11 / 39
第二章 本編~迷走~ 章介
6.追い打ち
しおりを挟む
そうやっていろいろなものから目を背けて俺は生きてきた。
まともな倫理観など持ち合わせていない俺が、人を……初世と小舘の浮気を責める資格などとうにないではないか。自分だって……。
だが俺は間違いなく傷ついている。
自分が他人にしてきたことを棚に上げて、それだけは紛うことなき真実だった。
抱きしめてくれる義成に俺はかすれた声で尋ねた。
「お、お前は、人を裏切ったことはあるか? お前に限ってそんなことはないよな?」と。
この世の中で唯一信じられる人間は、もはや義成しか残っていなかった。
だが義成は、しばらくの沈黙の後、ゆっくりと言った。
「……あるよ」と。
俺は思わず義成を突き放した。
だが義成の厚い胸板は、弱々しい俺の抵抗にびくともしなかった。
――お前もなのか?
何もかもが信じられなかった。
俺が清らかだと思っていたものすべて、幻想だったのだ。ならば俺がこれだけ汚く醜いのもしょうがないではないか。世界はこんなに汚いのだから。
――違ったのだ。
俺は手で顔を覆い、鼻水を垂らして泣いた。子供のように泣きじゃくって、そしてなぜかおかしくなってきた。
泣き顔のまま、俺はひっひっひっと、しゃくりあげるような笑い声を漏らした。
俺だけが『はずれ』だったのではない。みんな『はずれ』なのだ。
俺と世間の違いはその『はずれ』を上手に隠せているかどうか。
ただそれだけだったのだ。
安心しろ。世間は俺と同じように、みんな、汚い。
何万回自分に言い聞かせても、自分がどれだけ汚くても、どれだけ孤独でも、俺はどこかに天国があると信じていた。
義成は、気でも違ったかのように泣き笑い続ける俺の両頬に手を当て、自分の方を向かせた。
怒気を含んだ義成の顔が数センチの距離にまで近づく。
驚きで一瞬涙が引っ込む。俺は目を逸らすこともできずに涙に潤む瞳で義成を見つめ返した。
「お前が被害者面するな。お前の不誠実さが、周りを裏切らせているんだ」
絶望の底にいる俺に、追い討ちをかけて義成は言った。
その声や表情から、義成の怒りが痛いほど肌に伝わってきた。俺の心臓がきゅっと縮こまり、全身の血の気が引くのがわかった。
「お前は、知っていたのか?」
初世と小舘の不倫を……。
「……なんの話だ?」
義成は眉をしかめた。
本当に知らないのだろうか? とぼけているのか? いや、だが……。
「初世が……浮気をしている……」
義成が一瞬理解できなかったように首を傾げ、そして絶句した。
口をぽかんと開け、目を見開いている。
「……は? 初世さんが? そんな……だってあんなにお前のことを愛していて……お前の勘違いじゃないのか?」
初世の肩を持ち、俺の言葉を信じてくれない義成に、俺は無性に腹が立った。
女々しいと思いながらも子供が駄々をこねるように怒鳴ってしまう。
「小舘と浮気していたんだよ! あいつら二人で、俺を馬鹿にして笑いものにしていたんだ!」
言葉にすると俺の卑屈で歪んだ認知が露わになる。
「み、見間違いじゃないのか?」
戸惑う義成に俺はぽつりぽつりと話しはじめた。
義成が二人分のお茶を淹れている。
聞いていないわけじゃない。動揺を隠しているのだ。
義成がいつも使っている藍色の湯呑みと、俺専用の白い菊の絵が描かれた湯呑みをちゃぶ台の上に並べて置いた。
この湯呑みは、富栄に追い出されてここへきてからずっと、俺が使っているものだ。少し茶渋で汚れたそれをぼんやりと見つめながら、両手で包む。
指先に少し熱すぎる熱が伝わってきて、俺の高ぶっていた感情も少しずつ落ち着き始めた。
加えて、正しく伝えようと順序だてて考えれば、頭の中が整理されていく。
そして改めて痛感する自分の不甲斐なさ。
(どこまでも俺は愚かで臆病でどうしようもない)
そんな底なしの自己嫌悪、弱さを自覚しながらも、目の前の義成に少しでも俺の境遇を同情して欲しくて、軽蔑されたくなくて、自分を庇うような言葉を節々に入れて俺は今までの出来事を説明した。
