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19、没落令嬢と求婚者(3)
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「息災でしたか? 私の可愛い子猫ちゃん。あなたに会えず、私がどんなに寂しさに枕を濡らしたことか」
ペラペラと喋りながら勝手に部屋へ入ってきた男は、抱えていた前が見えないほど巨大な花束をリュリディアに押し付けた。
「あなたをイメージした青いアネモネとキンポウゲのブーケです。いえ、どんな花もリュリディア嬢の美しさの前では霞んでしまいますが、私のせめてもの気持ちです」
反射的に花束を受け取った彼女は、アネモネの隙間からようやく迷惑な配達人の顔を確認することができた。
「あなた……、スローク・プロキルナルじゃない!」
濃紫の髪をひとつ結びにした痩身の美青年は、紛れもなく魔導大家一族の彼だ。
「だ、誰だ? 知り合いか?」
あまりにインパクトのある登場の仕方に、思わず仰け反るラルフに、
「殺人未遂犯よ」
リュリディアは更なる衝撃の紹介をした。
「殺人未遂ぃ!? 拘束した方がいいのか?」
逮捕権を持つ騎士が少女に尋ねると、魔法使いの青年はふっとキザに前髪を掻き上げ、
「それは誤解です。茨陸亀が我が家にいたのはただの偶然ですから」
「茨陸亀!? なんでそんな災害級の外来種が国内にいるんだよ!?」
ラルフはますます混乱する。
「で、何の用かしら? スローク・プロキルナル。わざわざ山を下りて王都まで来るなんて」
「それは、あなたがあまりにも冷たいからですよ、リュリディア嬢」
スロークは伏し目がちに唇を尖らせる。
「何度花やお菓子を贈っても、何の反応もないじゃないですか」
「あれって、殺人未遂の慰謝料じゃなかったの?」
令嬢は遠慮なく頂いていた。
「お菓子は長屋の子供たちに好評だったわよ。花は、切り花より鉢植えの方がいいって大家さんが言ってたわ。花壇に植え替えられるからって」
しかも、流用していた。
「プレゼントはどうされようと構いませんが、せめて手紙の返事くらいくれてもいいじゃありませんか」
恨み言を零すスロークに、リュリディアは目を皿にする。
「あの手紙、返信が必要だったの? 『子猫』とか『金平糖』とか『薔薇』とか『柳』とか比喩を並べ立てて、まったく主題の解らない文章だったじゃない。もっと簡潔に書いてよ」
「そんな……私の真心をめいっぱい詰め込んだのに……」
崩れるように膝をついて打ちひしがれる青年の肩に、従者がそっと手を置く。
「コウはスローク様の表現力にとても感銘を受けましたよ。特に『貴女の髪は光雨魔法の塩水反応のごとき煌めき……』という下りは言い得て妙だなと」
「あ、私もそこはちょっと嬉しかったかも」
「本当ですか? 自分でもあの例えは自信があったんですよ!」
魔法実験あるあるで盛り上がる魔法関係者三人と、
「……なんだよ、塩水反応って」
置いてけぼりの騎士一人。
「で、いきなり乱入してきて、そいつ何者なんだ?」
大事なプロポーズを邪魔されて不機嫌全開のラルフに、スロークは一言。
「リュリディア嬢の婚約者です」
「な!?」
ラルフは驚愕に飛び上がる……が。
「違うわ」
「違います」
間髪入れず、主従に否定された。
「彼はスローク・プロキルナル。魔導五大家の縁者。先月知り合って、顔を見て会話するのは今日で二回目よ」
「……俺と同じ程度の付き合いじゃねーか」
呆れるラルフに、スロークは自信満々で、
「手紙は毎日送ってますよ。それに、時間の長さで愛の深さを図るなど愚かなことです」
「高尚なこと言ってるが、ただのストーカーだろ」
騎士は思わずツッコんだ。
ラルフを無視してスロークはリュリディアに向き直る。
「リュリディア嬢、もう意地を張らずに我が家に参りましょう。うちの山なら研究もし放題ですし、魔法使い同士話も合います」
「意地を張るも何も、その提案、今初めて聞いたわよ」
「私の脳内では、すでに二人の子供ができているところまで進んでいます」
妄想が捗りすぎだ。
「大体、プロキルナル家ってアレスマイヤー家と仲悪いでしょ? しかも今や反逆者だし。スローク・プロキルナルがリュリディア・アレスマイヤーを援助したらマズいんじゃない?」
リュリディアのもっともな言葉に、スロークは彼女の手を取って、
「家同士の柵など、愛の前では瑣末事。お互い家名を捨てて、一から始めましょう」
熱く囁く美青年に、美少女は眉を寄せる。
「私は嫌。いつか汚名を雪ぎ、アレスマイヤー家を再興させるんだから」
「それなら、私は入婿になりましょう!」
めげないスローク。ぐいぐい顔を近づけてくる彼と、露骨に顔を背けて距離を取るリュリディアの間を――
