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26、没落令嬢と冒険者パーティ(6)
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「ディアさん!」
王都行きの乗合馬車の停留所までの道すがら、リュリディアは追いかけてきたイニアスに呼び止められた。
「あ、あの……僕もスティーブ達のパーティをやめてきました」
決意を籠めた言葉に、リュリディアは眉を顰めた。
「『やめた』じゃなく、『やめさせられて』なかった?」
「……うっ」
令嬢はいつだって容赦がない。
「スティーブには良くしてもらったから、こんな形でやめるのは不本意だったんだけど……」
ぼそぼそと言い募る男魔法使いに、女魔法使いは露骨に嫌な顔をした。
「スティーブって、あの出来の悪い扇動者のこと?」
「へ?」
「あなたを無能に仕立てて他のメンバーに貶めさせることでパーティの団結を高めてたでしょ。自分はあなたをフォローすることで寛大な統率者を装って。端から見ればバレバレだわ。生贄を作って集団心理を操るなんて、ありきたりな手法よ。離れて正解。あなたが居なくなったら、また他の攻撃対象を選ぶでしょうね」
「……」
「それに、たった一度のクエスト同伴だったけど、私はあなたが彼らの足手纏いだとは思わなかったわよ」
呆然とするイニアスに、リュリディアは続ける。
「ダンジョン内で速度増加や治癒魔法をかけてくれたのはあなたでしょう?」
「そうだけど……」
「やっぱり。でも、詠唱している素振りが見えなかったから不思議だったけど、これのせいよね」
彼女は彼のローブを指差した。
紺の絹地に銀の刺繍のそれは……。
「その模様、魔法の呪文が書かれているのね」
「そう、よく気づいたね」
イニアスは驚きに眉を跳ね上げた。
「このローブは、スティーブ達に知り合う前、とある遺跡で見つけた人工遺物。最初はただのローブだと思ってたんだけど、魔力のある者が刺繍の呪文に触ると魔法が発動するんだ」
だから詠唱反応がなかったのだ。
「呪文様式から見てグロー期の物。魔力を縒り糸にして刺繍したのね。よくできているわ」
リュリディアは近づいて、イニアスのゆったりとしたローブの布地に触れる。
「……でも」
彼女は刺繍糸の端を摘み、勢いよく引っ張った! 銀糸は紺の布からするすると抜けていく。
「わー! 何するんですか!」
刺繍を解かれ慌てる持ち主にお構いなしに、彼女は引き抜いた糸を眺める。
「大丈夫。糸の魔力に自分の魔力を同調させれば、切れたりしないわ」
事も無げに言うと、糸の先にふっと息を吹きかける。途端にピンと針のように固くなった糸で、またローブに模様を縫い付けていく。
「グロー期の魔法は、別名『冗長時代』って呼ばれてて、無駄に長くて回りくどい詩的な表現の呪文が多く作られたの。同じ効果でも、現代の呪文の方が簡素化されて効率的なのよ」
言いながらサクサクと新しい呪文模様を作り上げる。
「使ってみて」
促されてイニアスは新しい模様を手で叩く。その瞬間、ふわりと足元が軽くなる。これは速度増加の呪文だ。
「わ、今までより魔法の発動が速い!」
びっくり眼のイニアスに、リュリディアは満足気に頷く。
「呪文が短い文、魔法の発動も速くなったのよ」
魔法構築学は彼女の専門分野、これくらいはお手の物だ。
「他の模様も短く直していいかしら?」
「お願いします!」
イニアスは反射的に頼んでから、
「でも、なんで僕にこんなに良くしてくれるのでしょうか?」
「治癒魔法のお礼よ」
リュリディアは顔も上げずに言うと、他の刺繍も解いては刺し直すを繰り返す。
……本当は自分も治癒魔法が使えるとは、あえて伝えなかった。
速度増加・風盾・治癒・軽量化・浮遊。描かれていた模様を全部短縮形に書き換える。
「短くした分、糸が余ったわね。あと二つ、新しい呪文を刺繍しておきましょう」
彼女は勝手に火弾と浄水魔法を追加した。
「何から何までありがとうございました」
「こちらこそ。珍しい体験ができて楽しかったわ」
夕暮れの中、男女の魔法使いが握手を交わす。イニアスは名残惜しそうに手を繋いだまま、口を開いた。
