手紙

猫丸

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3.老人の告白②

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 私は風呂敷に包まれた煮物を土間の棚に置いて「汗と泥を流してくるよ。兄さんも準備しておいて」と言って風呂小屋へ向かいました。
 薪なども貴重でしたから、井戸水で一日の汚れを落としました。
 日が落ちても、まだ気温は蒸し暑く、冷たい水が気持ちよい季節でした。
 そして褌一丁の姿で兄を担いで、小屋まで連れて行くと、兄のために少し温めたお湯でその背中を拭きました。
 兄の身体には、銃弾をうけたひきつれの痕だけでなく、あちらこちらに傷痕がありました。私は、さぞかし痛かったであろうという同情の思いと、これから戦地に行く我が身を思い、身が引き締まる思いでした。
 ですがその兄の身体を拭く度に、私には何か言いようのない不思議な感情が湧き上がるのです。当時の私にはそれがどのような感情なのか、表現する言葉が見つかりませんでした。

「兄さん、近いうちにお墓参りに行こうか」
 私はぼんやりと遠くを眺めている兄に話しかけました。
「……あぁ……そうだな……」
「町内の掲示板にさ、食料のお供えは禁止って書いてあったから、花でも摘んで行こうか。この国難だし贅沢は敵!『欲しがりません勝つまでは』だね」
「…………」
 私が来年ここにいられるかはわからない。不安を打ち消すように努めて明るく言いました。
 長く続いている戦争で、私の知人も大勢亡くなっていて、私が生きて帰ってこれるか不安がないと言ったら嘘になります。
『国の為に命を捧げるのは当然』
 そのように教育されてきてもやはり怖いものは怖かったのです。
 私ももう直ぐ二十。二十になればすぐ徴兵検査が控えていました。

 深夜。叫び声がして深い眠りから引き戻されました。
(……まただ)
 声は隣の兄の部屋から聞こえます。
 戦争から帰ってきても兄はまともに眠れていない様子でした。
 聞いても何も話さない。私はただ大勢の兵士が死んだと言うこと知っているだけ。
 兄が戦地に赴くまで、私にとって戦況は野球の試合結果を見ているような感覚でした。
 行ったことのないアジアのどこかの国で、味方が何人、敵兵が何人が死んだ。それを頭では理解していても、どこか他人事のように感じていたのです。
 年齢だけでなく、精神的にもとても幼かったのだと思います。
 兄の出兵で初めて、そこにある一人一人の死というものを身近に感じました。
 そして兄が帰って来た今、私にもその恐怖が迫ってきていました。
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