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第四章 終章~贖罪~ 章介
9.救済
家まで戻ってくると、店の前に二人の影があった。
「初世……それに小舘さんも……」
「津島先生……その顔……」
驚く小舘の顔にも殴られた痕があった。
「あ、いや。今日、初世の実家にお詫びに行っていて、それでちょうどそこにうちの親父もいてね……」
互いにそれで察して黙り込む。
義成が扉を開け、俺達を店内の座敷へ招き入れた。
「俺、は……席を外した方が良いのかな?」
義成が尋ねた。
「いえ、お二人に聞いていただきたいんです」
小舘がはっきりと答えた。
今まで頼りなさげな雰囲気のある男だったが、今日は少し違って見えた。
隣で初世はずっと黙って横を向いている。
「まず、先生の奥様に惚れてしまうなどと、大変不道徳な行為をしてしまったことを、心よりお詫び申し上げます。そして、重ね重ね今回の件、本当にお詫びの仕様もございません」
皆が座るなり、小舘が畳の上で深々と頭を下げた。
「ですが、初世さんのお腹にいる子は僕の子に間違いありませんし、様々な法的制約があるのは承知の上ですが、手続きが整い次第初世さんと結婚したいと思っております。僕は初世さんを愛しています」
そのはっきりとした物言いに、初世はぴくりと反応し小舘の方を見た。
だが、小舘はそちらへ視線を向けず、俺を真正面から見据えて言った。
「ですので、先生! どうか初世さんと離婚してください! 僕は、先生との結婚生活で、どれだけ初世さんが傷つき、苦しんでいたかを間近でずっと見てきました! 僕には彼女の気持ちが痛いほどよくわかります! ですから、僕が初世さんを幸せにします!」
そしてまた深々と頭を下げる。
「あの、小舘さん。頭を上げてください。本当に、小舘さんがおっしゃる通り、本当に俺は駄目な夫で……初世に……いや初世さんに、本当に申し訳ないことをしてしまいました。きちんと一人の人間として向き合うこともせず、自分勝手な感情で当たりちらしてしまって……」
俺は初世の方に向き直り、深々と頭を下げた。
初世は少しため息をついて、バッグから小さく折りたたんだ離婚届を出し、「これでいいんでしょ?」とつっけんどんに聞いてきた。
そこには俺の名前の横に初世の名前が書かれていた。
「ありがとう……ございます……」
俺はその書類を確認して、再び深々と頭を下げた。
*
「初世さん……どうして突然心変わりされたんですか? あ、いや。初世さんがご納得されているのであれば、余計な詮索ですが、ちょっと気になって……」
帰り際、義成が初世に聞いた。
俺は一瞬ヒヤリとしたが、だがそれは俺も気になっていたことだった。
小舘の献身的な愛が、初世に届いたという事であれば、それはそれで納得できる答えだった。
「はぁ、貴方は最後まで無神経なのね。義成さん。私、貴方の事、大嫌いだったわ……」
初世が義成を見てはっきりと言った。
「えっと、それはどういう……」
義成もまさか自分に攻撃の矛先が向くと思っておらず、戸惑いを隠せなかった。
「貴方、自分でもわかってらっしゃったでしょ? 友達面して、嫁の私にまで独占欲むき出しなんだもの」
俺達は顔を見合わせて戸惑った。
そうだっただろうか? 傍からはそう見えていたのか?
「でもね……小舘さんがね、章介さんの小説を見せてくれたのよ。……『屑の男』……」
そういって初世は虚空に視線をやった。
「私、それ読んだら、なんだか色々馬鹿らしくなってきちゃったの。あの主人公が、私が知っている『津島章介』とは似ても似つかない、卑屈で、愚かで、弱くて、本当に惨めな男だったんだもの。……私、章介さんの事、才能あるすごい人なんだ、ってずっと思いこんでいたのね。貴方とちゃんと向き合っていなかったのは、私も同じかもしれないわね……」
そして初世は俺たち二人に視線を戻して、先程よりもはっきりと言った。
「それにね、おなかの赤ちゃんのことを考えたら、こんな屑な男より、小舘さんの方が誠実で、まじめで、私にとっても惚れていて、よっぽど良いお父さんになるに決まっているじゃない? そんなダメ男、のし付けて義成さんにあげる。せいぜいちゃんと手綱を握っておくことね。……ところで章介さん? 貴方のおでこのそれ、とってもかっこ悪いわよ?」
かつて貞淑な妻であった初世からは想像もできない、ハキハキとした物言いだった。
俺はあっけに取られてぽかんと見ていたが、最後の一言で俺は赤くなって、さっと両手で額を隠した。
すっかり忘れていたが、俺の額は赤チンで真っ赤になっていたんだった。
初世はあきれたように少し笑って、「じゃぁ、さようなら」というと、小舘と共に去って行った。
