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第三章 番外編~片恋~ 義成
1.出会い
章介の様子がおかしい。
それは間違いなく、初世さんに離婚の話をしに行った日からだ。
昔から精神的に不安定なところはあったが、俺にすべてを話してからはとても落ち着いていたのに。
心配して何度か尋ねてみたが、章介は泣きそうな顔をするだけで何も話さなかった。
初世さんが浮気をしているというから、話はすんなりまとまると思ったがそうでもなかったようだ。
だが俺が腹立たしく思っているのは、そんなことではない。
それならそうと言えばいいだけじゃないか。
まだ初世さんに未練があるから俺には言えないのだろうか?
俺と共に生きることに不安があるのかだろうか?
それとも俺達が両思いだというのは俺の勘違いなのだろうか?
もしそうなのだとしたら……。
沈黙は俺を疑心暗鬼にさせる。
手を伸ばせばそこにいるのに、その心が見えない。
あぁ、そうだ。章介、お前は昔からそうだった。
お前はその弱い心を沈黙と高いプライドで隠し続けてきたんだった。
だが悪かったな。お前の深淵に触れた今、俺は二度とお前を手放す気はない。
***
さて、俺の話をどこから始めようか。
俺と章介の出会いは子供の頃だから、そこそこ長い話になると思うが、付き合ってほしい。
俺が章介の存在を知ったのは、小学校低学年の時だった。
俺と章介は地元が同じで、いわゆる幼なじみだ。
だからといって昔から仲が良かったわけではない。
小学校は一学年5クラスあったし、中学だって7クラス。県内一の生徒数を誇るマンモス校だった。さすがに今は近くに新しい学校ができて、生徒数も分散したらしいが、そんなわけで同じ学年でも、よほど目立った特徴がないと、顔も名前も覚えきれないほど多かった。
そんな中でも章介は、有名な生徒だった。
地元で『津島』といったら知らぬものはいない金持ちの次男坊。お手伝いさんもいるという噂で、名前と顔が一致する程度には俺も知っていた。
一方俺は、安アパートに住むしがない大工のせがれ。
章介とは校区が同じで、小中と同じ学校に通っていたとはいっても、向こうはこちらの存在など全く知らなかっただろう。
俺からしてみればまったく別の世界に住む人間のように思っていた。
そんな俺達が仲良くなったのは、中学2年生の時だった。
その年のクラス替えで、俺達は初めて同じクラスになった。
中学は給食がなくなり、弁当を持参しなければならない。
章介はしばしば地元で有名な料亭の弁当を持って来ていた。
章介の家の使用人が学校に届けることもあって、俺を含めて皆「さすが金持ちだな」と、少し妬ましく思いながら見ていた。
その学期の何度目かの席替えの時、俺は章介の隣になった。
章介はその日も料亭の弁当を持って来ていた。
俺は自分の持ってきた弁当が少し恥ずかしくて、自らの大きな身体と弁当のふたで隠す様にしていた。
「飽きた……」
小さなつぶやき声に俺はピクリと反応した。
俺が今まで口にしたことのない豪華な料理を、この男はもう食べ飽きたというのだ。
少し腹立たしさを感じて思わずそちらを見ると、章介と目が合った。
章介はいつも通りのつまらなそうな表情で「食べる?」と俺に弁当を差し出してきた。
「いや、いらない」
なんとなく施しをされているような気持ちになって、俺はぶっきらぼうに言った。
「義成くんのと交換してよ」
俺は戸惑った。章介が俺の名前を覚えていたことにも驚いたし、俺の弁当といったら、梅干しご飯のほかには卵焼きとウィンナーと肉じゃがを弁当箱いっぱいにただ詰めただけのものだったからだ。
しかもそれは俺が作ったもの。
俺の母親は小さい頃に亡くなっていて、当時珍しい父子家庭だった。
料理は俺が担当。朝早く仕事に出かける大工の親父と自分の為に、卵焼きとウィンナーを焼き、それ以外は晩御飯の残り物を詰めただけのものだ。
章介の意図がわからず返事に詰まっていると、「じゃあその卵焼きと、このお弁当の卵焼きとの交換ならどう?」と俺の弁当を指差した。