「ディアさん。もしよかったら……僕とパーティを組んでくれませんか?」
王都行きの乗合馬車の停留所までの道すがら、リュリディアは追いかけてきたイニアスに呼び止められた。
「あ、あの……僕もスティーブ達のパーティをやめてきました」
決意を籠めた言葉に、リュリディアは眉を顰めた。
「『やめた』じゃなく、『やめさせられて』なかった?」
「……うっ」
令嬢はいつだって容赦がない。
「スティーブには良くしてもらったから、こんな形でやめるのは不本意だったんだけど……」
ぼそぼそと言い募る男魔法使いに、女魔法使いは露骨に嫌な顔をした。
「スティーブって、あの出来の悪い扇動者のこと?」
「へ?」
「あなたを無能に仕立てて他のメンバーに貶めさせることでパーティの団結を高めてたでしょ。自分はあなたをフォローすることで寛大な統率者を装って。端から見ればバレバレだわ。生贄を作って集団心理を操るなんて、ありきたりな手法よ。離れて正解。あなたが居なくなったら、また他の攻撃対象を選ぶでしょうね」
「……」
「それに、たった一度のクエスト同伴だったけど、私はあなたが彼らの足手纏いだとは思わなかったわよ」
呆然とするイニアスに、リュリディアは続ける。
「ダンジョン内で速度増加や治癒魔法をかけてくれたのはあなたでしょう?」
「そうだけど……」
「やっぱり。でも、詠唱している素振りが見えなかったから不思議だったけど、これのせいよね」
彼女は彼のローブを指差した。
紺の絹地に銀の刺繍のそれは……。
「その模様、魔法の呪文が書かれているのね」
「そう、よく気づいたね」
イニアスは驚きに眉を跳ね上げた。
「このローブは、スティーブ達に知り合う前、とある遺跡で見つけた人工遺物。最初はただのローブだと思ってたんだけど、魔力のある者が刺繍の呪文に触ると魔法が発動するんだ」
だから詠唱反応がなかったのだ。
「呪文様式から見てグロー期の物。魔力を縒り糸にして刺繍したのね。よくできているわ」
リュリディアは近づいて、イニアスのゆったりとしたローブの布地に触れる。
「……でも」
彼女は刺繍糸の端を摘み、勢いよく引っ張った! 銀糸は紺の布からするすると抜けていく。
「わー! 何するんですか!」
刺繍を解かれ慌てる持ち主にお構いなしに、彼女は引き抜いた糸を眺める。
「大丈夫。糸の魔力に自分の魔力を同調させれば、切れたりしないわ」
事も無げに言うと、糸の先にふっと息を吹きかける。途端にピンと針のように固くなった糸で、またローブに模様を縫い付けていく。
「グロー期の魔法は、別名『冗長時代』って呼ばれてて、無駄に長くて回りくどい詩的な表現の呪文が多く作られたの。同じ効果でも、現代の呪文の方が簡素化されて効率的なのよ」
言いながらサクサクと新しい呪文模様を作り上げる。
「使ってみて」
促されてイニアスは新しい模様を手で叩く。その瞬間、ふわりと足元が軽くなる。これは速度増加の呪文だ。
「わ、今までより魔法の発動が速い!」
びっくり眼のイニアスに、リュリディアは満足気に頷く。
「呪文が短い文、魔法の発動も速くなったのよ」
魔法構築学は彼女の専門分野、これくらいはお手の物だ。
「他の模様も短く直していいかしら?」
「お願いします!」
イニアスは反射的に頼んでから、
「でも、なんで僕にこんなに良くしてくれるのでしょうか?」
「治癒魔法のお礼よ」
リュリディアは顔も上げずに言うと、他の刺繍も解いては刺し直すを繰り返す。
……本当は自分も治癒魔法が使えるとは、あえて伝えなかった。
速度増加・風盾・治癒・軽量化・浮遊。描かれていた模様を全部短縮形に書き換える。
「短くした分、糸が余ったわね。あと二つ、新しい呪文を刺繍しておきましょう」
彼女は勝手に火弾と浄水魔法を追加した。
「何から何までありがとうございました」
「こちらこそ。珍しい体験ができて楽しかったわ」
夕暮れの中、男女の魔法使いが握手を交わす。イニアスは名残惜しそうに手を繋いだまま、口を開いた。
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