俺達はその姿が見えなくなるまで、頭を下げて二人を見送った。
「初世……それに小舘さんも……」
「津島先生……その顔……」
驚く小舘の顔にも殴られた痕があった。
「あ、いや。今日、初世の実家にお詫びに行っていて、それでちょうどそこにうちの親父もいてね……」
互いにそれで察して黙り込む。
義成が扉を開け、俺達を店内の座敷へ招き入れた。
「俺、は……席を外した方が良いのかな?」
義成が尋ねた。
「いえ、お二人に聞いていただきたいんです」
小舘がはっきりと答えた。
今まで頼りなさげな雰囲気のある男だったが、今日は少し違って見えた。
隣で初世はずっと黙って横を向いている。
「まず、先生の奥様に惚れてしまうなどと、大変不道徳な行為をしてしまったことを、心よりお詫び申し上げます。そして、重ね重ね今回の件、本当にお詫びの仕様もございません」
皆が座るなり、小舘が畳の上で深々と頭を下げた。
「ですが、初世さんのお腹にいる子は僕の子に間違いありませんし、様々な法的制約があるのは承知の上ですが、手続きが整い次第初世さんと結婚したいと思っております。僕は初世さんを愛しています」
そのはっきりとした物言いに、初世はぴくりと反応し小舘の方を見た。
だが、小舘はそちらへ視線を向けず、俺を真正面から見据えて言った。
「ですので、先生! どうか初世さんと離婚してください! 僕は、先生との結婚生活で、どれだけ初世さんが傷つき、苦しんでいたかを間近でずっと見てきました! 僕には彼女の気持ちが痛いほどよくわかります! ですから、僕が初世さんを幸せにします!」
そしてまた深々と頭を下げる。
「あの、小舘さん。頭を上げてください。本当に、小舘さんがおっしゃる通り、本当に俺は駄目な夫で……初世に……いや初世さんに、本当に申し訳ないことをしてしまいました。きちんと一人の人間として向き合うこともせず、自分勝手な感情で当たりちらしてしまって……」
俺は初世の方に向き直り、深々と頭を下げた。
初世は少しため息をついて、バッグから小さく折りたたんだ離婚届を出し、「これでいいんでしょ?」とつっけんどんに聞いてきた。
そこには俺の名前の横に初世の名前が書かれていた。
「ありがとう……ございます……」
俺はその書類を確認して、再び深々と頭を下げた。
*
「初世さん……どうして突然心変わりされたんですか? あ、いや。初世さんがご納得されているのであれば、余計な詮索ですが、ちょっと気になって……」
帰り際、義成が初世に聞いた。
俺は一瞬ヒヤリとしたが、だがそれは俺も気になっていたことだった。
小舘の献身的な愛が、初世に届いたという事であれば、それはそれで納得できる答えだった。
「はぁ、貴方は最後まで無神経なのね。義成さん。私、貴方の事、大嫌いだったわ……」
初世が義成を見てはっきりと言った。
「えっと、それはどういう……」
義成もまさか自分に攻撃の矛先が向くと思っておらず、戸惑いを隠せなかった。
「貴方、自分でもわかってらっしゃったでしょ? 友達面して、嫁の私にまで独占欲むき出しなんだもの」
俺達は顔を見合わせて戸惑った。
そうだっただろうか? 傍からはそう見えていたのか?
「でもね……小舘さんがね、章介さんの小説を見せてくれたのよ。……『屑の男』……」
そういって初世は虚空に視線をやった。
「私、それ読んだら、なんだか色々馬鹿らしくなってきちゃったの。あの主人公が、私が知っている『津島章介』とは似ても似つかない、卑屈で、愚かで、弱くて、本当に惨めな男だったんだもの。……私、章介さんの事、才能あるすごい人なんだ、ってずっと思いこんでいたのね。貴方とちゃんと向き合っていなかったのは、私も同じかもしれないわね……」
そして初世は俺たち二人に視線を戻して、先程よりもはっきりと言った。
「それにね、おなかの赤ちゃんのことを考えたら、こんな屑な男より、小舘さんの方が誠実で、まじめで、私にとっても惚れていて、よっぽど良いお父さんになるに決まっているじゃない? そんなダメ男、のし付けて義成さんにあげる。せいぜいちゃんと手綱を握っておくことね。……ところで章介さん? 貴方のおでこのそれ、とってもかっこ悪いわよ?」
かつて貞淑な妻であった初世からは想像もできない、ハキハキとした物言いだった。
俺はあっけに取られてぽかんと見ていたが、最後の一言で俺は赤くなって、さっと両手で額を隠した。
すっかり忘れていたが、俺の額は赤チンで真っ赤になっていたんだった。
初世はあきれたように少し笑って、「じゃぁ、さようなら」というと、小舘と共に去って行った。
俺達はその姿が見えなくなるまで、頭を下げて二人を見送った。
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