「……おい、いい加減にしろよ」
――スパッ! と手刀で断ち切ったのは、銀髪の騎士ラルフだった。
ペラペラと喋りながら勝手に部屋へ入ってきた男は、抱えていた前が見えないほど巨大な花束をリュリディアに押し付けた。
「あなたをイメージした青いアネモネとキンポウゲのブーケです。いえ、どんな花もリュリディア嬢の美しさの前では霞んでしまいますが、私のせめてもの気持ちです」
反射的に花束を受け取った彼女は、アネモネの隙間からようやく迷惑な配達人の顔を確認することができた。
「あなた……、スローク・プロキルナルじゃない!」
濃紫の髪をひとつ結びにした痩身の美青年は、紛れもなく魔導大家一族の彼だ。
「だ、誰だ? 知り合いか?」
あまりにインパクトのある登場の仕方に、思わず仰け反るラルフに、
「殺人未遂犯よ」
リュリディアは更なる衝撃の紹介をした。
「殺人未遂ぃ!? 拘束した方がいいのか?」
逮捕権を持つ騎士が少女に尋ねると、魔法使いの青年はふっとキザに前髪を掻き上げ、
「それは誤解です。茨陸亀が我が家にいたのはただの偶然ですから」
「茨陸亀!? なんでそんな災害級の外来種が国内にいるんだよ!?」
ラルフはますます混乱する。
「で、何の用かしら? スローク・プロキルナル。わざわざ山を下りて王都まで来るなんて」
「それは、あなたがあまりにも冷たいからですよ、リュリディア嬢」
スロークは伏し目がちに唇を尖らせる。
「何度花やお菓子を贈っても、何の反応もないじゃないですか」
「あれって、殺人未遂の慰謝料じゃなかったの?」
令嬢は遠慮なく頂いていた。
「お菓子は長屋の子供たちに好評だったわよ。花は、切り花より鉢植えの方がいいって大家さんが言ってたわ。花壇に植え替えられるからって」
しかも、流用していた。
「プレゼントはどうされようと構いませんが、せめて手紙の返事くらいくれてもいいじゃありませんか」
恨み言を零すスロークに、リュリディアは目を皿にする。
「あの手紙、返信が必要だったの? 『子猫』とか『金平糖』とか『薔薇』とか『柳』とか比喩を並べ立てて、まったく主題の解らない文章だったじゃない。もっと簡潔に書いてよ」
「そんな……私の真心をめいっぱい詰め込んだのに……」
崩れるように膝をついて打ちひしがれる青年の肩に、従者がそっと手を置く。
「コウはスローク様の表現力にとても感銘を受けましたよ。特に『貴女の髪は光雨魔法の塩水反応のごとき煌めき……』という下りは言い得て妙だなと」
「あ、私もそこはちょっと嬉しかったかも」
「本当ですか? 自分でもあの例えは自信があったんですよ!」
魔法実験あるあるで盛り上がる魔法関係者三人と、
「……なんだよ、塩水反応って」
置いてけぼりの騎士一人。
「で、いきなり乱入してきて、そいつ何者なんだ?」
大事なプロポーズを邪魔されて不機嫌全開のラルフに、スロークは一言。
「リュリディア嬢の婚約者です」
「な!?」
ラルフは驚愕に飛び上がる……が。
「違うわ」
「違います」
間髪入れず、主従に否定された。
「彼はスローク・プロキルナル。魔導五大家の縁者。先月知り合って、顔を見て会話するのは今日で二回目よ」
「……俺と同じ程度の付き合いじゃねーか」
呆れるラルフに、スロークは自信満々で、
「手紙は毎日送ってますよ。それに、時間の長さで愛の深さを図るなど愚かなことです」
「高尚なこと言ってるが、ただのストーカーだろ」
騎士は思わずツッコんだ。
ラルフを無視してスロークはリュリディアに向き直る。
「リュリディア嬢、もう意地を張らずに我が家に参りましょう。うちの山なら研究もし放題ですし、魔法使い同士話も合います」
「意地を張るも何も、その提案、今初めて聞いたわよ」
「私の脳内では、すでに二人の子供ができているところまで進んでいます」
妄想が捗りすぎだ。
「大体、プロキルナル家ってアレスマイヤー家と仲悪いでしょ? しかも今や反逆者だし。スローク・プロキルナルがリュリディア・アレスマイヤーを援助したらマズいんじゃない?」
リュリディアのもっともな言葉に、スロークは彼女の手を取って、
「家同士の柵など、愛の前では瑣末事。お互い家名を捨てて、一から始めましょう」
熱く囁く美青年に、美少女は眉を寄せる。
「私は嫌。いつか汚名を雪ぎ、アレスマイヤー家を再興させるんだから」
「それなら、私は入婿になりましょう!」
めげないスローク。ぐいぐい顔を近づけてくる彼と、露骨に顔を背けて距離を取るリュリディアの間を――
「……おい、いい加減にしろよ」
――スパッ! と手刀で断ち切ったのは、銀髪の騎士ラルフだった。
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