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第二章 本編~迷走~ 章介
4.裏切り
亡くなった奥さんの法要で、義成と大成は朝から寺へ出掛けていた。
俺も久しぶりに家へ帰る事にした。
今は初世一人で住んでいるはずだ。
互いに今後のことも話し合わなければいけないと、俺は珍しく使命感に燃えていた。
――今更初世を責める気持ちはない。自分だってそうなのだから自業自得だ。すべては自分の弱さが悪いのだ。
そう初世には伝えるつもりだった。
『男の浮気より女の浮気のほうがタチが悪い。浮気の原因を作った嫁に問題があるのだ』
どこかそんな女性を見下すような、相変わらずの他責思考があったと思う。
それでも、今までなら真剣に誰かと向き合う事から逃げていたのに、立ち向かおうとする勇気がでただけで、自分がとても成長したような気持ちになっていた。
義成との関係が、ぎくしゃくしながらも表面上は元に戻ったようであったし、義成があの日のことに触れないから、他の人もそうであると俺は勘違いをしていたのだ。
家に着く頃には、初世の浮気も、もしかしたら俺の勘違いだったのかもしれない、とすら思い込もうとしていた。
俺は世界に絶望するフリをして、悲劇のヒーローを気取って、人や世間を信じ、甘えきっていた。
――そうだ、あんな貞淑な妻が浮気をするはずなんてない。
だんだん自分の勘違いを笑うくらいの境地にまで至っていた。
久しぶりの我が家が見えて、かつて仲睦まじい夫婦だといわれていた時の様にからりと戸口を開けた。
だが、そこにあった靴を見て俺の心臓がどくりと脈打った。
あの晩と同じ革靴。
玄関に続く居間の、そこに続く寝室から聞こえる押し殺した妻の喘ぎ声。
あの日のように逃げ出せばよかったのだ。
だが、散々勇気を奮い立たせて帰宅した俺は、よせばいいのに、息を潜めて声のする部屋を覗いた。
そこには裸で抱き合う妻と――小舘。
「先生の作品を待っています」
そう爽やかに言った年下の男は、俺を裏切って妻と関係を持っていた。
――あぁ、だからなのだ。
考えてみればわかるじゃないか。
あんな深夜に、俺の家に来てもおかしくない人物なんて限られている。
――いつからだ? いつから二人は関係を持っていた?
俺が書斎で執筆している時、二人は何をしていたんだ?
腰が抜けてしまい、俺は這いながら家をでた。
「なにか音がしない?」
奥から妻の声がした。続いて襖を開ける音。
俺は二人に見つかるすんでのところで玄関の外へ這い出て、口に手を当て、気配を消した。
そこから俺は一目散に義成の家へ駆け出した。
「嘘だ! 嘘だ! 嘘だ!」と口走りながら。
周りからは狂人のように見えただろう。俺の行手を阻むものはいなかった。皆が俺を避けた。
俺は義成の店に着くと、客のいない薄暗い店内で掴んだ一升瓶の酒を常温のままコップに注ぎ、一気に飲んだ。
手が震えて、手や机にたくさん溢れていた。
――裏切り者! 裏切り者!
俺はずっと裏切られていたのだ。俺は自分の事など棚に上げて、二人を責めた。
――俺は悪くない。世界は俺が裏切る前から、ずっと俺を裏切っていたのだ。
思考が絡まり合って、自分を肯定し、世界を責める恨み節ばかりが後から後から湧いてくる。
俺が見ているすべては、皆うそで塗り固められたもの。
俺は自然と泣いていた。
どう生きていけば良いのかわからない。
勝手口が開いて、喪服姿の義成が帰ってきた。大成はいなかった。
「章介、そこにいるのか? 電気もつけずになにを……え? お前、どうした……?」
「義成っ……俺、俺は……どうしたら……」
義成の胸に縋り、その体温を感じると、また涙が溢れてきて、俺はわんわんと子供のように泣いた。
義成は、泣きじゃくる俺を二階へと連れて行った。
なぜ世界はこんなにも残酷なのだろう。
誰も信じられない。
俺は唯一信じられるものを抱きしめた。
「……お前は、俺を……う、裏切らないよな?」
震える俺をずっと抱きしめて、子供をあやすように背中を撫でてくれている親友の手が止まった。
だが俺はそんな事にも気づかず泣きじゃくっていた。
俺も久しぶりに家へ帰る事にした。
今は初世一人で住んでいるはずだ。
互いに今後のことも話し合わなければいけないと、俺は珍しく使命感に燃えていた。
――今更初世を責める気持ちはない。自分だってそうなのだから自業自得だ。すべては自分の弱さが悪いのだ。
そう初世には伝えるつもりだった。
『男の浮気より女の浮気のほうがタチが悪い。浮気の原因を作った嫁に問題があるのだ』
どこかそんな女性を見下すような、相変わらずの他責思考があったと思う。
それでも、今までなら真剣に誰かと向き合う事から逃げていたのに、立ち向かおうとする勇気がでただけで、自分がとても成長したような気持ちになっていた。
義成との関係が、ぎくしゃくしながらも表面上は元に戻ったようであったし、義成があの日のことに触れないから、他の人もそうであると俺は勘違いをしていたのだ。
家に着く頃には、初世の浮気も、もしかしたら俺の勘違いだったのかもしれない、とすら思い込もうとしていた。
俺は世界に絶望するフリをして、悲劇のヒーローを気取って、人や世間を信じ、甘えきっていた。
――そうだ、あんな貞淑な妻が浮気をするはずなんてない。
だんだん自分の勘違いを笑うくらいの境地にまで至っていた。
久しぶりの我が家が見えて、かつて仲睦まじい夫婦だといわれていた時の様にからりと戸口を開けた。
だが、そこにあった靴を見て俺の心臓がどくりと脈打った。
あの晩と同じ革靴。
玄関に続く居間の、そこに続く寝室から聞こえる押し殺した妻の喘ぎ声。
あの日のように逃げ出せばよかったのだ。
だが、散々勇気を奮い立たせて帰宅した俺は、よせばいいのに、息を潜めて声のする部屋を覗いた。
そこには裸で抱き合う妻と――小舘。
「先生の作品を待っています」
そう爽やかに言った年下の男は、俺を裏切って妻と関係を持っていた。
――あぁ、だからなのだ。
考えてみればわかるじゃないか。
あんな深夜に、俺の家に来てもおかしくない人物なんて限られている。
――いつからだ? いつから二人は関係を持っていた?
俺が書斎で執筆している時、二人は何をしていたんだ?
腰が抜けてしまい、俺は這いながら家をでた。
「なにか音がしない?」
奥から妻の声がした。続いて襖を開ける音。
俺は二人に見つかるすんでのところで玄関の外へ這い出て、口に手を当て、気配を消した。
そこから俺は一目散に義成の家へ駆け出した。
「嘘だ! 嘘だ! 嘘だ!」と口走りながら。
周りからは狂人のように見えただろう。俺の行手を阻むものはいなかった。皆が俺を避けた。
俺は義成の店に着くと、客のいない薄暗い店内で掴んだ一升瓶の酒を常温のままコップに注ぎ、一気に飲んだ。
手が震えて、手や机にたくさん溢れていた。
――裏切り者! 裏切り者!
俺はずっと裏切られていたのだ。俺は自分の事など棚に上げて、二人を責めた。
――俺は悪くない。世界は俺が裏切る前から、ずっと俺を裏切っていたのだ。
思考が絡まり合って、自分を肯定し、世界を責める恨み節ばかりが後から後から湧いてくる。
俺が見ているすべては、皆うそで塗り固められたもの。
俺は自然と泣いていた。
どう生きていけば良いのかわからない。
勝手口が開いて、喪服姿の義成が帰ってきた。大成はいなかった。
「章介、そこにいるのか? 電気もつけずになにを……え? お前、どうした……?」
「義成っ……俺、俺は……どうしたら……」
義成の胸に縋り、その体温を感じると、また涙が溢れてきて、俺はわんわんと子供のように泣いた。
義成は、泣きじゃくる俺を二階へと連れて行った。
なぜ世界はこんなにも残酷なのだろう。
誰も信じられない。
俺は唯一信じられるものを抱きしめた。
「……お前は、俺を……う、裏切らないよな?」
震える俺をずっと抱きしめて、子供をあやすように背中を撫でてくれている親友の手が止まった。
だが俺はそんな事にも気づかず泣きじゃくっていた。
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