屑の男

猫丸

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第三章 番外編~片恋~ 義成

4.親友の苦悩

 しばらくすると章介もお見合い結婚をして、俺の店から2駅離れた町に住みはじめた。
 初めのうちは落ち着いていたのに、しばらくすると不安げな表情を見せるようになった。
 どこかで飲んだ後、酔っ払って現れることもあった。
 時には記憶がなくなるくらいひどく泥酔していることもあったが、必ず締めに卵焼きを注文した。
 
 ある泥酔した日、いつものように店で出しているだし巻き玉子を出すと、章介は「これじゃなくてお前のつくったやつ食べたいんだけど」と言った。
 そのだし巻きも俺が出汁から取って焼いたものだから、はじめは酔っ払いが何を言っているのかと思った。
 だが、俺はふと思い出し、学生時代に作っていた味付けで作った。
 すると章介は「これこれ! これが一番うまい!」そう言って無邪気に笑った。
 それは学生時代、俺の弁当の卵焼きを奪って食べたときの笑顔だった。
 それ以来章介の卵焼きだけ、俺は塩とうま味調味料で作っている。

 小説家という職業のことは、俺にはよくわからない。
 章介が書いた小説はすべて読んでいるが、章介の繊細な心が垣間見えるようで、心が痛くなるものも多かった。
 結婚以来、女遊びはやめたようだが、今度は酒に逃げるようになったのだろう。
 元々どこか弱いところのある男なのだ。それを高いプライドと傲慢な態度で隠すのは、あの家のせいなのだろうか。
 
 俺は学生時代の、不安定な章介を思い出した。
 あの時も何か悩みがあったのだろうか。あの時の悩みが今も解消されないのだろうか。
 裕福な家に生まれて、小説家という輝かしい肩書きを手に入れて、美しい妻も娶ったというのに何が不満なのだろう。
 俺に章介の考えていることはまったくわからない。ただ甘えているだけのように見えることもあった。
 だが俺は再び復活した友情を壊したくなくて、俺はあの時と同じように何も言わなかった。

 それにその後、妻の病気が見つかって、俺も章介に構っている余裕などなかった。
 大成のこと、店のことに加えて、看病に振り回されている間に、妻は亡くなった。
 パートナーを失った喪失。
 そして俺と同じような母のいない寂しさを、大成にも味わわせてしまうのかと思うと、申し訳ない気持ちになった。

 俺も若かったし子供も小さい。
 周りからは再婚を勧められた。
 妻の両親も娘を失った悲しみをこらえて、そうするべきだと言ってくれた。
 だが俺は大成のことを抜きにしても、章介と再会してしまった今、どんなにまわりから勧められても再婚は考えられなかった。
 章介は何も言わず、俺を慰めるように大成にお菓子やおもちゃを買っては、以前より頻繁に店に顔を出すようになった。

 妻が亡くなったショックから俺の気持ちが少し落ち着いてきた頃、章介の精神はまた不安定になっていった。
 いや、それは以前よりひどくなっていた。
 時折、家に帰れないほど泥酔して現れて、俺の布団を貸してあげることもあった。
 初世さんとは何度か章介と共に会ったこともあったから、そんな日は電話をして、章介がうちに泊まることを伝えた。
 申し訳ないと謝る初世さんに、章介が苦しんでいる時に頼りになるのは俺のほうだと、わずかに張り合うような、醜い優越感のようなものを感じていたことは、否定できない。

 その頃の章介にどのくらい収入があったのか、俺は知らない。
 あちらこちらの店で、ツケを溜めすぎて出禁になったという話を、出入りの業者や同業者からちらほら聞くようになった。
「あの先生も、もう終わりかね」
 なんて残酷な言葉を吐く者もいた。
 それにもかかわらず、章介の酒は減る様子がなかった。
 スランプというものなのだろう。
  
 うちへ来ては時折、初世さんと喧嘩したという愚痴を話していた。
 どうせ章介が一方的に怒っていただけだろうと、初世さんに同情する気持ちも生まれた。
 それでも俺は、相変わらずこんなダメ男への恋心を持っていた。
 昔よりもダメになっていくこの男のどこが良いのか、もはや自分でもよくわからない。
 それはもう俺にとっては長年の習慣のようなものだった。
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