルファポリス掲載向け・最適化済みの内容紹介を書きます。
(本命タイトル①を前提にしていますが、他タイトルにも流用可能です)
---
内容紹介
婚約破棄を告げられたとき、
ノエリアは怒りもしなければ、悲しみもしなかった。
それは政略結婚。
家同士の都合で決まり、家同士の都合で終わる話。
貴族の娘として当然の義務が、一つ消えただけだった。
――だから、その後の人生は自由に生きることにした。
捨て猫を拾い、
行き倒れの孤児の少女を保護し、
「収容するだけではない」孤児院を作る。
教育を施し、働く力を与え、
やがて孤児たちは領地を支える人材へと育っていく。
しかしその制度は、
貴族社会の“当たり前”を静かに壊していった。
反発、批判、正論という名の圧力。
それでもノエリアは感情を振り回さず、
ただ淡々と線を引き、責任を果たし続ける。
ざまぁは叫ばれない。
断罪も復讐もない。
あるのは、
「選ばれなかった令嬢」が選び続けた生き方と、
彼女がいなくても回り続ける世界。
これは、
恋愛よりも生き方を選んだ一人の令嬢が、
静かに国を変えていく物語。
---
併せておすすめタグ(参考)
婚約破棄
女主人公
貴族令嬢
孤児院
内政
知的ヒロイン
スローざまぁ
日常系
猫
キズモノ転生令嬢は趣味を活かして幸せともふもふを手に入れる
藤 ゆみ子
恋愛
セレーナ・カーソンは前世、心臓が弱く手術と入退院を繰り返していた。
将来は好きな人と結婚して幸せな家庭を築きたい。そんな夢を持っていたが、胸元に大きな手術痕のある自分には無理だと諦めていた。
入院中、暇潰しのために始めた刺繍が唯一の楽しみだったが、その後十八歳で亡くなってしまう。
セレーナが八歳で前世の記憶を思い出したのは、前世と同じように胸元に大きな傷ができたときだった。
家族から虐げられ、キズモノになり、全てを諦めかけていたが、十八歳を過ぎた時家を出ることを決意する。
得意な裁縫を活かし、仕事をみつけるが、そこは秘密を抱えたもふもふたちの住みかだった。
【完結】転生したぐうたら令嬢は王太子妃になんかになりたくない
金峯蓮華
恋愛
子供の頃から休みなく忙しくしていた貴子は公認会計士として独立するために会社を辞めた日に事故に遭い、死の間際に生まれ変わったらぐうたらしたい!と願った。気がついたら中世ヨーロッパのような世界の子供、ヴィヴィアンヌになっていた。何もしないお姫様のようなぐうたらライフを満喫していたが、突然、王太子に求婚された。王太子妃になんかなったらぐうたらできないじゃない!!ヴィヴィアンヌピンチ!
小説家になろうにも書いてます。
絶望?いえいえ、余裕です! 10年にも及ぶ婚約を解消されても化物令嬢はモフモフに夢中ですので
ハートリオ
恋愛
伯爵令嬢ステラは6才の時に隣国の公爵令息ディングに見初められて婚約し、10才から婚約者ディングの公爵邸の別邸で暮らしていた。
しかし、ステラを呼び寄せてすぐにディングは婚約を後悔し、ステラを放置する事となる。
異様な姿で異臭を放つ『化物令嬢』となったステラを嫌った為だ。
異国の公爵邸の別邸で一人放置される事となった10才の少女ステラだが。
公爵邸別邸は森の中にあり、その森には白いモフモフがいたので。
『ツン』だけど優しい白クマさんがいたので耐えられた。
更にある事件をきっかけに自分を取り戻した後は、ディングの執事カロンと共に公爵家の仕事をこなすなどして暮らして来た。
だがステラが16才、王立高等学校卒業一ヶ月前にとうとう婚約解消され、ステラは公爵邸を出て行く。
ステラを厄介払い出来たはずの公爵令息ディングはなぜかモヤモヤする。
モヤモヤの理由が分からないまま、ステラが出て行った後の公爵邸では次々と不具合が起こり始めて――
奇跡的に出会い、優しい時を過ごして愛を育んだ一人と一頭(?)の愛の物語です。
異世界、魔法のある世界です。
色々ゆるゆるです。
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
職業『お飾りの妻』は自由に過ごしたい
LinK.
恋愛
勝手に決められた婚約者との初めての顔合わせ。
相手に契約だと言われ、もう後がないサマンサは愛のない形だけの契約結婚に同意した。
何事にも従順に従って生きてきたサマンサ。
相手の求める通りに動く彼女は、都合のいいお飾りの妻だった。
契約中は立派な妻を演じましょう。必要ない時は自由に過ごしても良いですよね?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる