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第一章 序章~闇~ 章介
4.親切な男
気が付けば、家から少し離れた角打ちの店で飲んでいた。
この時間でも開いている唯一の店。
だが以前ツケをためすぎたため、俺には現金でしか酒を出してくれない。
――あぁ、そうだ。あの時も初世を実家にやり、俺の父親から金を借りさせて、支払いをしたんだった。
嫌なことを思い出した。店の隅にいても、店の親父の冷たい視線を感じて肩身が狭い。
俺は、目の前に置かれたショットの『電気ブラン』を一気にあおった。
『電気ブラン』と言っても、有名な神谷バーのそれじゃない。
こんな角打ちで出すものはそれに似せて作ったもっと安い酒。
誰かが『偽電気ブラン』と呼んでいるが中身はよくわからない。
本物だろうが偽物だろうがなんでもよかった。さっさと酔っぱらってこの現実から目をそらしたい。
口の中にスパイスの香りと共に粘りつくような甘味が広がる。そして熱い液体が食道に流れ込んで、体中の体温がかっと上がった。
このまま気絶できたらいいのに。
目覚めてすべては夢だったら。
そしたら俺はきっと世界に優しくできる。
だが人生はそんなに簡単じゃない。そうであれば、俺はこんな風になっていなかった。
何杯か飲んだところで、俺は店から追い出された。
金はまだあるという俺に、店の親父は「閉店だ」と言った。
そして「さっさと帰りな。あんないい奥さんをあんまり泣かせるもんじゃねぇ」と付け加えた。
「けっ、何も知らないくせに。こんな店二度と来るか」
俺は悪態をついた。親父に聞こえていたかどうかはわからない。
そんなことはどうでもよかった。
だって俺には行くところがないのだから。
俺は義成の店の勝手口を叩いた。
「おぉーい、義成ー。起きてるかぁ? 起きろー」
近所迷惑になりそうな程大声を張り上げて、二階で寝ているであろう義成を呼ぶ。
すぐに二階の窓が開いて、義成が顔を出した。
俺の姿を認めると、しばらくして勝手口の扉が開かれた。
「お前、帰ったんじゃないのか?」
「帰れないんだよ……」
足元がふらついて、思わず義成に縋った。
首に手を回せば、初世の男ともつれ、崩れ落ちていく姿と自分が重なった。
俺があまりに不甲斐ないから、支えを求めたのか。
そうだ。初世も今の俺の様に酔っていて体勢を崩しただけかもしれない。
それを俺が勘違いして……。
そうだったらどんなにか良いだろう。
「初世さん、そんなに怒っているのか?」
「いや、その、まぁ……あ、富栄ちゃんはちゃんと送り届けたぞ? だから……」
俺はなぜか「褒めてくれ」と言っていた。
俺の中に残るわずかな良心を認めてもらいたかった。
俺が悪いんじゃない。世界が俺に優しくないのだ。
そう思うのだが、乗り込んで真偽を確かめることすらできなかった俺の敗北は決まっている。
その不甲斐なさをごまかすために酒に逃げた。どうしようもなく自分が惨めで嫌でたまらなかった。
俺の言葉を義成は「泊めてくれ」と聞き取ったのだろう。
「……大成が寝ているんだ。静かにしてくれよ? あと、布団に入る前にその泥を落とせ」
言われて自分が泥まみれであることに気づいた。
義成がお湯を沸かしてくれて、寝巻きの浴衣を置いて、一通り風呂の準備を整えると二階へ上がっていった。
俺はたらいにその湯を注ぎ、手桶で全身の汚れを落とした。
気が付けば皮膚が赤くなるほど、何度も何度もこすっていた。
先ほどやけくそで飲んだ酒は俺の身体には多すぎたらしく、途中何度も吐き気をもよおした。
その度に、水を飲み、這々の体でやっと店の二階の居住スペースへたどり着いた。
先ほど真ん中に敷かれていた布団は少し端に寄せられ、二つの布団が並んでいる。
義成は子供に寄り添って同じ布団で寝ていて、その隣には少し間をあけて俺の分と思われる布団が敷かれていた。
ごろりと横になった。
だが、目をつむれば、初世のあの姿が、あの声が脳裏に焼き付いて離れない。
貞淑だと信じていた妻の、女の顔。
義成と子供の寝息が聞こえてきた。幸せな親子の姿だった。
隣から、俺を包む布団から、いや、部屋全体から義成の香りがする。
俺とは違う、誠実さの象徴ともいうべき香り。
ふと俺は、この男は果たして本当に一度も奥さんを裏切ったことがないのだろうか、と疑念が湧いた。
長い付き合いになるが、この男から異性の話を聞いたのは、後にも先にも亡くなった奥さんとのことだけ。
本当にそんな男などいるのか?
それとも、俺に話す価値などないと思っていたのか?
