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第二章 本編~迷走~ 章介
6.追い打ち
そうやっていろいろなものから目を背けて俺は生きてきた。
まともな倫理観など持ち合わせていない俺が、人を……初世と小舘の浮気を責める資格などとうにないではないか。自分だって……。
だが俺は間違いなく傷ついている。
自分が他人にしてきたことを棚に上げて、それだけは紛うことなき真実だった。
抱きしめてくれる義成に俺はかすれた声で尋ねた。
「お、お前は、人を裏切ったことはあるか? お前に限ってそんなことはないよな?」と。
この世の中で唯一信じられる人間は、もはや義成しか残っていなかった。
だが義成は、しばらくの沈黙の後、ゆっくりと言った。
「……あるよ」と。
俺は思わず義成を突き放した。
だが義成の厚い胸板は、弱々しい俺の抵抗にびくともしなかった。
――お前もなのか?
何もかもが信じられなかった。
俺が清らかだと思っていたものすべて、幻想だったのだ。ならば俺がこれだけ汚く醜いのもしょうがないではないか。世界はこんなに汚いのだから。
――違ったのだ。
俺は手で顔を覆い、鼻水を垂らして泣いた。子供のように泣きじゃくって、そしてなぜかおかしくなってきた。
泣き顔のまま、俺はひっひっひっと、しゃくりあげるような笑い声を漏らした。
俺だけが『はずれ』だったのではない。みんな『はずれ』なのだ。
俺と世間の違いはその『はずれ』を上手に隠せているかどうか。
ただそれだけだったのだ。
安心しろ。世間は俺と同じように、みんな、汚い。
何万回自分に言い聞かせても、自分がどれだけ汚くても、どれだけ孤独でも、俺はどこかに天国があると信じていた。
義成は、気でも違ったかのように泣き笑い続ける俺の両頬に手を当て、自分の方を向かせた。
怒気を含んだ義成の顔が数センチの距離にまで近づく。
驚きで一瞬涙が引っ込む。俺は目を逸らすこともできずに涙に潤む瞳で義成を見つめ返した。
「お前が被害者面するな。お前の不誠実さが、周りを裏切らせているんだ」
絶望の底にいる俺に、追い討ちをかけて義成は言った。
その声や表情から、義成の怒りが痛いほど肌に伝わってきた。俺の心臓がきゅっと縮こまり、全身の血の気が引くのがわかった。
「お前は、知っていたのか?」
初世と小舘の不倫を……。
「……なんの話だ?」
義成は眉をしかめた。
本当に知らないのだろうか? とぼけているのか? いや、だが……。
「初世が……浮気をしている……」
義成が一瞬理解できなかったように首を傾げ、そして絶句した。
口をぽかんと開け、目を見開いている。
「……は? 初世さんが? そんな……だってあんなにお前のことを愛していて……お前の勘違いじゃないのか?」
初世の肩を持ち、俺の言葉を信じてくれない義成に、俺は無性に腹が立った。
女々しいと思いながらも子供が駄々をこねるように怒鳴ってしまう。
「小舘と浮気していたんだよ! あいつら二人で、俺を馬鹿にして笑いものにしていたんだ!」
言葉にすると俺の卑屈で歪んだ認知が露わになる。
「み、見間違いじゃないのか?」
戸惑う義成に俺はぽつりぽつりと話しはじめた。
義成が二人分のお茶を淹れている。
聞いていないわけじゃない。動揺を隠しているのだ。
義成がいつも使っている藍色の湯呑みと、俺専用の白い菊の絵が描かれた湯呑みをちゃぶ台の上に並べて置いた。
この湯呑みは、富栄に追い出されてここへきてからずっと、俺が使っているものだ。少し茶渋で汚れたそれをぼんやりと見つめながら、両手で包む。
指先に少し熱すぎる熱が伝わってきて、俺の高ぶっていた感情も少しずつ落ち着き始めた。
加えて、正しく伝えようと順序だてて考えれば、頭の中が整理されていく。
そして改めて痛感する自分の不甲斐なさ。
(どこまでも俺は愚かで臆病でどうしようもない)
そんな底なしの自己嫌悪、弱さを自覚しながらも、目の前の義成に少しでも俺の境遇を同情して欲しくて、軽蔑されたくなくて、自分を庇うような言葉を節々に入れて俺は今までの出来事を説明した。
まともな倫理観など持ち合わせていない俺が、人を……初世と小舘の浮気を責める資格などとうにないではないか。自分だって……。
だが俺は間違いなく傷ついている。
自分が他人にしてきたことを棚に上げて、それだけは紛うことなき真実だった。
抱きしめてくれる義成に俺はかすれた声で尋ねた。
「お、お前は、人を裏切ったことはあるか? お前に限ってそんなことはないよな?」と。
この世の中で唯一信じられる人間は、もはや義成しか残っていなかった。
だが義成は、しばらくの沈黙の後、ゆっくりと言った。
「……あるよ」と。
俺は思わず義成を突き放した。
だが義成の厚い胸板は、弱々しい俺の抵抗にびくともしなかった。
――お前もなのか?
