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第三章 番外編~片恋~ 義成
10.信じたい
章介の告白は、信じ難いものだった。
雇われの下男の男が、雇い主のお坊っちゃまにそんなことを?
章介のいう下男の男とは、時折学校に弁当を届けにきていたあの男のことだろう。
章介が家に帰らず、女遊びが派手になった時期とも合致するから確かに辻褄が合う。
そして「そんな男、追い出せば良い」と簡単に言えない事情は、章介の実家の状態を知っている俺なら理解できた。
地元では常に街の人の目を気にして、小説家になってからも今度は世間の評価を気にして、この弱い心は追い詰められていったのだろう。
外側だけをハリボテの仮面で着飾って、中身は縮こまって震えている。まるで幼い子供の様だ。
章介は、その弱さから目を逸らすために、尊大な振る舞いをするのだろう。
散々泣いた後に章介は「女のかっこはムリだ」と拗ねたように言った。
俺は吹き出しそうになるのをこらえて、章介に「お前はそのままでいい」と言った。
――あぁ、これでまた章介の思うツボだな。
我ながら呆れる。
こうして時折見せる弱さも、俺だけに見せているものだと思うと、俺はまた章介を手放せなくなるのだ。
すべてをさらけ出し、弱さを隠さなくなった章介の手を、俺は両手で包んだ。
章介が一瞬びくりとし、恐る恐る俺の顔を見た。
「安心しろ。俺がいる」
俺は包み込んだ手で、励ますように指だけをぽんぽんと動かした。
章介は俺に身体を委ね、また泣いた。
俺はその身体を抱きしめ、背中を優しく撫でる。
――章介、俺とお前は両思いってことでいいんだよな?
一生実ることなどないと思っていた片思いが、やっと実ったのだ。
俺は章介の心に触れられたことに、言葉にできない程、感動していた。
*
穏やかな日々が続いた。
章介は、店を手伝いながら、執筆を再開していた。
そんな章介を励まし、日々過ごしているうちに春の足音が聞こえてくる季節になった。
章介の離婚は成立していないから、俺達が身体を重ねることはなかったが、俺は焦っていなかった。
手を伸ばせばすぐそこに、ずっと恋い焦がれた相手がいるのだ。
触れたいと思うのは当然だなのが、俺達はそれ以上の信頼関係で結ばれていると信じていた。
章介も同じように思ってくれていたのだろう。
ある日、「初世と話してくる」と言って出かけた。
その出ていく後ろ姿を見て、ふと俺の中に初世さんに対する罪悪感が湧いてきた。
初世さんが小舘と浮気をしていたとしても、章介が一度富栄に逃げ、そして更生の為に預かった俺と出来てしまったという事実は変わらない。
彼女は結局、何度も章介に裏切られ、間接的に信頼していた俺にも裏切られたことになるのだ。
俺は、男を好きだという負い目があるからこそ、世間から後ろ指差されないように、ひたすら真面目に、誠実に生きてきたつもりだった。
だが、本当に欲しいものが手に入りそうになった今、俺は善人ではいられなくなった。
本当は章介を一人で行かせたくはなかった。
今、二人はどんな話をしているのだろうか。
説得されて、章介の弱さが現れたら?
初世さんへの情が戻ったりはしないだろうか。
本当にここへ帰ってきてくるのだろうか。
章介が手に入りかけた今、目の前から消えてしまう恐怖に俺は怯えた。
「……つっ」
ジャガイモの皮を剥きながら、手元が狂って、包丁の刃が指をかすめた。
指先からぷつりと赤い液体が球体を作り、滴り落ちていく。
痛みは感じなかった。
指先から流れる血を見ながら、俺は章介のことを考えていた。
(大丈夫だ。章介は帰ってくる……)
ひたすら自分に言い聞かせる。
(俺達は両思いなんだ。すぐに離婚が成立しなかったとしても、章介が戻ってくる場所はここしかない)
傷口の治療を終えた頃、勝手口のドアが力なく開いた。
章介のその暗い顔を見た瞬間、俺の心臓がどくりと跳ねた。
雇われの下男の男が、雇い主のお坊っちゃまにそんなことを?
