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3話
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サマンサはいつも俯いていた。
子供の頃に遊びで登った木から落ちて、額に大きな傷が残ってしまったからだ。前髪で隠れる場所ではあるものの、顔を上げると乱れた髪の隙間から傷が見えてしまいそうで嫌だった。
……それが、サマンサの知られたくない秘密でありコンプレックスだった。
◆ ◇ ◆ ◇
「ねえ、サマンサ。コーヒー淹れて」
毛足の長い上等なラグにクッションを抱いて寝転び、振り向きもせずにミミー・ミレニアがメイドに命令する。
アンダーソン家当主の姪だという彼女は昼過ぎだというのにネグリジェのままで、芝居小屋の俳優の姿絵集を捲りながら、ビスケットを齧っている。
「ミミーお嬢様、そろそろお着替えになられては……」
コーヒーを持ってきたメイドのサマンサがやんわりと促すと、
「はぁ? メイドのくせにあたしに指図する気? 伯父様に言いつけてやる!」
「し、失礼しました」
強い剣幕のミミーに、サマンサは慌てて頭を下げる。
天使のように愛らしい容姿のミミーの中身は悪魔だ。
国外で働いているというミミーの両親は、多分彼女を持て余して、この屋敷に置いていったのだろう。
彼女が来てからというもの、アンダーソン家は荒れた。
まず、可愛いミミーにベタ甘な夫と息子に愛想を尽かし、当主夫人はサロンや習い事に没頭し家を空けることが多くなった。
そして、歯止めの効かなくなったミミーの横柄さに、使用人も次々と辞めていった。
本当はサマンサも辞めたかったのだが……顔の傷のせいで自信が持てず、転職を諦めこの屋敷に留まっていた。
最盛期には十八人在籍していた使用人は、今や庭師と執事とサマンサの三人だけ。料理も洗濯も掃除も一人でこなさなければならないので、サマンサの手はあかぎれだらけだ。
こっそりため息をついていると、
「うえっ、にがっ!」
お嬢様の悪態が聞こえてきた。
「なにこれ? あたし、ミルクと砂糖たっぷりじゃないと飲めないっていったわよね?」
「は、はい。ですからいつもどおりにお入れして……」
「足りない」
必死で言い訳するサマンサの前で、ミミーはコーヒーカップをひっくり返した。
茶褐色の液体はラグにこぼれ落ち、世界地図のようなシミを作っていく。
「あ……!」
サマンサは慌ててエプロンを外してこれ以上シミが広がぬよう押さえるが、コーヒーは良い香りを漂わせながら、真っ白な毛長兎の敷物を黒く染めていく。
「あーあ、あんたのせいよ。弁償しなくちゃね」
この上なく愉快そうにミミーが嗤う。
「そんな……」
このラグだけで、メイドの給金一年分はするのに。
「汚いから早く片付けてね。あ、新しいコーヒーも持ってきてよ」
濡れたラグを避けて、今度はベッドでゴロゴロし出したお嬢様に、メイドは俯く。肩が震え、唇を噛んで我慢しても、涙が溢れてしまう。
……もう、限界よ!
サマンサが泣いて逃げ出そうとした……その時!
「やあ、愛しの従妹ミミー! 調子はどうだい!?」
バンっ! と扉が開き、伯爵令息のリードが入ってきた。
子供の頃に遊びで登った木から落ちて、額に大きな傷が残ってしまったからだ。前髪で隠れる場所ではあるものの、顔を上げると乱れた髪の隙間から傷が見えてしまいそうで嫌だった。
……それが、サマンサの知られたくない秘密でありコンプレックスだった。
◆ ◇ ◆ ◇
「ねえ、サマンサ。コーヒー淹れて」
毛足の長い上等なラグにクッションを抱いて寝転び、振り向きもせずにミミー・ミレニアがメイドに命令する。
アンダーソン家当主の姪だという彼女は昼過ぎだというのにネグリジェのままで、芝居小屋の俳優の姿絵集を捲りながら、ビスケットを齧っている。
「ミミーお嬢様、そろそろお着替えになられては……」
コーヒーを持ってきたメイドのサマンサがやんわりと促すと、
「はぁ? メイドのくせにあたしに指図する気? 伯父様に言いつけてやる!」
「し、失礼しました」
強い剣幕のミミーに、サマンサは慌てて頭を下げる。
天使のように愛らしい容姿のミミーの中身は悪魔だ。
国外で働いているというミミーの両親は、多分彼女を持て余して、この屋敷に置いていったのだろう。
彼女が来てからというもの、アンダーソン家は荒れた。
まず、可愛いミミーにベタ甘な夫と息子に愛想を尽かし、当主夫人はサロンや習い事に没頭し家を空けることが多くなった。
そして、歯止めの効かなくなったミミーの横柄さに、使用人も次々と辞めていった。
本当はサマンサも辞めたかったのだが……顔の傷のせいで自信が持てず、転職を諦めこの屋敷に留まっていた。
最盛期には十八人在籍していた使用人は、今や庭師と執事とサマンサの三人だけ。料理も洗濯も掃除も一人でこなさなければならないので、サマンサの手はあかぎれだらけだ。
こっそりため息をついていると、
「うえっ、にがっ!」
お嬢様の悪態が聞こえてきた。
「なにこれ? あたし、ミルクと砂糖たっぷりじゃないと飲めないっていったわよね?」
「は、はい。ですからいつもどおりにお入れして……」
「足りない」
必死で言い訳するサマンサの前で、ミミーはコーヒーカップをひっくり返した。
茶褐色の液体はラグにこぼれ落ち、世界地図のようなシミを作っていく。
「あ……!」
サマンサは慌ててエプロンを外してこれ以上シミが広がぬよう押さえるが、コーヒーは良い香りを漂わせながら、真っ白な毛長兎の敷物を黒く染めていく。
「あーあ、あんたのせいよ。弁償しなくちゃね」
この上なく愉快そうにミミーが嗤う。
「そんな……」
このラグだけで、メイドの給金一年分はするのに。
「汚いから早く片付けてね。あ、新しいコーヒーも持ってきてよ」
濡れたラグを避けて、今度はベッドでゴロゴロし出したお嬢様に、メイドは俯く。肩が震え、唇を噛んで我慢しても、涙が溢れてしまう。
……もう、限界よ!
サマンサが泣いて逃げ出そうとした……その時!
「やあ、愛しの従妹ミミー! 調子はどうだい!?」
バンっ! と扉が開き、伯爵令息のリードが入ってきた。
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