21 / 28
20、没落令嬢と求婚者(4)
しおりを挟む
「横入りして、勝手に話を進めんな! 今! 俺がリュリディアにプロポーズしてたんだぞ!」
顔を真っ赤にして怒鳴るラルフに、リュリディアと握っていた手をはたき落とされたスロークは、手の甲をさすりながら想い人を見る。
「この方と結婚するのですか? リュリディア嬢」
「しないわ」
即答だった。
「……だ、そうですよ?」
サラリとスロークに返され、ラルフは短い銀髪を逆立てる。
「じ……じゃあリュリディアは、この変な優男と結婚するのか!?」
騎士の節くれだった人差し指で細身の青年魔法使いを差され、美少女は表情を変えず、
「無理」
ガーン! という書き文字が頭上に見えたと錯覚するほど、スロークは真っ青になる。
「そんな……では、リュリディア嬢は誰と結婚するおつもりですか!?」
「なんで人生の大切な選択を今しなきゃならないのよ? そんなの私のタイミングで決めるし、あなた達の二択にする義務もないわ」
冷たく言い捨てると、リュリディアは顎をしゃくった。
「コウ、もうお茶は出さなくていいわ。お客様のお帰りよ」
スローク用のティーカップを用意していた従者が手を止める。
「待てよ、話は終わってない!」
「そうです。色よい返事が聞けるまで帰りませんよ」
令嬢に詰め寄る求婚者二人の間に、従者が割って入る。
「ラルフ様、スローク様、今日はどうかお引取りを。主人は疲れておりますし、大声を出されてはご近所の迷惑です」
コウの説得に、それでも二人は引き下がらない。
「おい、使用人。お前だってリュリディアがこんな場所で生活するのは良くないって解ってるだろ!」
「そうですよ。狗ならば狗らしくご主人様の幸せを考えて……」
――その瞬間、リュリディアがキレた。
「あなた達、私の家から出ていきなさい!」
ダンッ! と少女が床を靴の踵で蹴りつけると、
「……へ?」
青年二人は、外にいた。
板張りのオンボロ長屋、ドアの閉まったリュリディアの部屋の前にラルフとスロークは立っている。
「な……なんだ? なんで俺達、外にいるんだ?」
一歩も動いた記憶はないのに、何故か室内から屋外に出てしまった。訳が分からず頭を抱える騎士に、魔法使いが答える。
「転移と結界魔法のアレンジですね。部屋全体に結界を張り巡らせて、術者の意志で侵入者を部屋から強制的に排除できる。さすがはリュリディア・アレスマイヤー。あれだけ大掛かりな術式を立てながら、発動まで魔力を悟らせないとは」
「感心してる場合かよ……」
魔法に疎いラルフは呆れながらスロークを振り返り……ぎょっと呼吸を止めた。
だって横にいる濃紫髪の青年は、想い人の家のドアを凝視したままだくだくと涙を流していたのだから。
「リュリディア嬢、どうして私はダメなのですか……?」
「多分、殺しかけたからじゃね?」
ラルフが正鵠を射た。
「こんなに愛しているのに。私ならあなたに苦労はさせないのに……」
ブツブツ呟きながら泣き続けるスロークの背中を、ラルフはポンポンと叩いた。
「そんなに落ち込むなよ。ほら、飲みに行こうぜ! こんな日は酒に限る」
慰める騎士に、名家の魔法使いは目を上げて、
「あなたごときが私の口に合うお酒を出す店を知っていると?」
「……お前、性格悪いな」
口の方を合わせろ、と説教するラルフは面倒見が良い。
「言っておきますが、私はまだリュリディア嬢を諦めてませんからね」
「奇遇だな、俺もだよ」
フラれ組二人は小競り合いしながらも仲良く酒場に消えていった。
◆ ◇ ◆ ◇
「あー、無駄な労力を使ったわ……」
リュリディアは、ダイニングテーブルに突っ伏してぐったりする。
「まったく失礼な話よね。同情で結婚してくれるなんて。私はそこまで落ちぶれてないわ」
「あながち、同情だけではないと思いますがね」
頬を膨らませる主に苦笑して、従者は新しい紅茶を差し出す。
「お嬢様がご不満でも、コウは誇らしかったですよ。リュリお嬢様は複数の方から求婚させるほど魅力的なお方だと再確認できて」
そういわれると悪い気はしない。でも……、
「……私は自分が好きな人に好かれるだけでいいのに」
乙女心は複雑だ。
「コウは、私が誰かの元にお嫁に行っても寂しくないの?」
紅茶に息を吹きかけ冷ましながら上目遣いに訊いてみると、従者はにっこり微笑む。
「ええ。リュリお嬢様が愛する人と結ばれるのなら、これ以上ない喜びです」
「……そう」
なんとなく落ち込んでしまった令嬢だが、
「それに、コウはお嬢様の嫁入り道具ですから、どこまでも着いていきますよ」
……従者の一言で浮上する。
「そうね。コウがいれば、私はどこでも生きていけるわ。でも、道具って言い方はやめて」
「善処します」
畏まる従者の傍らで、令嬢は紅茶を啜る。
暖かな昼下がり、主従はまったりと時を過ごした。
顔を真っ赤にして怒鳴るラルフに、リュリディアと握っていた手をはたき落とされたスロークは、手の甲をさすりながら想い人を見る。
「この方と結婚するのですか? リュリディア嬢」
「しないわ」
即答だった。
「……だ、そうですよ?」
サラリとスロークに返され、ラルフは短い銀髪を逆立てる。
「じ……じゃあリュリディアは、この変な優男と結婚するのか!?」
騎士の節くれだった人差し指で細身の青年魔法使いを差され、美少女は表情を変えず、
「無理」
ガーン! という書き文字が頭上に見えたと錯覚するほど、スロークは真っ青になる。
「そんな……では、リュリディア嬢は誰と結婚するおつもりですか!?」
「なんで人生の大切な選択を今しなきゃならないのよ? そんなの私のタイミングで決めるし、あなた達の二択にする義務もないわ」
冷たく言い捨てると、リュリディアは顎をしゃくった。
「コウ、もうお茶は出さなくていいわ。お客様のお帰りよ」
スローク用のティーカップを用意していた従者が手を止める。
「待てよ、話は終わってない!」
「そうです。色よい返事が聞けるまで帰りませんよ」
令嬢に詰め寄る求婚者二人の間に、従者が割って入る。
「ラルフ様、スローク様、今日はどうかお引取りを。主人は疲れておりますし、大声を出されてはご近所の迷惑です」
コウの説得に、それでも二人は引き下がらない。
「おい、使用人。お前だってリュリディアがこんな場所で生活するのは良くないって解ってるだろ!」
「そうですよ。狗ならば狗らしくご主人様の幸せを考えて……」
――その瞬間、リュリディアがキレた。
「あなた達、私の家から出ていきなさい!」
ダンッ! と少女が床を靴の踵で蹴りつけると、
「……へ?」
青年二人は、外にいた。
板張りのオンボロ長屋、ドアの閉まったリュリディアの部屋の前にラルフとスロークは立っている。
「な……なんだ? なんで俺達、外にいるんだ?」
一歩も動いた記憶はないのに、何故か室内から屋外に出てしまった。訳が分からず頭を抱える騎士に、魔法使いが答える。
「転移と結界魔法のアレンジですね。部屋全体に結界を張り巡らせて、術者の意志で侵入者を部屋から強制的に排除できる。さすがはリュリディア・アレスマイヤー。あれだけ大掛かりな術式を立てながら、発動まで魔力を悟らせないとは」
「感心してる場合かよ……」
魔法に疎いラルフは呆れながらスロークを振り返り……ぎょっと呼吸を止めた。
だって横にいる濃紫髪の青年は、想い人の家のドアを凝視したままだくだくと涙を流していたのだから。
「リュリディア嬢、どうして私はダメなのですか……?」
「多分、殺しかけたからじゃね?」
ラルフが正鵠を射た。
「こんなに愛しているのに。私ならあなたに苦労はさせないのに……」
ブツブツ呟きながら泣き続けるスロークの背中を、ラルフはポンポンと叩いた。
「そんなに落ち込むなよ。ほら、飲みに行こうぜ! こんな日は酒に限る」
慰める騎士に、名家の魔法使いは目を上げて、
「あなたごときが私の口に合うお酒を出す店を知っていると?」
「……お前、性格悪いな」
口の方を合わせろ、と説教するラルフは面倒見が良い。
「言っておきますが、私はまだリュリディア嬢を諦めてませんからね」
「奇遇だな、俺もだよ」
フラれ組二人は小競り合いしながらも仲良く酒場に消えていった。
◆ ◇ ◆ ◇
「あー、無駄な労力を使ったわ……」
リュリディアは、ダイニングテーブルに突っ伏してぐったりする。
「まったく失礼な話よね。同情で結婚してくれるなんて。私はそこまで落ちぶれてないわ」
「あながち、同情だけではないと思いますがね」
頬を膨らませる主に苦笑して、従者は新しい紅茶を差し出す。
「お嬢様がご不満でも、コウは誇らしかったですよ。リュリお嬢様は複数の方から求婚させるほど魅力的なお方だと再確認できて」
そういわれると悪い気はしない。でも……、
「……私は自分が好きな人に好かれるだけでいいのに」
乙女心は複雑だ。
「コウは、私が誰かの元にお嫁に行っても寂しくないの?」
紅茶に息を吹きかけ冷ましながら上目遣いに訊いてみると、従者はにっこり微笑む。
「ええ。リュリお嬢様が愛する人と結ばれるのなら、これ以上ない喜びです」
「……そう」
なんとなく落ち込んでしまった令嬢だが、