章介は俺の返事を待たず、俺の弁当の中の卵焼きに箸を突き刺した。
(食べ物に箸を刺すなんて、金持ちの息子のくせに案外マナーがなってないんだな)と驚いていると、章介は「義成くんの弁当、おいしそうでいつも気になっていたんだよね」と笑った。
その笑顔がとてもまぶしくて、思えば俺はこの時から章介に恋をしていたんだと思う。
後で聞いたところによると、箸を刺してしまえばもう拒否はできないだろうと、その時思いついたとっさの行動だったらしい。
そして『家庭の味』というものを食べてみたかったのだという。
父子家庭にもかかわらず、毎日手作りの弁当を持ってくる、父親の愛情弁当にずっと興味があったのだという。
後に俺が作っていたと知って驚いてはいたが、その時の章介は卵焼きを口に頬張ると笑顔で言った。
「あ、美味しい。甘くないんだね」
(なぜ卵焼きが甘いのだ?)と首をかしげながら章介から差し出された卵焼きを食べると、確かにそれは玉子寿司の上に乗っている甘い卵焼きの味がした。
別にそれはそれで美味いと思うのだが、章介は俺が焼いた、塩とうま味調味料だけで味付けしたシンプルな卵焼きをその後も好んで食べた。
俺が料理人になったのは、その時の章介の顔が忘れられなかったのかもしれない。
俺達はそれからよくつるむようになった。
章介と仲良くなって思ったのは『名家の息子も大変なんだな』ということ。
また章介の場合、上に出来る兄がいたから余計比べられて大変だったのだろう。
勉強から生活態度まで、ありとあらゆることをがんじがらめに規則で縛られているような印象を受けた。
だからあの時の箸のマナーといい、俺といる時の少し乱暴でガサツな態度は秘密の姿で、俺は章介が俺だけに気を許し、見せるその姿を好ましく思っていた。
「お前、意外と雑な性格してるよな」
「普段は頑張って猫被ってんだから他のやつらにバラすなよ?」
章介はそう言って笑った。
男同士の気楽な友情。
間違いなくあの時はそうだったと思う。
俺は俺の中にある感情に『親友』という肩書きをつけることで、それ以上でもそれ以下でもないと自分を思い込ませていた。
それは間違いなく、初世さんに離婚の話をしに行った日からだ。
昔から精神的に不安定なところはあったが、俺にすべてを話してからはとても落ち着いていたのに。
心配して何度か尋ねてみたが、章介は泣きそうな顔をするだけで何も話さなかった。
初世さんが浮気をしているというから、話はすんなりまとまると思ったがそうでもなかったようだ。
だが俺が腹立たしく思っているのは、そんなことではない。
それならそうと言えばいいだけじゃないか。
まだ初世さんに未練があるから俺には言えないのだろうか?
俺と共に生きることに不安があるのかだろうか?
それとも俺達が両思いだというのは俺の勘違いなのだろうか?
もしそうなのだとしたら……。
沈黙は俺を疑心暗鬼にさせる。
手を伸ばせばそこにいるのに、その心が見えない。
あぁ、そうだ。章介、お前は昔からそうだった。
お前はその弱い心を沈黙と高いプライドで隠し続けてきたんだった。
だが悪かったな。お前の深淵に触れた今、俺は二度とお前を手放す気はない。
***
さて、俺の話をどこから始めようか。
俺と章介の出会いは子供の頃だから、そこそこ長い話になると思うが、付き合ってほしい。
俺が章介の存在を知ったのは、小学校低学年の時だった。
俺と章介は地元が同じで、いわゆる幼なじみだ。
だからといって昔から仲が良かったわけではない。
小学校は一学年5クラスあったし、中学だって7クラス。県内一の生徒数を誇るマンモス校だった。さすがに今は近くに新しい学校ができて、生徒数も分散したらしいが、そんなわけで同じ学年でも、よほど目立った特徴がないと、顔も名前も覚えきれないほど多かった。
そんな中でも章介は、有名な生徒だった。
地元で『津島』といったら知らぬものはいない金持ちの次男坊。お手伝いさんもいるという噂で、名前と顔が一致する程度には俺も知っていた。
