聖女の私は勇者に失恋した直後に魔王に拐われました

灯倉日鈴(合歓鈴)

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8、魔王の事情

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 魔族は人族の敵。
 勇者は魔王の天敵。

 それは、ジャスティオ王国民の共通認識だ。
 そして、多分それは……魔族にとっても同じこと。

 長い歴史の確認の後、魔王は紅茶を飲んで一息ついてから、また口を開いた。

「余が魔王の座に就いたのは、約二百年前。先代魔王が勇者に倒されて百年経った頃だ」

 魔王は百年周期で現れるというから、計算は合っている。二十代前半にしか見えないけど、やっぱり魔族は見た目通りの容姿じゃないのね。
 ……ちょっと羨ましい。

「ってことは、この国が三百年間魔王軍の侵攻を受けなかったのは、あなたが魔王になったからなの?」

「まあ、そういうことだな」

 魔王は頷く。

「元来、魔族は欲の強い存在だ。生命を蹂躙し、版図を広げ、自身の力を世界に知らしめることで快楽を得る。しかし……」

 魔王はふっと自嘲して、

「余は魔力の強さに反比例して魔族の属性が薄いらしい。人との諍いにとんと興味がなくてな。山を降りねば人族とは戦わなくてすむ。人族と戦わなければ勇者も来ぬ。そうして怠惰に時を過ごしてきたのだ」

 それが……三百年の平和。

「でも……結局あなたはジャスティオ王国に侵攻したじゃない」

 七年前を皮切りに国土の三分の一を支配して、現在も人間の住処を脅かし続けている。

人族私達は毎日あなたに怯えて生活しているの。私はジェフリー……勇者にフラれたけれど、気持ちは勇者の味方よ。魔族の横暴を赦さない。どうして三百年、ううん、あなたの代になって二百年も我慢してきたのに、今になって宗旨を変える必要があったの?」

 真っ直ぐに睨む私を、魔王は憂いを帯びた瞳で受け止めた。

「その理由を、勇者の仲間である聖女に見てもらいたかったのだ」

 彼は立ち上がると、光沢のあるローブを翻した。

「余の望みを教えよう。聖女よ、ついてまいれ」

 靴音高くドアへ向かう彼を、私は「待って!」と呼び止めた。
 振り返る魔王に、私はフォークを握りしめ切実に訴える。

「このケーキ、もう少しで全種類食べ終わるから!」

 ……。


「そなた、存外肝が据わっておるのぉ」

 ……妙なところで魔王様に感心されました。
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