没落令嬢はアルバイト中

灯倉日鈴(合歓鈴)

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21、没落令嬢と冒険者パーティ(1)

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「こちらに受取のサインをお願いします。ありがとうございました!」

 完璧な営業スマイルで扉を閉める。

「よし、これで最後ね」

 伝票をショルダーバッグに収め、リュリディアは満足気に息をつく。
 ここは王都から馬車で小一時間の村。今日の彼女の仕事は、手紙や荷物の配達だ。
 実は、求人酒場で一番多い募集は、この『個人配達』だ。
 配達のシステムは、依頼人(差出人)からの荷物を宛先に届け、受取のサインをもらい、伝票を差出人に返すというもの。料金は引受けた時に手付金八割、無事に荷物を届けたという証明サインと引き換えに残りの二割だ。
 依頼人と受取人の間を往復する上、交通費もかかるので採算の取りにくい仕事だが、同地域への依頼を纏めて受けることができれば利益は上がる。
 今回、リュリディアは七つの荷物を運んだので、きちんと元が取れる計算だ。

(でも、私一人では運べる量が少ないから効率悪いのよね。交通費もかかるし。馬……は無理だけど、ヤギかロバを飼おうかしら。荷車を引かせられるし、ミルクも採れたら一石二鳥だわ。何より可愛い)

 村で唯一の飯屋で紅茶と焼き菓子で休憩を取りつつ妄想を膨らませる。

(うーん。でも、どちらかというと運搬方法より配達システムの問題よね。受取証明伝票を依頼人に戻すのが手間なのよ。遠くからでも受取ったことが判る技術はないかしら? 例えば、伝達魔法を使うとか。魔法協会と連携して魔力中継基地局を作れば、あらゆる情報を魔法で送れるかもしれないわね。ああ、でもアレスマイヤーわたしの提案は魔法協会では絶対通らないわよね……)

 頬杖をついてマドレーヌをもぐもぐしていると、少し離れた席で何やら揉めている数名の男女が見えた。
 防具をつけた剣士系の男女二人と、白いローブの僧侶系の女、短弓を背負った盗賊風の男。そして……紺地に銀糸で渦巻のような刺繍を施したローブを着た魔法使いっぽい男。どうやら冒険者パーティのようだ。

(あの渦巻模様は……)

 目を凝らして紺色のローブを眺めていると、自然と彼らの会話も耳に入ってくる。

「スティーブ、もうイニアスはクビにしようぜ」

「わたくしも……それがいいかと……」

 盗賊男性の言葉に、控えめながらも僧侶女性が同意する。

「そんな! 僕も頑張ってるんだけど……」

 反論の語尾を弱々しく消していくのは、紺ローブの魔法使い。項垂れる彼の横で、剣士の男が殊更ことさら明るい声を出す。

「まあまあ、みんな。イニアスだって努力してるんだよ。このパーティには魔法使いが必要だ。長い目で見てあげようよ」

 男剣士のフォローに魔法使いが安堵の表情を浮かべた、その時。

「スティーブは優しすぎる! あたしは役立たずを置いておくのは断固反対!」

 急に剣士系の女が椅子を蹴って立ち上がった。
 反動でテーブルが揺れ、皿が跳ねて滑り落ちる。料理を撒き散らしながら、陶器の皿が床に叩きつけられ……る寸前。
 ぴたっと皿が宙で止まった。皿は一拍遅れて落ちてきた料理をその身でキャッチすると、水平を維持したまま浮かび上がり、テーブルに戻った。
 目の前で起こった事象に理解が追いつかず呆然とする冒険者パーティに、リュリディアはさらりと言い放った。

「食事をする場所で騒ぐのはマナー違反よ。他のお客に迷惑」

 ちなみに、昼時を外れているので、店内にはリュリディアと冒険者パーティしかいない。

「い……今の君がやったのかい?」

 剣士の男に訊かれて、リュリディアは澄まし顔で、

「だったら? お皿を割らなかったお礼を言ってくれるのかしら?」

 不遜な金髪美少女に、男剣士は大興奮で駆け寄ってきた。

「すごいよ、君、魔法使いか!」

「まあね」

 もぐりだが。

「それじゃ、俺達のパーティに入らないかい!?」

「……はぃ?」

 唐突な誘いに、少女の声がひっくり返る。

「どうして? あなた達の仲間には、もう魔法使いがいるじゃない」

 紺のローブの彼は、明らかに魔法職だ。疑問を口にする彼女に、男剣士はにっこり微笑む。

「後衛は多くても困らないよ。君みたいな可愛い子が入れば、パーティの士気も上がると思うな」

 顔を近づけてくる彼は長身にサラサラ金髪のかなりの美形だ。離れた席の女性メンバーが刺すような視線を送ってくるが、美少女リュリディアは気づかない。

「私、研究職だから戦闘には不向きよ」

 やんわりお断りするが、

「火魔法とか使えないのかい?」

 剣士は怯まずぐいぐい来る。

「基礎教本に書いてある魔法は一応全部そらで言えるけど……」

「じゃあ大丈夫!」

 ……こっちは全然大丈夫ではない。

「この村の地下墓地カタコンベにアンデッドが出現するようになったって、駆除依頼が来たんだ。せっかくだから一緒に行こうよ」

「私、パーティ経験ないから」

「だったら尚更行くべき! 新しいことにチャレンジするのって、素敵なことだよ。今日は俺達についてくるだけでいいからさ。初心者にダンジョンの楽しさを教えるのも、俺達ベテラン冒険者の務めだからね」

「あなた達、ベテランなの?」

 皆、二十歳前後に見えるのに。

「結成は二年目だが、実績は十分さ」

 ビシッと親指を立てる男剣士。二年目では中堅とも呼べないのでは……? 冒険者の常識がイマイチ把握できなくて、リュリディアは混乱する。

「アンデッドはほんの十体ぐらいって話だから、俺達にとっては肝試し気分だよ。それとも、オバケが怖いのかい? お嬢さん」

 爽やかに煽られて、魔法使い令嬢は、

「いくわ」

 見事に乗せられてしまった。
 鉄火なところがリュリディアの短所だ。

「じゃ、決まりだね! 俺はスティーブだよ」

「……ディアよ」

「みんなに紹介するからおいで」

 促されて、リュリディアは席を立つ。
 ちらりと見た窓の外はまだ日が高い。

 ――暗くなる前に王都に戻れば、コウも心配しないわよね。

 ちょっぴり従者への罪悪感を抱えつつ、没落令嬢は自ら厄介事へと足を踏み入れた。
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