章介のいう下男の男とは、時折学校に弁当を届けにきていたあの男のことだろう。
章介が家に帰らず、女遊びが派手になった時期とも合致するから確かに辻褄が合う。
そして「そんな男、追い出せば良い」と簡単に言えない事情は、章介の実家の状態を知っている俺なら理解できた。
地元では常に街の人の目を気にして、小説家になってからも今度は世間の評価を気にして、この弱い心は追い詰められていったのだろう。
外側だけをハリボテの仮面で着飾って、中身は縮こまって震えている。まるで幼い子供の様だ。
章介は、その弱さから目を逸らすために、尊大な振る舞いをするのだろう。
散々泣いた後に章介は「女のかっこはムリだ」と拗ねたように言った。
俺は吹き出しそうになるのをこらえて、章介に「お前はそのままでいい」と言った。
――あぁ、これでまた章介の思うツボだな。
我ながら呆れる。
こうして時折見せる弱さも、俺だけに見せているものだと思うと、俺はまた章介を手放せなくなるのだ。
すべてをさらけ出し、弱さを隠さなくなった章介の手を、俺は両手で包んだ。
章介が一瞬びくりとし、恐る恐る俺の顔を見た。
「安心しろ。俺がいる」
俺は包み込んだ手で、励ますように指だけをぽんぽんと動かした。
章介は俺に身体を委ね、また泣いた。
俺はその身体を抱きしめ、背中を優しく撫でる。
――章介、俺とお前は両思いってことでいいんだよな?
一生実ることなどないと思っていた片思いが、やっと実ったのだ。
俺は章介の心に触れられたことに、言葉にできない程、感動していた。
*
穏やかな日々が続いた。
章介は、店を手伝いながら、執筆を再開していた。
そんな章介を励まし、日々過ごしているうちに春の足音が聞こえてくる季節になった。
章介の離婚は成立していないから、俺達が身体を重ねることはなかったが、俺は焦っていなかった。
手を伸ばせばすぐそこに、ずっと恋い焦がれた相手がいるのだ。
触れたいと思うのは当然だなのが、俺達はそれ以上の信頼関係で結ばれていると信じていた。
章介も同じように思ってくれていたのだろう。
ある日、「初世と話してくる」と言って出かけた。
その出ていく後ろ姿を見て、ふと俺の中に初世さんに対する罪悪感が湧いてきた。
初世さんが小舘と浮気をしていたとしても、章介が一度富栄に逃げ、そして更生の為に預かった俺と出来てしまったという事実は変わらない。
彼女は結局、何度も章介に裏切られ、間接的に信頼していた俺にも裏切られたことになるのだ。
俺は、男を好きだという負い目があるからこそ、世間から後ろ指差されないように、ひたすら真面目に、誠実に生きてきたつもりだった。
だが、本当に欲しいものが手に入りそうになった今、俺は善人ではいられなくなった。
本当は章介を一人で行かせたくはなかった。
今、二人はどんな話をしているのだろうか。
説得されて、章介の弱さが現れたら?
初世さんへの情が戻ったりはしないだろうか。
本当にここへ帰ってきてくるのだろうか。
章介が手に入りかけた今、目の前から消えてしまう恐怖に俺は怯えた。
「……つっ」
ジャガイモの皮を剥きながら、手元が狂って、包丁の刃が指をかすめた。
指先からぷつりと赤い液体が球体を作り、滴り落ちていく。
痛みは感じなかった。
指先から流れる血を見ながら、俺は章介のことを考えていた。
(大丈夫だ。章介は帰ってくる……)
ひたすら自分に言い聞かせる。
(俺達は両思いなんだ。すぐに離婚が成立しなかったとしても、章介が戻ってくる場所はここしかない)
傷口の治療を終えた頃、勝手口のドアが力なく開いた。
章介のその暗い顔を見た瞬間、俺の心臓がどくりと跳ねた。
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