31 / 39
第四章 終章~贖罪~ 章介
4.報復
俺の態度に根負けした初世は「出ていってくれ」と俺を追い出した。
初世の俺に対する恨みがそう簡単に許されるはずもない。
俺もすぐに解決すると思ってもいなかったし、初世が冷静になる時間も必要だろうと思った。
出産だけではない。子育てに関する負担は、女性の方が大きい。
果たして俺への恨みだけで、そのような行動を取ってよいのだろうか。
初世は後悔しないか?
生まれてきた子供は不幸にはならないだろうか。
そして、ふと小舘は初世の妊娠を知っているのだろうか? と思った。
だが自分から小舘に「夫婦のことに口を挟むな」と言った手前、二人のことに口を挟むべきではないと思った。
それに、初世はふしだらな女ではないと思うが、果たして腹の子が誰の子なのかは、初世本人にしかわからないことだ。
*
家の扉を開けると、カウンターの中にいた義成がすぐに顔を上げてこちらを見た。
不安げな表情を浮かべ、俺の言葉を待っている。
俺は苦笑いを浮かべて、首を横に振った。
義成の顔に、一瞬落胆の表情が浮かんで、そしてすぐに口角を上げた。
「そっか……まぁ、時間はかかるよな……」
俺は背後から義成の腰に手を回し、そのうなじに頬を寄せた。
「ごめん。でも俺を信じて、もう少し待っていて欲しい……」
「あぁ……そうだな。俺はどうやってもお前から離れることができないんだから、気長に待っているよ……」
体温と共にその低く優しい声が身体からも伝わってくる。
――あぁ、キスがしたいな。たまらなくキスがしたい。
俺は頬をうなじに摺り寄せた。襟足の毛が俺の頬をチクチクと刺激する。
愛おしくて愛おしくて、俺はそのうなじにそっと唇を寄せた。
*
その後何度も会いに行ったが、いつも門前払いで謝罪もさせてもらえなかった。
怒っているのだけは伝わってきて、このように俺が現れることすら、初世にとっては迷惑なのかもしれない、と思ったほどだ。
だが、それでも俺には謝罪しつづける以外の方法が見つからなかった。
悩みながらも日々は過ぎてゆく。
いつの間にか夏は終わりそうだった。
のれんを出して、今日も店を開ければ、しばらくしてドヤドヤと数名の客が入ってきた。
大成は今日もカウンターの隅のいつもの席で、宿題をしていた。
俺はその様子を見ながら、おしぼりやビールを運んでいた。
「いらっしゃいま……せ……」
からりと扉が開いて、俺は視線を大成の宿題から入ってきた客へと向けた。
その瞬間、動きが止まった。
「……はつ、よ……」
そこには派手な花柄のワンピースを着て、髪の毛をきちんとセットし、綺麗に化粧をした初世の姿があった。
かつてお見合いの席で会った時のような、娘のようなその着飾った姿に、俺は言葉に詰まった。
「いらっしゃいませ。お一人ですか? それとも待ち合わせ?」
硬直した俺の様子を見て、すぐに義成が初世に声をかける。
他の客もいるのだ。初世がどんなつもりでここへ現れたのかわからないが、変な態度はとれない。
「うふふ、一人よ。たまには夫の働いている姿でも見てみたいな、と思って」
にっこり笑ったその表情に、背筋がぞわりとした。
その返事を聞いて、テーブル席のお客さんが「へぇ、さすが先生の奥さんはべっぴんさんだねぇ」と感心した。
俺は力なく「はは……」と笑いながら、カウンターの向こうにいる義成へ視線を向けた。
義成と初世は互いを見ていた。
「私、ここがいいわ」
初世は、義成の顔が見えやすいカウンターの席に座った。
俺はおしぼりを持っていきながら、初世に「どういうつもりだ?」と小声で尋ねた。
「どういうつもりもなにも、失礼ねえ。私、お客様よ? ねぇ、義成さん?」
「……そうですね……」
緊迫した空気が伝わってきて、俺の心臓はどくどくと痛いほどだった。
初世に謝罪しなきゃいけないのは俺であって、義成を巻き込むわけにはいかない。
恨むなら、俺を恨んでくれ。
周りに客がいない状況ならそう言えるのに、今ここで俺が不自然な行動をとれば義成に迷惑がかかる。
あとで気の済むまで俺を罵倒していいから、今はおとなしく帰って欲しいと俺は切に願った。
「お、飲み物は……?」