「それに、コウはお嬢様の嫁入り道具ですから、どこまでも着いていきますよ」
……従者の一言で浮上する。
「そうね。コウがいれば、私はどこでも生きていけるわ。でも、道具って言い方はやめて」
「善処します」
畏まる従者の傍らで、令嬢は紅茶を啜る。
暖かな昼下がり、主従はまったりと時を過ごした。
5
あなたにおすすめの小説
好感度0になるまで終われません。
チョコパイ
恋愛
土屋千鶴子(享年98歳)
子供や孫、ひ孫に囲まれての大往生。
愛され続けて4度目の転生。
そろそろ……愛されるのに疲れたのですが…
登場人物の好感度0にならない限り終わらない溺愛の日々。
5度目の転生先は娘が遊んでいた乙女ゲームの世界。
いつもと違う展開に今度こそ永久の眠りにつける。
そう信じ、好きなことを、好きなようにやりたい放題…
自覚なし愛され公女と執着一途皇太子のすれ違いラブロマンス。
婚約破棄したら食べられました(物理)
かぜかおる
恋愛
人族のリサは竜種のアレンに出会った時からいい匂いがするから食べたいと言われ続けている。
婚約者もいるから無理と言い続けるも、アレンもしつこく食べたいと言ってくる。
そんな日々が日常と化していたある日
リサは婚約者から婚約破棄を突きつけられる
グロは無し
乙女ゲームの正しい進め方
みおな
恋愛
乙女ゲームの世界に転生しました。
目の前には、ヒロインや攻略対象たちがいます。
私はこの乙女ゲームが大好きでした。
心優しいヒロイン。そのヒロインが出会う王子様たち攻略対象。
だから、彼らが今流行りのザマァされるラノベ展開にならないように、キッチリと指導してあげるつもりです。
彼らには幸せになってもらいたいですから。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
悪役令嬢の心変わり
ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。
7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。
そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス!
カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!
強い祝福が原因だった
棗
恋愛
大魔法使いと呼ばれる父と前公爵夫人である母の不貞により生まれた令嬢エイレーネー。
父を憎む義父や義父に同調する使用人達から冷遇されながらも、エイレーネーにしか姿が見えないうさぎのイヴのお陰で孤独にはならずに済んでいた。
大魔法使いを王国に留めておきたい王家の思惑により、王弟を父に持つソレイユ公爵家の公子ラウルと婚約関係にある。しかし、彼が愛情に満ち、優しく笑い合うのは義父の娘ガブリエルで。
愛される未来がないのなら、全てを捨てて実父の許へ行くと決意した。
※「殿下が好きなのは私だった」と同じ世界観となりますが此方の話を読まなくても大丈夫です。
※なろうさんにも公開しています。
ここは少女マンガの世界みたいだけど、そんなこと知ったこっちゃない
ゆーぞー
ファンタジー
気がつけば昔読んだ少女マンガの世界だった。マンガの通りなら決して幸せにはなれない。そんなわけにはいかない。自分が幸せになるためにやれることをやっていこう。
白いもふもふ好きの僕が転生したらフェンリルになっていた!!
ろき
ファンタジー
ブラック企業で消耗する社畜・白瀬陸空(しらせりくう)の唯一の癒し。それは「白いもふもふ」だった。 ある日、白い子犬を助けて命を落とした彼は、異世界で目を覚ます。
ふと水面を覗き込むと、そこに映っていたのは―― 伝説の神獣【フェンリル】になった自分自身!?
「どうせ転生するなら、テイマーになって、もふもふパラダイスを作りたかった!」 「なんで俺自身がもふもふの神獣になってるんだよ!」
理想と真逆の姿に絶望する陸空。 だが、彼には規格外の魔力と、前世の異常なまでの「もふもふへの執着」が変化した、とある謎のスキルが備わっていた。
これは、最強の神獣になってしまった男が、ただひたすらに「もふもふ」を愛でようとした結果、周囲の人間(とくにエルフ)に崇拝され、勘違いが勘違いを呼んで国を動かしてしまう、予測不能な異世界もふもふライフ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる