屑の男

猫丸

文字の大きさ
36 / 39
第四章 終章~贖罪~ 章介

9.救済

 家まで戻ってくると、店の前に二人の影があった。
「初世……それに小舘さんも……」
「津島先生……その顔……」
 驚く小舘の顔にも殴られた痕があった。
「あ、いや。今日、初世の実家にお詫びに行っていて、それでちょうどそこにうちの親父もいてね……」
 互いにそれで察して黙り込む。

 義成が扉を開け、俺達を店内の座敷へ招き入れた。
「俺、は……席を外した方が良いのかな?」
 義成が尋ねた。
「いえ、お二人に聞いていただきたいんです」
 小舘がはっきりと答えた。
 今まで頼りなさげな雰囲気のある男だったが、今日は少し違って見えた。
 隣で初世はずっと黙って横を向いている。

「まず、先生の奥様に惚れてしまうなどと、大変不道徳な行為をしてしまったことを、心よりお詫び申し上げます。そして、重ね重ね今回の件、本当にお詫びの仕様もございません」
 皆が座るなり、小舘が畳の上で深々と頭を下げた。
「ですが、初世さんのお腹にいる子は僕の子に間違いありませんし、様々な法的制約があるのは承知の上ですが、手続きが整い次第初世さんと結婚したいと思っております。僕は初世さんを愛しています」
 そのはっきりとした物言いに、初世はぴくりと反応し小舘の方を見た。

 だが、小舘はそちらへ視線を向けず、俺を真正面から見据えて言った。
「ですので、先生! どうか初世さんと離婚してください! 僕は、先生との結婚生活で、どれだけ初世さんが傷つき、苦しんでいたかを間近でずっと見てきました! 僕には彼女の気持ちが痛いほどよくわかります! ですから、僕が初世さんを幸せにします!」
 そしてまた深々と頭を下げる。
「あの、小舘さん。頭を上げてください。本当に、小舘さんがおっしゃる通り、本当に俺は駄目な夫で……初世に……いや初世さんに、本当に申し訳ないことをしてしまいました。きちんと一人の人間として向き合うこともせず、自分勝手な感情で当たりちらしてしまって……」

 俺は初世の方に向き直り、深々と頭を下げた。
 初世は少しため息をついて、バッグから小さく折りたたんだ離婚届を出し、「これでいいんでしょ?」とつっけんどんに聞いてきた。
 そこには俺の名前の横に初世の名前が書かれていた。
「ありがとう……ございます……」
 俺はその書類を確認して、再び深々と頭を下げた。

 *

「初世さん……どうして突然心変わりされたんですか? あ、いや。初世さんがご納得されているのであれば、余計な詮索ですが、ちょっと気になって……」
 帰り際、義成が初世に聞いた。
 俺は一瞬ヒヤリとしたが、だがそれは俺も気になっていたことだった。
 小舘の献身的な愛が、初世に届いたという事であれば、それはそれで納得できる答えだった。

「はぁ、貴方は最後まで無神経なのね。義成さん。私、貴方の事、大嫌いだったわ……」
 初世が義成を見てはっきりと言った。
「えっと、それはどういう……」
 義成もまさか自分に攻撃の矛先が向くと思っておらず、戸惑いを隠せなかった。
「貴方、自分でもわかってらっしゃったでしょ? 友達面して、嫁の私にまで独占欲むき出しなんだもの」
 俺達は顔を見合わせて戸惑った。
 そうだっただろうか? 傍からはそう見えていたのか?
「でもね……小舘さんがね、章介さんの小説を見せてくれたのよ。……『屑の男』……」
 そういって初世は虚空に視線をやった。

「私、それ読んだら、なんだか色々馬鹿らしくなってきちゃったの。あの主人公が、私が知っている『津島章介』とは似ても似つかない、卑屈で、愚かで、弱くて、本当に惨めな男だったんだもの。……私、章介さんの事、才能あるすごい人なんだ、ってずっと思いこんでいたのね。貴方とちゃんと向き合っていなかったのは、私も同じかもしれないわね……」

 そして初世は俺たち二人に視線を戻して、先程よりもはっきりと言った。

「それにね、おなかの赤ちゃんのことを考えたら、こんな屑な男より、小舘さんの方が誠実で、まじめで、私にとっても惚れていて、よっぽど良いお父さんになるに決まっているじゃない? そんなダメ男、のし付けて義成さんにあげる。せいぜいちゃんと手綱を握っておくことね。……ところで章介さん? 貴方のおでこのそれ、とってもかっこ悪いわよ?」

 かつて貞淑な妻であった初世からは想像もできない、ハキハキとした物言いだった。
 俺はあっけに取られてぽかんと見ていたが、最後の一言で俺は赤くなって、さっと両手で額を隠した。
 すっかり忘れていたが、俺の額は赤チンで真っ赤になっていたんだった。

 初世はあきれたように少し笑って、「じゃぁ、さようなら」というと、小舘と共に去って行った。 
 俺達はその姿が見えなくなるまで、頭を下げて二人を見送った。
感想 24

あなたにおすすめの小説

僕の幸せは

春夏
BL
【完結しました】 【エールいただきました。ありがとうございます】 【たくさんの“いいね”ありがとうございます】 【たくさんの方々に読んでいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます!】 恋人に捨てられた悠の心情。 話は別れから始まります。全編が悠の視点です。

【完結】I adore you

ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。 そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。 ※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

【完結】恋人になりたかった

ivy
BL
初めてのキスは、 すべてが始まった合図だと思っていた。 優しい大地と過ごす時間は、 律にとって特別で、 手放したくないものになっていく。 けれど……

happy dead end

瑞原唯子
BL
「それでも俺に一生を捧げる覚悟はあるか?」 シルヴィオは幼いころに第一王子の遊び相手として抜擢され、初めて会ったときから彼の美しさに心を奪われた。そして彼もシルヴィオだけに心を開いていた。しかし中等部に上がると、彼はとある女子生徒に興味を示すようになり——。

あの頃の僕らは、

のあ
BL
親友から逃げるように上京した健人は、幼馴染と親友が結婚したことを知り、大学時代の歪な関係に向き合う決意をするー。

5時間の向こう側

Lillyx48
BL
一度離れた2人が再会するお話。

幼馴染は僕を選ばない。

佳乃
BL
ずっと続くと思っていた〈腐れ縁〉は〈腐った縁〉だった。 僕は好きだったのに、ずっと一緒にいられると思っていたのに。 僕がいた場所は僕じゃ無い誰かの場所となり、繋がっていると思っていた縁は腐り果てて切れてしまった。 好きだった。 好きだった。 好きだった。 離れることで断ち切った縁。 気付いた時に断ち切られていた縁。 辛いのは、苦しいのは彼なのか、僕なのか…。

計画的ルームシェアの罠

高木凛
BL
両親の転居をきっかけに、幼馴染の一ノ瀬涼の家に居候することになった湊。 「学生のうちは勉強に専念しろ」なんて正論を吐く涼に反発しながらも、湊は心に決めていた。 しかし湊は知らない。一ノ瀬涼の罠に。 【初回3話は毎日更新! 以降は火・木19時更新予定】