聖女の私は勇者に失恋した直後に魔王に拐われました

７、魔王と勇者と王国の歴史

　ジャスティオ王国北部に位置するモンストル山脈は太古の昔より魔族の領土であり、山脈の最高峰であるイプソメガス山に居城を構える『魔王』が彼らを支配していた。
　始まりは千年前。当時の魔王が領土の拡大を狙って人族の国であるジャスティオ王国へ侵攻してきたのだ。
　長命で強い身体と魔力を持ち、容易く他者の生命を奪っていく魔族に、人族は為す術なく蹂躙された。
　村は焼かれ、戦禍と飢えに人々は倒れ、暴れ回る異形の者達に王国は崩壊を待つばかりだった……その時。
　厚く垂れ込めた雲の間から一筋の光が差し込み、一振りの剣が一人の人族の若者の元に降ってきた。
　地上の惨状を憂いた神が、聖剣を授けたのだ。
　神の力を宿した聖剣は『トニトゥルース』と名付けられ、剣を受け取った若者は『勇者』と呼ばれるようになった。
　勇者は聖剣で見事魔王を打倒し、ジャスティオ王国は平和を取り戻した。
　――しかし、魔族を根絶できたわけではない。時が経てばまた魔族を束ねる強大な魔力を持った『魔王』が現れ、王国に牙を剥く。
　凡おおよそそ百年の周期で魔王軍の侵攻は繰り返され、その都度ジャスティオ王国には新たな『聖剣の勇者』が誕生し、魔王を倒してきた。
　永い永い魔族と人族の戦い。
　その歴史に一旦終止符が打たれたのは、三百年ほど前のこと。
　気がつくと、モンストル山脈から魔王軍が降りてこなくなっていたのだ。
　たまに魔物に人が襲われることはあったが、それはあくまで個別の被害であって、軍隊を率いての統率の取れた攻撃は一切なくなっていた。
　周期的な魔王の襲来に備えていたジャスティオ王国の民は、いつまで経ってもやってこない災禍に気を緩め、幾度かの世代交代の後、魔王の脅威を忘れてしまった。
　……だが、安寧に現うつつを抜かすのはまだ早かった。
　今から七年前、突如魔王軍は復活した。
　雪崩のように異形の軍隊が山から降りてきたかと思うと、麓の人族の集落を次々と占領していったのだ。
　魔王軍の快進撃は止まらず、現在ではジャスティオ王国の国土の三分の一を支配下に置いている。
　人々は恐怖に震え上がり、国王に助けを求めた。
　……実は、人族が平和に微睡まどろんでいた三百年の間に、聖剣トニトゥルースは所在不明になっていたのだ。
　国王は王国全土に御触おふれを出した。
『聖剣トニトゥルースと勇者を探せ』と。
　聖剣は勇者を選ぶ。即すなわち、聖剣を持つ者が勇者だ。

　――そして、ここからは私、アリスの話になる。

　ジャスティオ王国の東部にある貧しい村に住んでいた私は、三年前のある日、友達数人と地元の森にピクニックへ出かけた。その中には、当然ジェフリーの姿もあった。
　そこで肝試しに入った洞窟の中で……ジェフリーは聖剣を見つけた。
　最初はそれが伝説の聖剣だとは気づかず、ただ「かっけー剣が落ちてた！」くらいのノリだった。
　元々腕に覚えにあったジェフリーは、不思議な輝きを放つ剣を携え冒険者になる為村を出ることを決めた。そして私にこう言ったんだ。

「アリス、俺についてきて欲しい」

　……って。
　ずっと彼に片思いしていた私は、一も二もなく頷いた。ジェフリーは村一番の美男子で人気者だったから。幼馴染のリタにも、ジェフリーと旅することを羨ましがられたっけ。
　……実は回復魔法の使える私を救急箱代わりにしてたんだってことは、フラれた今だから気づけたんだけど。
　聖剣を持ったジェフリーは強い魔物をどんどん倒して名を挙げた。救った人々に感謝され、報酬で生活は潤い、仲間も増えた。いつしか彼は人々から『勇者』と崇められるようになっていた。
　そして評判を聞きつけた国王に城に喚ばれ……。
　聖剣は正式に『トニトゥルース』だと判明し、ジェフリーは名実ともに『勇者』となった。
　圧倒的な魔力を持つ魔王に対抗できるのは、聖剣の勇者だけ。
　王命を受け、勇者ジェフリーとパーティは魔王討伐の為にイプソメガス山に向かうことになった。

　――その前日。

　私は魔王軍に拐われた。