屑の男

猫丸

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第四章 終章~贖罪~ 章介

1.信頼

 倒れた理由は、心労と睡眠不足だった。
 初世と会って以来、俺は世の中の全員に敵意を向けられているような恐怖を感じていた。
 通りすがりの人も皆が俺を憎んでいるのではないかと、そんな妄想に取りつかれていたのだ。

 俺は目覚めてすぐ、絶対に信頼できる存在が俺の手を握っていていたことに、心の底から安堵した。
 この世で唯一、俺の汚い過去も、醜さも、弱さも知りながらそれでも手を差し伸べてくれる存在。
 ――あぁ、お前はこんなにも俺を愛してくれていたんだな。
 俺は義成を抱きしめ、泣いた。

 胸の中から暖かくて柔らかいものが湧き上がってくる。
 義成に回した手に力を込め、俺はその愛おしい香りを肺いっぱいに吸い込んだ。

「ごめん。今はまだ話せないけど、解決するまで待っていて欲しい……」
 俺は耳元でつぶやいた。義成がピクリと反応し、俺の表情を見ようと顔を少しこちらに傾けた。
「章介、俺にできる事があったら……」
 その声色から、義成の不安が伝わってくる。
 この男は、俺を失うことを恐れている。
 俺の一方的な思いじゃないんだ。
 俺は更に強く抱きしめ、義成の肩と首筋に顔を埋めたまま答える。
「ううん。甘やかさなくても大丈夫だ。これは俺の償いだから、自分でやる……」
 むき出しの俺は弱い。
 でもその弱さを受け入れてくれる人がいるというだけで、こんなにも勇気が湧いてくるのだと思った。
「今更だけど、もう一度俺を信じて、待っていて欲しい……」
「ん……」
 簡単な返事。だが、ぎゅっと抱きしめ返してくれた、その力強さだけで俺には十分だった。
 
 *

 その後、俺は取り憑かれたかのように執筆をした。
 俺のすべての弱さと愚かさをさらけ出して、一心不乱に書き上げる。
 トイレ以外のほとんどの時間を机の前で過ごし、義成も大成もそんな俺をだまって見守っていてくれた。

 そんな日々が過ぎて、やっと俺の小説は完成した。
 タイトルは『屑の男』
 まさに俺の事だ。
 かつて「鬱々とした私小説」「自慰行為」と評された俺の小説だが、それの何が悪いというのだ。
 今でも思う。
 あの書評を書いたヤツは本当に何もわかっていない。

 だが、一番わかっていなかったのは俺の方だ。
 俺はあんなヤツの言葉に振り回されて、俺の書いた小説を応援してくれている人達の存在まで否定していた。
 何も見ようとはせず、世間からの評価ばかりを気にしていた。

 それを気づかせてくれたのは義成だ。
 どうしようもない男が、愛を知ってまともな人間になっていく。
 これからの俺の願いを込めた作品だった。
 義成はそのタイトルを見ると、眉をしかめて苦笑いを浮かべた。

 *
 
 俺は小舘を喫茶店に呼び出した。
 エアコンのきいた店内は冷えすぎるくらい冷えていて、アイスコーヒーを頼んだことを少し後悔した。
 現れた小舘は、ずっとびくびくしていた。
 俺に問い詰められると思っているのだろう。
 一切視線を合わせようとしない。

 アイスコーヒーのグラスが二杯、テーブルに届いたのを合図に、俺は角一サイズの封筒をテーブルに置いた。
 小舘は驚いたように顔を上げ、ここへきて初めて俺と目が合った。
 瞳が不安で揺れている。
「先生……これは……?」
 震えるように言った小舘の横で、アイスコーヒーの氷がからんと軽い音を立てた。

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