まともな倫理観など持ち合わせていない俺が、人を……初世と小舘の浮気を責める資格などとうにないではないか。自分だって……。
だが俺は間違いなく傷ついている。
自分が他人にしてきたことを棚に上げて、それだけは紛うことなき真実だった。
抱きしめてくれる義成に俺はかすれた声で尋ねた。
「お、お前は、人を裏切ったことはあるか? お前に限ってそんなことはないよな?」と。
この世の中で唯一信じられる人間は、もはや義成しか残っていなかった。
だが義成は、しばらくの沈黙の後、ゆっくりと言った。
「……あるよ」と。
俺は思わず義成を突き放した。
だが義成の厚い胸板は、弱々しい俺の抵抗にびくともしなかった。
――お前もなのか?
何もかもが信じられなかった。
俺が清らかだと思っていたものすべて、幻想だったのだ。ならば俺がこれだけ汚く醜いのもしょうがないではないか。世界はこんなに汚いのだから。
――違ったのだ。
俺は手で顔を覆い、鼻水を垂らして泣いた。子供のように泣きじゃくって、そしてなぜかおかしくなってきた。
泣き顔のまま、俺はひっひっひっと、しゃくりあげるような笑い声を漏らした。
俺だけが『はずれ』だったのではない。みんな『はずれ』なのだ。
俺と世間の違いはその『はずれ』を上手に隠せているかどうか。
ただそれだけだったのだ。
安心しろ。世間は俺と同じように、みんな、汚い。
何万回自分に言い聞かせても、自分がどれだけ汚くても、どれだけ孤独でも、俺はどこかに天国があると信じていた。
義成は、気でも違ったかのように泣き笑い続ける俺の両頬に手を当て、自分の方を向かせた。
怒気を含んだ義成の顔が数センチの距離にまで近づく。
驚きで一瞬涙が引っ込む。俺は目を逸らすこともできずに涙に潤む瞳で義成を見つめ返した。
「お前が被害者面するな。お前の不誠実さが、周りを裏切らせているんだ」
絶望の底にいる俺に、追い討ちをかけて義成は言った。
その声や表情から、義成の怒りが痛いほど肌に伝わってきた。俺の心臓がきゅっと縮こまり、全身の血の気が引くのがわかった。
「お前は、知っていたのか?」
初世と小舘の不倫を……。
「……なんの話だ?」
義成は眉をしかめた。
本当に知らないのだろうか? とぼけているのか? いや、だが……。
「初世が……浮気をしている……」
義成が一瞬理解できなかったように首を傾げ、そして絶句した。
口をぽかんと開け、目を見開いている。
「……は? 初世さんが? そんな……だってあんなにお前のことを愛していて……お前の勘違いじゃないのか?」
初世の肩を持ち、俺の言葉を信じてくれない義成に、俺は無性に腹が立った。
女々しいと思いながらも子供が駄々をこねるように怒鳴ってしまう。
「小舘と浮気していたんだよ! あいつら二人で、俺を馬鹿にして笑いものにしていたんだ!」
言葉にすると俺の卑屈で歪んだ認知が露わになる。
「み、見間違いじゃないのか?」
戸惑う義成に俺はぽつりぽつりと話しはじめた。
義成が二人分のお茶を淹れている。
聞いていないわけじゃない。動揺を隠しているのだ。
義成がいつも使っている藍色の湯呑みと、俺専用の白い菊の絵が描かれた湯呑みをちゃぶ台の上に並べて置いた。
この湯呑みは、富栄に追い出されてここへきてからずっと、俺が使っているものだ。少し茶渋で汚れたそれをぼんやりと見つめながら、両手で包む。
指先に少し熱すぎる熱が伝わってきて、俺の高ぶっていた感情も少しずつ落ち着き始めた。
加えて、正しく伝えようと順序だてて考えれば、頭の中が整理されていく。
そして改めて痛感する自分の不甲斐なさ。
(どこまでも俺は愚かで臆病でどうしようもない)
そんな底なしの自己嫌悪、弱さを自覚しながらも、目の前の義成に少しでも俺の境遇を同情して欲しくて、軽蔑されたくなくて、自分を庇うような言葉を節々に入れて俺は今までの出来事を説明した。
60
あなたにおすすめの小説