俺はかすれた声で初世に尋ねた。
初世はカラカラと笑いながら答えた。
「ビール! ……と言いたいところだけど、妊婦だからだめね」
びくりと身体が揺れる。
「にん……ぷ……?」
義成がその言葉をゆっくりと繰り返した。
「あら、やだわ。章介さんたら、義成さんにまだお話していなかったのね? 私、赤ちゃんができたの。モ・チ・ロ・ン・章介さんの子よ?」
初世は勝ち誇ったように笑った。
義成のその目は驚きで見開かれ、理解不能なものでも見るかのように俺を見た。
「ち、ちがう……これ、は……」
俺は義成から目で訴えた。
ーー信じてくれ。俺の子ではない。俺はお前を裏切っていない。
だが義成の目が俺に対する不信を物語っていて、それは声にならなかった。
義成の瞳がみるみる色彩を失い、黒く濁ってゆく。
「大成くん。この子が生まれたら、お兄さんになってくれる? たくさん遊んであげてね」
近くに座る大成に、初世は自らの腹を撫でながら話しかけていた。
初世の俺に対する恨みがそう簡単に許されるはずもない。
俺もすぐに解決すると思ってもいなかったし、初世が冷静になる時間も必要だろうと思った。
出産だけではない。子育てに関する負担は、女性の方が大きい。
果たして俺への恨みだけで、そのような行動を取ってよいのだろうか。
初世は後悔しないか?
生まれてきた子供は不幸にはならないだろうか。
そして、ふと小舘は初世の妊娠を知っているのだろうか? と思った。
だが自分から小舘に「夫婦のことに口を挟むな」と言った手前、二人のことに口を挟むべきではないと思った。
それに、初世はふしだらな女ではないと思うが、果たして腹の子が誰の子なのかは、初世本人にしかわからないことだ。
*
家の扉を開けると、カウンターの中にいた義成がすぐに顔を上げてこちらを見た。
不安げな表情を浮かべ、俺の言葉を待っている。
俺は苦笑いを浮かべて、首を横に振った。
義成の顔に、一瞬落胆の表情が浮かんで、そしてすぐに口角を上げた。
「そっか……まぁ、時間はかかるよな……」
俺は背後から義成の腰に手を回し、そのうなじに頬を寄せた。
「ごめん。でも俺を信じて、もう少し待っていて欲しい……」
「あぁ……そうだな。俺はどうやってもお前から離れることができないんだから、気長に待っているよ……」
体温と共にその低く優しい声が身体からも伝わってくる。
――あぁ、キスがしたいな。たまらなくキスがしたい。
俺は頬をうなじに摺り寄せた。襟足の毛が俺の頬をチクチクと刺激する。
愛おしくて愛おしくて、俺はそのうなじにそっと唇を寄せた。
*
その後何度も会いに行ったが、いつも門前払いで謝罪もさせてもらえなかった。
怒っているのだけは伝わってきて、このように俺が現れることすら、初世にとっては迷惑なのかもしれない、と思ったほどだ。
だが、それでも俺には謝罪しつづける以外の方法が見つからなかった。
悩みながらも日々は過ぎてゆく。
いつの間にか夏は終わりそうだった。
のれんを出して、今日も店を開ければ、しばらくしてドヤドヤと数名の客が入ってきた。
大成は今日もカウンターの隅のいつもの席で、宿題をしていた。
俺はその様子を見ながら、おしぼりやビールを運んでいた。
「いらっしゃいま……せ……」
からりと扉が開いて、俺は視線を大成の宿題から入ってきた客へと向けた。
その瞬間、動きが止まった。
「……はつ、よ……」
そこには派手な花柄のワンピースを着て、髪の毛をきちんとセットし、綺麗に化粧をした初世の姿があった。
かつてお見合いの席で会った時のような、娘のようなその着飾った姿に、俺は言葉に詰まった。
「いらっしゃいませ。お一人ですか? それとも待ち合わせ?」
硬直した俺の様子を見て、すぐに義成が初世に声をかける。
他の客もいるのだ。初世がどんなつもりでここへ現れたのかわからないが、変な態度はとれない。
「うふふ、一人よ。たまには夫の働いている姿でも見てみたいな、と思って」
にっこり笑ったその表情に、背筋がぞわりとした。
その返事を聞いて、テーブル席のお客さんが「へぇ、さすが先生の奥さんはべっぴんさんだねぇ」と感心した。
俺は力なく「はは……」と笑いながら、カウンターの向こうにいる義成へ視線を向けた。
義成と初世は互いを見ていた。
「私、ここがいいわ」
初世は、義成の顔が見えやすいカウンターの席に座った。
俺はおしぼりを持っていきながら、初世に「どういうつもりだ?」と小声で尋ねた。
「どういうつもりもなにも、失礼ねえ。私、お客様よ? ねぇ、義成さん?」
「……そうですね……」
緊迫した空気が伝わってきて、俺の心臓はどくどくと痛いほどだった。
初世に謝罪しなきゃいけないのは俺であって、義成を巻き込むわけにはいかない。
恨むなら、俺を恨んでくれ。
周りに客がいない状況ならそう言えるのに、今ここで俺が不自然な行動をとれば義成に迷惑がかかる。
あとで気の済むまで俺を罵倒していいから、今はおとなしく帰って欲しいと俺は切に願った。
「お、飲み物は……?」
俺はかすれた声で初世に尋ねた。
初世はカラカラと笑いながら答えた。
「ビール! ……と言いたいところだけど、妊婦だからだめね」
びくりと身体が揺れる。
「にん……ぷ……?」
義成がその言葉をゆっくりと繰り返した。
「あら、やだわ。章介さんたら、義成さんにまだお話していなかったのね? 私、赤ちゃんができたの。モ・チ・ロ・ン・章介さんの子よ?」
初世は勝ち誇ったように笑った。
義成のその目は驚きで見開かれ、理解不能なものでも見るかのように俺を見た。
「ち、ちがう……これ、は……」
俺は義成から目で訴えた。
ーー信じてくれ。俺の子ではない。俺はお前を裏切っていない。
だが義成の目が俺に対する不信を物語っていて、それは声にならなかった。
義成の瞳がみるみる色彩を失い、黒く濁ってゆく。
「大成くん。この子が生まれたら、お兄さんになってくれる? たくさん遊んであげてね」
近くに座る大成に、初世は自らの腹を撫でながら話しかけていた。
あなたにおすすめの小説
僕の幸せは
春夏
BL
【完結しました】
【エールいただきました。ありがとうございます】
【たくさんの“いいね”ありがとうございます】
【たくさんの方々に読んでいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます!】
恋人に捨てられた悠の心情。
話は別れから始まります。全編が悠の視点です。
【完結】I adore you
ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。
そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。
※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。
陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
まったり書いていきます。
2024.05.14
閲覧ありがとうございます。
午後4時に更新します。
よろしくお願いします。
栞、お気に入り嬉しいです。
いつもありがとうございます。
2024.05.29
閲覧ありがとうございます。
m(_ _)m
明日のおまけで完結します。
反応ありがとうございます。
とても嬉しいです。
明後日より新作が始まります。
良かったら覗いてみてください。
(^O^)
happy dead end
瑞原唯子
BL
「それでも俺に一生を捧げる覚悟はあるか?」
シルヴィオは幼いころに第一王子の遊び相手として抜擢され、初めて会ったときから彼の美しさに心を奪われた。そして彼もシルヴィオだけに心を開いていた。しかし中等部に上がると、彼はとある女子生徒に興味を示すようになり——。
幼馴染は僕を選ばない。
佳乃
BL
ずっと続くと思っていた〈腐れ縁〉は〈腐った縁〉だった。
僕は好きだったのに、ずっと一緒にいられると思っていたのに。
僕がいた場所は僕じゃ無い誰かの場所となり、繋がっていると思っていた縁は腐り果てて切れてしまった。
好きだった。
好きだった。
好きだった。
離れることで断ち切った縁。
気付いた時に断ち切られていた縁。
辛いのは、苦しいのは彼なのか、僕なのか…。