一方俺は、安アパートに住むしがない大工のせがれ。
章介とは校区が同じで、小中と同じ学校に通っていたとはいっても、向こうはこちらの存在など全く知らなかっただろう。
俺からしてみればまったく別の世界に住む人間のように思っていた。
そんな俺達が仲良くなったのは、中学2年生の時だった。
その年のクラス替えで、俺達は初めて同じクラスになった。
中学は給食がなくなり、弁当を持参しなければならない。
章介はしばしば地元で有名な料亭の弁当を持って来ていた。
章介の家の使用人が学校に届けることもあって、俺を含めて皆「さすが金持ちだな」と、少し妬ましく思いながら見ていた。
その学期の何度目かの席替えの時、俺は章介の隣になった。
章介はその日も料亭の弁当を持って来ていた。
俺は自分の持ってきた弁当が少し恥ずかしくて、自らの大きな身体と弁当のふたで隠す様にしていた。
「飽きた……」
小さなつぶやき声に俺はピクリと反応した。
俺が今まで口にしたことのない豪華な料理を、この男はもう食べ飽きたというのだ。
少し腹立たしさを感じて思わずそちらを見ると、章介と目が合った。
章介はいつも通りのつまらなそうな表情で「食べる?」と俺に弁当を差し出してきた。
「いや、いらない」
なんとなく施しをされているような気持ちになって、俺はぶっきらぼうに言った。
「義成くんのと交換してよ」
俺は戸惑った。章介が俺の名前を覚えていたことにも驚いたし、俺の弁当といったら、梅干しご飯のほかには卵焼きとウィンナーと肉じゃがを弁当箱いっぱいにただ詰めただけのものだったからだ。
しかもそれは俺が作ったもの。
俺の母親は小さい頃に亡くなっていて、当時珍しい父子家庭だった。
料理は俺が担当。朝早く仕事に出かける大工の親父と自分の為に、卵焼きとウィンナーを焼き、それ以外は晩御飯の残り物を詰めただけのものだ。
章介の意図がわからず返事に詰まっていると、「じゃあその卵焼きと、このお弁当の卵焼きとの交換ならどう?」と俺の弁当を指差した。
章介は俺の返事を待たず、俺の弁当の中の卵焼きに箸を突き刺した。
(食べ物に箸を刺すなんて、金持ちの息子のくせに案外マナーがなってないんだな)と驚いていると、章介は「義成くんの弁当、おいしそうでいつも気になっていたんだよね」と笑った。
その笑顔がとてもまぶしくて、思えば俺はこの時から章介に恋をしていたんだと思う。
後で聞いたところによると、箸を刺してしまえばもう拒否はできないだろうと、その時思いついたとっさの行動だったらしい。
そして『家庭の味』というものを食べてみたかったのだという。
父子家庭にもかかわらず、毎日手作りの弁当を持ってくる、父親の愛情弁当にずっと興味があったのだという。
後に俺が作っていたと知って驚いてはいたが、その時の章介は卵焼きを口に頬張ると笑顔で言った。
「あ、美味しい。甘くないんだね」
(なぜ卵焼きが甘いのだ?)と首をかしげながら章介から差し出された卵焼きを食べると、確かにそれは玉子寿司の上に乗っている甘い卵焼きの味がした。
別にそれはそれで美味いと思うのだが、章介は俺が焼いた、塩とうま味調味料だけで味付けしたシンプルな卵焼きをその後も好んで食べた。
俺が料理人になったのは、その時の章介の顔が忘れられなかったのかもしれない。
俺達はそれからよくつるむようになった。
章介と仲良くなって思ったのは『名家の息子も大変なんだな』ということ。
また章介の場合、上に出来る兄がいたから余計比べられて大変だったのだろう。
勉強から生活態度まで、ありとあらゆることをがんじがらめに規則で縛られているような印象を受けた。
だからあの時の箸のマナーといい、俺といる時の少し乱暴でガサツな態度は秘密の姿で、俺は章介が俺だけに気を許し、見せるその姿を好ましく思っていた。
「お前、意外と雑な性格してるよな」
「普段は頑張って猫被ってんだから他のやつらにバラすなよ?」
章介はそう言って笑った。
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