北極星(ポラリス)に手を伸ばす

猫丸

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第三章 ルコス村

35.パトリスの過去

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 日が沈み、辺り一帯に鳥や獣の息遣いも聞こえない、不気味な闇が広がっていた。

「ううっ………」

「あ、パトリスさん、気が付いた!?」

 ノアが明るい声を上げた。はっと目を開けるパトリス。

「ぼ、僕は……大丈夫だったかい? ……皆に迷惑をかけなかったかな?」

 リュカはほっとした。よかった、いつものパトリスだ。

「パトリスさんのおかげで、ルコルコの木がこんなに立派になりましたよ!!」

 ノアが横たわっているパトリスに見えるように、上を指差す。
 見上げれば、満天の星空のようにルコルコの実が輝いていた。
 
 パトリスは、ノアに預けていた固形ポーションを自ら咀嚼して飲み込むと、少し体調も回復してきたのか、上体を起こして、軽口をたたいた。

「あ~あ、せっかく瘴気を抜いたのに、また振り出しだ」

 目を合わせず、頭をぽりぽりかきながら、口先だけで笑うパトリスに、リュカは尋ねる。

「あの、パトリスさんが見せたかったものって……」
  
 びくっとパトリスの身体がこわばった。


「ずっと一緒にいたのに、気づかなくてごめん。 まさか、エロアがルーに……謝ってすむことじゃないけど……本当にごめん……そうか……ケイスもそういうことだったのか……元気だったのに、不思議だったんだ……」

「…………」

「さっきのを見て大体想像ついたと思うけど……エロアは魔力を高める研究をしていてね。 もともとはサラ、あぁ……ヴァレル君のお母さんだったね。 彼女の病気を治すための研究をしてたはずだったんだけど……その一環で、魔獣の魔力を使う方法を思いついたんだよ。 しかも自分ではなく自分の兄、僕と三男を実験台にしてね」

「…………」

 以前アルシェと共に聞いたパトリスとエロアの関係に、新たな情報が加わっていく。

 パトリスは、なんとか魔塔に入ったものの、優秀な兄・ケイスと比べられるのが嫌で、家にも帰らず遊びまくっていた。しかも自分とたいして魔力量も変わらない年下の三男までも活躍しはじめ、ますます荒れた。
 だが、そのうち遊興費も尽きて、家に金目の物を物色しに戻った時に、エロアから「魔力を増やす方法に興味はないか」と提案されたのだという。
 
「そりゃ、はじめは疑ったよ? そんな方法があっても、自分だったら絶対に人には教えないから」
 
 でも、コンプレックスと好奇心には勝てず「一回だけなら」と半信半疑で試してみた魔法。魔獣から魔力を奪って自分のものにする。それに使ったのが奴隷魔法だった。
 
「すごく調子が良かったよ……はじめはね。 自分が思った以上に魔力もでるし、身体も動かしやすかった。 周りも自分を評価してくれるようになってうれしかったよ……でも評価されればされるほど、仕留める魔獣の量も増えていって怖くなった。 いつ皆にバレるかと常に怯えて過ごすようになって……『もうやめよう』と思いながらも、ずるずると魔獣を見つけては……」
 
 摂取すればするほど欲しくなる。それは魔獣のもつ本能なのか、依存だったのか。徐々に魔力を持つ周りの人まで獲物のように見えてきたという。怖くなって、必死に我慢した。浄化の効果のあるというルコルコの実を吐きながら食べて、魔獣の魔力を抜こうとした。
 だがそうすれば、すぐに自分の魔力は枯渇する。また劣等感に苛まれ、我慢できず魔獣で魔力を補給する。そして正気に戻って、ルコルコの実を吐かなくなるまで食べる。その繰り返しに疲弊し、再び生活が荒れ始めた頃、街で三男と会った。

 そこで気付いた。三男から真っ黒な魔力が出ていることを。もともとは淡い水色の魔力色の穏やかだった弟が、パトリスを見つけ、獲物を見つけたような喜色ばんだ瞳でニヤリと笑った。
 
「僕を兄ともわからず、奴隷魔法をかけてきたよ。 その時僕も同じような黒い魔力色になっているんだと思った。 必死に我慢してルコルコの実を食べて浄化したつもりでも、まだ抜けていない瘴気が、僕を魔獣に見せているのだと。 その魔法をかわして、魔法で攻撃した。 弟は正気に戻り、すぐに僕だと気づいた。 でも逆にそれがまずかったんだろうね。 弟は……そのまま狂ったように叫んで馬車に飛び込んだよ。 僕の目の前で……」

 そしてパトリスもまた、事故で死んだふりをして逃げた。行く宛もなく。エティエンヌの名を捨てて。

「どちらにしても、あいつは口封じに僕たちを殺すつもりだったんだと思うんだ……」

 初めは誰にも接さず、森で生きようと思っていた。だがずっと都会で恵まれた生活をしてきたのだ。一人では当然なにもできなかった。身なりから追い剥ぎにあい、途方にくれていた所を、ジョルジュに助けられたという。

「ルー、ごめん……僕はこの魔法の解除方法は知らないんだ……僕の知る限りでは、相手の魔力を奪い命令に従わせる事ができるということだけ。 限界まで魔力を吸い取れば『魔力の核』が出てきて、取られた側は息絶える。 それだけ……ただ、やっぱり魔獣の瘴気が少しでも残るうちは、浄化の魔力だけは受け付けないってことはわかったよ……自分の魔力やほかの魔力の色はどちらと混ざっても平気なんだけど……ごめん……あの時、僕がだれかに相談していれば、エロアの暴走を止められたかもしれないのに……ケイスだって生きていたかもしれない……僕は、ケイスに嫉妬してはいたけど、でもすごく尊敬していたんだ……素晴らしい兄貴で、大好きだったよ……それは本当なんだ……」

「アンタの贖罪はどうでもいい。 つまり、エロアを殺さなければ、リュカは完全に自由にはなれないってことだな?」

 ヴァレルがリュカを抱きしめながら、低い声で言った。
 その言葉に答えるように、パトリスはうなずいた。

「エロアは今でも実験をしていると思う。 バヤールにも、黒い魔力を纏った人間が、何度かルーを捜しに来ていたから。 君たちとの生活が楽しくて、ずっと黙っていてごめん……」

「教えてくれてありがとうございます。 僕とマチアスのことも、ずっと守ってくれていて……」

 ヴァレルの腕から抜けだし、パトリスの手を握る。パトリスは一瞬びくっとしたものの、リュカに触れてもなにもないことがわかると、涙を流して謝り続けた。


―――― 北極星を目指せ


 ずっと忘れていた言葉をふと思い出した。絵本の裏表紙に書かれていた、ケイスがフレデリック王へ贈った言葉。
 フレデリック王ではなく、自分がヴァレルを求め、導かれるようにしてここまで来た。

 空を見上げる。たくさんの輝くルコルコの実。その枝の間から輝く北極星。
 思わずその星をつかもうと手を伸ばす。
 その手が空を切り、落ちる寸前でヴァレルの手に握りしめられた。
 思わずヴァレルの顔を見る。


「俺は諦めない」


 その夜空のような瞳を見つめ、リュカも頷いた。
 
 
 
 
 
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