何もかもが信じられなかった。
俺が清らかだと思っていたものすべて、幻想だったのだ。ならば俺がこれだけ汚く醜いのもしょうがないではないか。世界はこんなに汚いのだから。
――違ったのだ。
俺は手で顔を覆い、鼻水を垂らして泣いた。子供のように泣きじゃくって、そしてなぜかおかしくなってきた。
泣き顔のまま、俺はひっひっひっと、しゃくりあげるような笑い声を漏らした。
俺だけが『はずれ』だったのではない。みんな『はずれ』なのだ。
俺と世間の違いはその『はずれ』を上手に隠せているかどうか。
ただそれだけだったのだ。
安心しろ。世間は俺と同じように、みんな、汚い。
何万回自分に言い聞かせても、自分がどれだけ汚くても、どれだけ孤独でも、俺はどこかに天国があると信じていた。
義成は、気でも違ったかのように泣き笑い続ける俺の両頬に手を当て、自分の方を向かせた。
怒気を含んだ義成の顔が数センチの距離にまで近づく。
驚きで一瞬涙が引っ込む。俺は目を逸らすこともできずに涙に潤む瞳で義成を見つめ返した。
「お前が被害者面するな。お前の不誠実さが、周りを裏切らせているんだ」
絶望の底にいる俺に、追い討ちをかけて義成は言った。
その声や表情から、義成の怒りが痛いほど肌に伝わってきた。俺の心臓がきゅっと縮こまり、全身の血の気が引くのがわかった。
「お前は、知っていたのか?」
初世と小舘の不倫を……。
「……なんの話だ?」
義成は眉をしかめた。
本当に知らないのだろうか? とぼけているのか? いや、だが……。
「初世が……浮気をしている……」
義成が一瞬理解できなかったように首を傾げ、そして絶句した。
口をぽかんと開け、目を見開いている。
「……は? 初世さんが? そんな……だってあんなにお前のことを愛していて……お前の勘違いじゃないのか?」
初世の肩を持ち、俺の言葉を信じてくれない義成に、俺は無性に腹が立った。
女々しいと思いながらも子供が駄々をこねるように怒鳴ってしまう。
「小舘と浮気していたんだよ! あいつら二人で、俺を馬鹿にして笑いものにしていたんだ!」
言葉にすると俺の卑屈で歪んだ認知が露わになる。
「み、見間違いじゃないのか?」
戸惑う義成に俺はぽつりぽつりと話しはじめた。
義成が二人分のお茶を淹れている。
聞いていないわけじゃない。動揺を隠しているのだ。
義成がいつも使っている藍色の湯呑みと、俺専用の白い菊の絵が描かれた湯呑みをちゃぶ台の上に並べて置いた。
この湯呑みは、富栄に追い出されてここへきてからずっと、俺が使っているものだ。少し茶渋で汚れたそれをぼんやりと見つめながら、両手で包む。
指先に少し熱すぎる熱が伝わってきて、俺の高ぶっていた感情も少しずつ落ち着き始めた。
加えて、正しく伝えようと順序だてて考えれば、頭の中が整理されていく。
そして改めて痛感する自分の不甲斐なさ。
(どこまでも俺は愚かで臆病でどうしようもない)
そんな底なしの自己嫌悪、弱さを自覚しながらも、目の前の義成に少しでも俺の境遇を同情して欲しくて、軽蔑されたくなくて、自分を庇うような言葉を節々に入れて俺は今までの出来事を説明した。
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