そんなことを考えていたら、俺はいつの間にか義成の布団の中に手を伸ばしていた。
そしてはだけた浴衣の間に手を入れた。綿素材のブリーフの上から股間を撫でる。
無防備でやわらかいそれは数回なぞるとぴくりと反応した。その肉棒を布越しに扱くように指で挟むと、義成のペニスは固さを増し、緩やかに勃ち始めた。
(ほら、人間なぞ一皮むけば同じだ)
俺はにやりと笑った。
この時間でも開いている唯一の店。
だが以前ツケをためすぎたため、俺には現金でしか酒を出してくれない。
――あぁ、そうだ。あの時も初世を実家にやり、俺の父親から金を借りさせて、支払いをしたんだった。
嫌なことを思い出した。店の隅にいても、店の親父の冷たい視線を感じて肩身が狭い。
俺は、目の前に置かれたショットの『電気ブラン』を一気にあおった。
『電気ブラン』と言っても、有名な神谷バーのそれじゃない。
こんな角打ちで出すものはそれに似せて作ったもっと安い酒。
誰かが『偽電気ブラン』と呼んでいるが中身はよくわからない。
本物だろうが偽物だろうがなんでもよかった。さっさと酔っぱらってこの現実から目をそらしたい。
口の中にスパイスの香りと共に粘りつくような甘味が広がる。そして熱い液体が食道に流れ込んで、体中の体温がかっと上がった。
このまま気絶できたらいいのに。
目覚めてすべては夢だったら。
そしたら俺はきっと世界に優しくできる。
だが人生はそんなに簡単じゃない。そうであれば、俺はこんな風になっていなかった。
何杯か飲んだところで、俺は店から追い出された。
金はまだあるという俺に、店の親父は「閉店だ」と言った。
そして「さっさと帰りな。あんないい奥さんをあんまり泣かせるもんじゃねぇ」と付け加えた。
「けっ、何も知らないくせに。こんな店二度と来るか」
俺は悪態をついた。親父に聞こえていたかどうかはわからない。
そんなことはどうでもよかった。
だって俺には行くところがないのだから。
俺は義成の店の勝手口を叩いた。
「おぉーい、義成ー。起きてるかぁ? 起きろー」
近所迷惑になりそうな程大声を張り上げて、二階で寝ているであろう義成を呼ぶ。
すぐに二階の窓が開いて、義成が顔を出した。
俺の姿を認めると、しばらくして勝手口の扉が開かれた。
「お前、帰ったんじゃないのか?」
「帰れないんだよ……」
足元がふらついて、思わず義成に縋った。
首に手を回せば、初世の男ともつれ、崩れ落ちていく姿と自分が重なった。
俺があまりに不甲斐ないから、支えを求めたのか。
そうだ。初世も今の俺の様に酔っていて体勢を崩しただけかもしれない。
それを俺が勘違いして……。
そうだったらどんなにか良いだろう。
「初世さん、そんなに怒っているのか?」
「いや、その、まぁ……あ、富栄ちゃんはちゃんと送り届けたぞ? だから……」
俺はなぜか「褒めてくれ」と言っていた。
俺の中に残るわずかな良心を認めてもらいたかった。
俺が悪いんじゃない。世界が俺に優しくないのだ。
そう思うのだが、乗り込んで真偽を確かめることすらできなかった俺の敗北は決まっている。
その不甲斐なさをごまかすために酒に逃げた。どうしようもなく自分が惨めで嫌でたまらなかった。
俺の言葉を義成は「泊めてくれ」と聞き取ったのだろう。
「……大成が寝ているんだ。静かにしてくれよ? あと、布団に入る前にその泥を落とせ」
言われて自分が泥まみれであることに気づいた。
義成がお湯を沸かしてくれて、寝巻きの浴衣を置いて、一通り風呂の準備を整えると二階へ上がっていった。
俺はたらいにその湯を注ぎ、手桶で全身の汚れを落とした。
気が付けば皮膚が赤くなるほど、何度も何度もこすっていた。
先ほどやけくそで飲んだ酒は俺の身体には多すぎたらしく、途中何度も吐き気をもよおした。
その度に、水を飲み、這々の体でやっと店の二階の居住スペースへたどり着いた。
先ほど真ん中に敷かれていた布団は少し端に寄せられ、二つの布団が並んでいる。
義成は子供に寄り添って同じ布団で寝ていて、その隣には少し間をあけて俺の分と思われる布団が敷かれていた。
ごろりと横になった。
だが、目をつむれば、初世のあの姿が、あの声が脳裏に焼き付いて離れない。
貞淑だと信じていた妻の、女の顔。
義成と子供の寝息が聞こえてきた。幸せな親子の姿だった。
隣から、俺を包む布団から、いや、部屋全体から義成の香りがする。
俺とは違う、誠実さの象徴ともいうべき香り。
ふと俺は、この男は果たして本当に一度も奥さんを裏切ったことがないのだろうか、と疑念が湧いた。
長い付き合いになるが、この男から異性の話を聞いたのは、後にも先にも亡くなった奥さんとのことだけ。
本当にそんな男などいるのか?
それとも、俺に話す価値などないと思っていたのか?
そんなことを考えていたら、俺はいつの間にか義成の布団の中に手を伸ばしていた。
そしてはだけた浴衣の間に手を入れた。綿素材のブリーフの上から股間を撫でる。
無防備でやわらかいそれは数回なぞるとぴくりと反応した。その肉棒を布越しに扱くように指で挟むと、義成のペニスは固さを増し、緩やかに勃ち始めた。
(ほら、人間なぞ一皮むけば同じだ)
俺はにやりと笑った。
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