手紙

猫丸

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5.老人の告白④

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 兄とSに対して強い怒りを感じてはいたものの、手紙を読んでしまったことを兄に気づかれるわけにもいかず、私は知らぬふりをしました。
 ですがそれ以来、兄の些細な行動にも色香を感じ、兄の身体を拭く度に股間が反応してしまうのを抑えることはできませんでした。

 その後、Sからの手紙は来ていないようでした。
 でも、私に赤紙が届いたのとちょうど同じ頃、久しぶりにSからの手紙が届きました。
 それは私がかつて読んで、ばれぬよう元通りに束ねたその手紙の上に置かれていました。
 封は開けられていたから、兄は既に読んだのであろうと思い、私はこっそり読みました。

 ――手紙はこれで最後にします。親の勧めで結婚することにしました。貴方が私を愛してくれているのなら、私のことなど忘れて貴方も幸せになってください。

「なんと勝手な!」
 気がつけば私はその手紙を握りつぶしていました。
 あのような精神状態の兄にこのような手紙を送りつけるとは。兄はどのような気持ちでこれを読んだのだろうか?
 夕食の時、兄の様子をうかがいましたが、兄はいつものようにぼんやりとしていて、その表情からは何も読み解けませんでした。

 数日後、叔父の家からの帰り道、家の方からなつかしい笛の音が聞えてきました。
 小走りに駆けて庭の方へと回れば、兄は自分の部屋から続く縁側で珍しく笛を吹いていました。
 先ほども言ったように、兄は笛を吹くのが上手だったのですが、戦争から戻ってきてからは初めてのことでした。
 兄は私に気づくと吹くのをやめ、私に尋ねました。
「私の枕元に置かれていた手紙は誰から来たのだ?」
 久しぶりに聞く兄の正気な声でした。
 私はごくりと唾を飲み込み、平静を装って答えました。
「手紙? あぁ、私の手紙に紛れていたあれか。昨夜気づいたんだ。兄さんが寝ていたから枕元に置いておいたんだよ。私の方が聞きたいよ。一体誰からだったんだ?」
「それが、わからないんだ」
 兄は困ったように弱弱しく笑いました。
(わからないなんてそんなことがあるものか!)
 そう思ったのですが、私のしたことを兄に悟らせるわけにはいきませんでした。
「なんというか……とても不思議な手紙でね……」
 兄は言いました。
「どう不思議なんだ?」
 私は何かミスを冒したのだろうか。不安になりながら尋ねましたが、兄はそれ以上何も言いませんでした。
「もし夜中、私の部屋で何か物音がしても、決して私の部屋を覗かないでくれないか?」
 兄はそういって、壁に寄りかかり足を引きずりながら、自分の部屋へと消えていきました。
 私はその後ろ姿を見ながら、覚悟を決めました。
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