没落令嬢はアルバイト中

灯倉日鈴(合歓鈴)

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18、没落令嬢と求婚者(2)

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「礼?」

 聞き返すリュリディアにラルフは頷く。

「この前は助けてくれてありがとう。君が通りかからなかったら、俺は死んでいた。言葉にしつくせないくらい感謝してる」

 胸に手を当て、騎士の敬礼をする若者に、少女はドアを大きく開く。

「とりあえず、お茶でも飲んでいったら? コウは紅茶を美味しく淹れる名人なの」

 じゃあ遠慮なく、と普段着姿の騎士は部屋に足を踏み入れる。さり気なく辺りを観察すると、漆喰も塗られていない簡素な造りだが、壁板の木目は新しいことが判った。

「最近、建て替えたばかりなのよ」

「ああ、こないだの火事か」

 何ヶ月もこの地域で潜入捜査していたというラルフは、長屋の件も知っていた。
 ダイニングテーブルに向かい合って、二人の人間がお茶を飲む。従者は座らず主の斜め後ろに控えるだけだ。

「あの時刺されてたのって、先日の摘発絡みなの?」

「まあ、そうっちゃそうだけど……」

 ラルフは気まずそうに紅茶を啜りながら、

「情報を聞き出そうと近づいた女が、俺を刺したヤツの情婦イロでさ。ちょっといい雰囲気になってるところを見られちまって……」

「……危うく痴情のもつれで殺されかけたのね」

 色男が名誉のない戦死になるところだった。

「でも、潜入捜査ってことは最後までバレなかったから、摘発に成功したんだけどな」

 あっけらかんと締める騎士は、大雑把な性格のようだ。

「ところでさ、お嬢ちゃん」

 ラルフはティーカップをソーサーに戻すと、テーブル越しにずいっと身を乗り出した。

「俺と結婚しないか?」

 突然のプロポーズにぎょっと目を見開いたコウの傍で、リュリディアは不思議そうに首を傾げる。

「何故?」

「俺がしたいからだよ」

 ラルフはさっぱり笑う。

「うちに越して来いよ。 王都の第二区画だから高級住宅街とはいかないが、ここよりは治安が良い。出会ったばかりだし、君の気持ちが固まるまで清い関係で構わない。俺、こう見えて誠実だぜ?」

 痴情のもつれで刺された男が、よく言う。
 リュリディアは上目遣いに考えて、

「ラルフ。あなた、私の名前を訊かないわね?」

 まったく別の質問を返した。

「特務隊って、諜報が専門よね。当然、私のことを調べ上げてから今日の訪問に望んだのでしょう? 王国府の騎士がわざわざ私と縁を持とうなんて、裏があるとしか思えないわ」

 聡明な少女に、青年はため息をついて、

「確かに、君のことは調べたよ、リュリディア・アレスマイヤー。名家の大魔法使い。他国に魔法技術を売り渡した反逆者の娘」

「……両親は国を裏切ったりしないわ」

「かもな。だが公文書にはそう記載されている」

 ラルフは冷たく切り捨てて、それから表情を緩める。

「君はここにいたらいつまでも反逆者一族のままだ。だが、俺と結婚すれば家名が変わって新しくやり直せる。悪い話じゃないだろう」

「命を助けてもらったお礼に、私に新しい戸籍をくれると? 家名が変わっても出自が変わるわけじゃない。私を伴侶とすることは、確実にあなたの出世にマイナスに響くわよ」

「俺はもともと庶民の成り上がり騎士だから、貴族出身の同僚には出世レースで敵わない。だから、俺のことは気にしなくていい。俺が欲しいのは、君の気持ちだ」

 無骨な騎士の手が、テーブルに置かれた少女の細いそれに重なる。

「リュリディア、君は一目惚れを信じるかい?」

 緑の熱く潤んだ瞳に、金髪の自分が映っている。

「私は……」

 リュリディアが唇を開いた……瞬間。

「ごきげんよう、リュリディア嬢!」

 バァンッ! と派手な音を立ててドアが開いた。
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