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22.捨てる決意

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 退職前の有給消化に入るまであと一週間となった日の朝、上司から呼び出された。

「気持ちに変わりがなければ、今日の朝礼で人事異動と一緒に部のみんなに言うようになるけど……その…柊木くんは上からの信頼も厚いし、『具合が悪いなら休職してもらって、戻って来てもらったら?』と社長も言ってくれているんだけど、どうする?」

 長く勤めた社員が自分が上司のタイミングでやめられるのが嫌なのだろう。
 きっと、先日報告会のあとに倒れたことを上に話し、体調不良であることを強調したに違いない。聖人は笑顔で答える。

「課長には本当にお世話になりました。他のフロアーの人には最終日にご挨拶に回りますね。あの…チームの3人を途中で放り出すようになってしまってすみません。引き継ぎはもうしっかりできてますし、皆仕事できるので、よろしくお願いします」
 
 
 *


 課全体の朝礼で人事異動が発表された。
 秋の時期の異動は人数が少ないのと、ある程度みんな次に誰が動くかわかっているので、それほど大きな混乱もない。
 課長が人事を読み上げているとき、ちらりと新太の方を振り返ると、俯いてなにかを堪えているようだった。
 振り返りざまに目があった小林が「わかってますよ」とばかりに笑顔で頷いたので、思わず苦笑いをして課長の方を向き直した。

「――――あと、最後に柊木くんが今月末を持って退社する。来週からは有給消化になるので、引き継ぎ等きちんとしておいてほしい。以上だ」

「…………は?」

 フロアが静まり返った。

「……どういうこと?」

 沈黙のあとの混乱。笑顔の聖人以外は動揺でしばらくざわついていた。
 デスクに戻って3人に謝る。

「はは、発表まで言えなくてごめんね。まぁ、みんなは課長のチームに加わるような形になるし、引き継ぎはできてるから大丈夫だと思うけど。一応、困らないように、手順とかはまとめてあるから、わからないことあったら今週中に聞いて?迷惑かけて申し訳ないけど、よろしくね」

「いや、あの…柊木さん?なんで…」

 小林と原が戸惑っていた。
 新太は絶句して言葉が出てないようでぽかんと聖人を見ていた。
 久しぶりに正面から見つめられると、少し照れくさくて、まだこの恋心を捨てきれていない自分に呆れた。だが、きっと離れれば時間が解決してくれる。

「取引先に挨拶もあるから、小林くん、日程表にあげている予定以外で都合悪い日があったら先に教えて?」

 これ以上聖人から説明することもなくて、デスクに戻り、引き継ぎの資料を作り始めると、入口付近で騒ぐ声が聞こえた。

「聖人!!お前、どういうことだよ!?」

 見ると、春永だった。

「春永さん、出張ですか?」

「はぁぁぁぁ!?お前、何言ってんだ、ふざけんなよっ!!!!昨日の夜、人事の書類見て慌てて朝イチの新幹線飛び乗ってきたんだよ!!てか、お前!!説明しろよっ!!」

 胸ぐらを掴み、まくし立てる春永に聖人はため息をつきながら、穏やかに話す。
 一般社員には異動と定年退職以外の発表はされないのだが、一定以上の役職になると毎月の退職者のリストももらうのだろう。

「はぁ…別に特に説明もないんですけど、ちょっと注目されるのもなんなんで、会議室に移動しましょうか?」

 春永さえ納得すれば、この騒ぎは収まるだろう。
 納得しなかったとしても、今更退職を取り消すのは無理だが。

「お前、俺と働くのがそんなに嫌か!?嫌だったら、俺がなんとかするから、無理にプロジェクトに参加しなくても構わないのに!なのに退職なんてどうして…」

 会議室に入るなり、まくし立てる春永。
 その言葉を聞いて、(やはり新プロジェクトのメンバーにほぼ決まっていたんだな)と、なんの感慨もなく思った。
 周りがパニックになればなるほど自分は冷静になっていく。
 こうして仕事だけでも、惜しんでくれる人がいるのは嬉しいな、と自然と笑顔になった。
 この会社しか知らないけれど、頑張ってきた時間は無駄ではなかったし、よい仕事仲間にも恵まれた。

「いえ、春永さんは関係ないです。本当に僕の自己都合なんですよ。たくさんお世話になったのに、お返しできなくてすみませんでした。」

「そうじゃねぇだろ!?お前、なにがあった!?くそっ…なんでこんなことにっ!!!!」

 デスクを思い切り叩いて、悔しがる。
 恋愛ではうまくいかなかったけれど、男気あふれるよい上司に恵まれた。


 *


「柊木さん、体調どうっすか?もし今日、大丈夫だったら二人で飲みに行きません?その…あとちょっとしかないし…」
 
 定時を迎える少し前、小林が隣のデスクからこっそり声をかけてきた。部署で送別会を開くと言われたが、辞める気まずさを体調不良とごまかして断った。
 こんな風に逃げるように辞めるのも寂しかったが、それも自分の選択だからしょうがないと思っていた。だが、小林と二人でだったら気が楽そうだ。それに、中途採用の小林に他の会社の様子とかを聞きたいと思っていた。この年齢じゃ再就職は難しいかもしれないが。

「え?僕は大丈夫だけど…でも、小林くん、家庭は大丈夫?」

「うちの奥さんには連絡してあるんで大丈夫っす」

「私も行きます」

 突然背後から声がして、小林と二人で驚いて振り返る。

「うわっ!!原さん、急に背後に立たないでよ!!ビビったぁ~!!!!てか、原さん、し~!!!!皆にバレるから!!!」

 デスクの影に隠れて、三人でこそこそ話をする。

「てか、原さん、子供さんのお迎えは?旦那さんは大丈夫なの?」

「実家の両親にお願いするんで、ご心配なく。あと旦那はおりません」

「あ、そう?って…はぁ!?え?どういうこと!?」

「離婚しておりますので…って、私のことなんてどうだってよいのです。私も参加しますので、私、店決めていいですか?席予約しておきますので」

「「はい…」」

 原の勢いに圧倒されてぽかんと後ろ姿を見つめる二人だったが、そんな二人に原は思い出したように、くるっと振り返りびしっと言った。

「あ、経費精算の書類、明日までなんでっ!!お二人、遅れず提出してくださいねっ!!特に小林氏っ!!」

「はいぃぃぃ!!!!」

 原と小林のいつも通りのやり取りに安心して思わず笑った。半年程度の短い期間だったけど、よいチームだった。こんな日常もきっと恋しくなるんだろう。

 原が戻っていったデスクの正面には新太の席がある。今は席にはいなかった。
 退職について驚いていたみたいだが、なにも言わなかった。
 失恋で仕事を辞めるなんて女々しいヤツだと幻滅しただろうか。
 それとも、もう聖人がやめようがどうしようが、興味なんてないかもしれない。
 いつでも考えるのは新太のことばかりだ。
 



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