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猫丸

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2.老人の告白①

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 それは私がまだ十九の時のことです。
 当然ながら、まだ日本は太平洋戦争の真っ只中の時のことでした。
 夕方に降った雨のせいで、叔父の家から我が家へと続く泥の道は滑りやすくなっていました。
 私はぬかるみに足を取られないよう、もらったかぼちゃの煮物を抱きかかえながら帰途を急いでいました。
 雨が降らねばもっと早く帰れたというのに、憎たらしい話だが空に文句を言っても始まらない。
 家には戦争から帰ってきた五歳上の兄が待っていました。
「兄さん、ただいま。今日は叔母さんからかぼちゃの煮物をいただいたよ」
「あぁ……もうそんな時間なのだな……」
 奥の部屋から兄の声が聞こえ、私を出迎えようとしているのがわかりました。
 それよりも早く私は土間からふすまを開け、次座敷(居間)を覗くと案の定、畳に這いつくばっている兄が顔を上げました。

 戦争から戻ってきた兄は松葉杖をついていて、足を引きずっていました。フィリピンでの戦闘中、足に銃弾を負ったのだそうです。
 兄は以前とは様子が変わっていました。
 かつて村一番の美男子で、快活で明るかった私の自慢の兄でしたが、その表情は陰鬱としていて、肌はくすみ、頬はこけ、クマもひどかったです。
 それでも私はたった一人の肉親が帰ってきてくれたことに感謝しました。
 私達の両親は、流行病でそれよりも七年前に亡くなっていたのです。私が十二の時のことでした。
 当時未成年だった私達は、近くで農家をしていた叔父の家で世話になり、畑の手伝いをしながら生きてきました。
 当時の家長ですからね、叔父はそれはそれは厳しい人でしたよ。殴る蹴るは当たり前。機嫌が悪いと食事を与えてもらえないことだってよくありました。

 あぁ、誤解しないでください。恨んでいるわけではありません。当時はそれが当たり前だったのです。
 私が兄を戦地へ見送ったのも、叔父の家からでした。
 兄が帰ってきたので私たちは叔父の家を出て、兄と共にかつて両親と住んでいた家へ戻りました。
 戦争は日々激化していて、市井の生活もとても苦しかったです。
 兄の怪我がお国のために戦った名誉の負傷だったとしても、叔父の家が農家で、少なくとも最低限の日々の食べ物には困らなかったといえども、決して余裕があるわけではありませんでした。
 そして何より、兄は戦争神経症(戦争後遺症、現代でいうPTSD)を患っていたのです。
 叔父の家は本家で、親戚や近所の人の出入りも多い。そのように病んだ人を家に置いておくのは皇軍の士気を下げる、体裁が悪い、と嫌な顔をされたのも一因でした。
 その時、兄は二十四歳。私も十九歳になっていました。
 兄はわずかながら傷痍軍人恩給をもらえたし、私が兄の分まで働けば、生きていくくらいは何とかなるだろうと思いました。
 そうこうしているうちに、きっと兄も回復するはずだ、そう信じていました。
 でも一向に良くなる気配はなかったのです。
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