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
溺愛系とまではいかないけど…過保護系カレシと言った方が 良いじゃねぇ? って親友に言われる僕のカレシさん
315 サイコ
BL
潔癖症で対人恐怖症の汐織は、一目惚れした1つ上の三波 道也に告白する。
が、案の定…
対人恐怖症と潔癖症が、災いして号泣した汐織を心配して手を貸そうとした三波の手を叩いてしまう。
そんな事が、あったのにも関わらず仮の恋人から本当の恋人までなるのだが…
三波もまた、汐織の対応をどうしたらいいのか、戸惑っていた。
そこに汐織の幼馴染みで、隣に住んでいる汐織の姉と付き合っていると言う戸室 久貴が、汐織の頭をポンポンしている場面に遭遇してしまう…
表紙のイラストは、Days AIさんで作らせていただきました。
楽な片恋
藍川 東
BL
蓮見早良(はすみ さわら)は恋をしていた。
ひとつ下の幼馴染、片桐優一朗(かたぎり ゆういちろう)に。
それは一方的で、実ることを望んでいないがゆえに、『楽な片恋』のはずだった……
早良と優一朗は、母親同士が親友ということもあり、幼馴染として育った。
ひとつ年上ということは、高校生までならばアドバンテージになる。
平々凡々な自分でも、年上の幼馴染、ということですべてに優秀な優一朗に対して兄貴ぶった優しさで接することができる。
高校三年生になった早良は、今年が最後になる『年上の幼馴染』としての立ち位置をかみしめて、その後は手の届かない存在になるであろう優一朗を、遠くから片恋していくつもりだった。
優一朗のひとことさえなければ…………
【完結】I adore you
ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。
そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。
※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。
フローブルー
とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。
高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。
勇者様への片思いを拗らせていた僕は勇者様から溺愛される
八朔バニラ
BL
蓮とリアムは共に孤児院育ちの幼馴染。
蓮とリアムは切磋琢磨しながら成長し、リアムは村の勇者として祭り上げられた。
リアムは勇者として村に入ってくる魔物退治をしていたが、だんだんと疲れが見えてきた。
ある日、蓮は何者かに誘拐されてしまい……
スパダリ勇者×ツンデレ陰陽師(忘却の術熟練者)
幼馴染は僕を選ばない。
佳乃
BL
ずっと続くと思っていた〈腐れ縁〉は〈腐った縁〉だった。
僕は好きだったのに、ずっと一緒にいられると思っていたのに。
僕がいた場所は僕じゃ無い誰かの場所となり、繋がっていると思っていた縁は腐り果てて切れてしまった。
好きだった。
好きだった。
好きだった。
離れることで断ち切った縁。
気付いた時に断ち切られていた縁。
辛いのは、苦しいのは彼なのか、僕なのか…。
【完結】恋した君は別の誰かが好きだから
花村 ネズリ
BL
本編は完結しました。後日、おまけ&アフターストーリー随筆予定。
青春BLカップ31位。
BETありがとうございました。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
俺が好きになった人は、別の誰かが好きだからーー。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
二つの視点から見た、片思い恋愛模様。
じれきゅん
ギャップ攻め
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる