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一二月の章
クリスマス -1-
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暖かく、静かな部屋の中。明彦はカーテンを開くと、思わず感嘆の息を漏らした。窓から見えるイングリッシュガーデンは、昨夜から降り続いた雪で真っ白に化粧していた。
いまだしんしんと降る雪に、朝日がさして大気までが美しく輝いているようだ。いつも見慣れた自室からの景色だというのに、雪が降っただけで別世界に来てしまったかと錯覚するほど。
明彦はデスクの椅子を窓辺まで引っ張ってくると、腰掛けてしばらく雪景色を楽しむ。明彦の実家は長野の山奥にある。雪など実家に帰れば毎年見飽きるほどに見ている。それでも、鷹鷲高校の敷地内に降る雪は美しい。
静かな時間の中、扉がノックされた。
「明彦様、おはようございます。モーニングティーをお持ちいたしました」
同時に聞こえたのは、東條の声。自然、明彦の表情は緩んだ。
振り返り「どうぞ」と声をかけると扉が開かれ、東條が部屋へと入ってくる。東條はベッドのほうを見てから、窓辺に座る明彦へと視線を移し、目を細める。
「おはよう、東條」
「おはようございます明彦様。もうお目覚めになられていたのですね。良く眠れませんでしたか?」
東條は手にしたトレーをテーブルに置くとポットカバーを外し、紅茶をカップへと注いで砂糖を一つ溶かし、ミルクを加え混ぜてから明彦へと差し出す。
「ありがとう。いや、眠れなかったわけじゃないんだけど、何となく目が覚めちゃって」
明彦はカップを受け取り、紅茶を一口含んだ。鼻腔をくすぐる豊かな香りが脳を刺激するようで、寝起きの体に実に染み入る。
「今日はクリスマスですものね」
「あ、そうだった。メリークリスマス」
大切な挨拶を忘れていたと、明彦は慌てて付け加えた。東條も微笑み「メリークリスマス」と返す。
今日は、冬休みに入る前の最終日だ。正式には、もう昨日で授業自体は終わっている。今夜は三年のみ、男子部、女子部共同で行うクリスマスパーティーがあるのだ。
「クリスマスパーティ自体は午後六時から始まりますが、五時からお支度を始めさせてくださいませ。それまでは特に予定はございませんが、本日はどうなさいますか?」
手帳を開くまでもなく、東條はスラスラと問いかける。
「東條さえよければ、ダンスの練習に付き合ってくれない? 全然できる気がしないんだ……今日もそれが心配で目が覚めてしまったような気がする」
明彦は肩を丸めて小さくした。
「はい、もちろん。わたくしでよろしければいくらでもお付き合いいたします。しかし明彦様は、何も心配される必要がないほど、とてもお上手ですよ」
東條は柔和な微笑みを浮かべそう答えながら、キャビネットから服を出して用意する。ダンス練習用のワイシャツとスラックスだ。
「全然自信ないよ。この間も東條の足踏んじゃったし。しかも本番でいきなり女の子となんて」
クリスマスパーティでは、パーティ開始と共に、出席者のマスター全員での社交ダンスが披露されることになっている。
マスターは半々に分けられ、半数が一曲踊り、次にもう半数と交代して一曲踊る。今年の鷹鷲高校帝王科の三年は男子部の方が人数が多いため、その男女の数の差は、女子部の中で二回とも踊る者を選出することで賄っている。
ダンスのパートナーは、女子部と男子部の中での背の順で勝手に決められており、明彦のパートナーは最上雅という。名前と簡単なプロフィールだけは知らされているが、明彦と雅は完全な初対面だ。
この日のために一ヶ月以上前から社交ダンスの練習を重ねてきた明彦だが、その練習相手は男性の体育教師か、同じく男子部のバトラーたちだった。
これは女子部を含め、他のマスターも全く一緒だ。
「雅様は特に男性に抵抗感はないと申し送りを受けておりますので、そう身構えずとも、自然体の明彦様のままでよろしいかと思いますよ。雅様は女子部の中でも王子様のようだと人気の高い、サバサバした素敵なお方だとか」
「王子様……俺なんかよりもよっぽどエスコートが上手だったらどうしよう」
紅茶を飲み干した明彦は、励まそうとした東條の言葉にまた別の不安を抱えた。深くため息をつきながら、支度をするためにバスルームへと入っていったのだった。
いまだしんしんと降る雪に、朝日がさして大気までが美しく輝いているようだ。いつも見慣れた自室からの景色だというのに、雪が降っただけで別世界に来てしまったかと錯覚するほど。
明彦はデスクの椅子を窓辺まで引っ張ってくると、腰掛けてしばらく雪景色を楽しむ。明彦の実家は長野の山奥にある。雪など実家に帰れば毎年見飽きるほどに見ている。それでも、鷹鷲高校の敷地内に降る雪は美しい。
静かな時間の中、扉がノックされた。
「明彦様、おはようございます。モーニングティーをお持ちいたしました」
同時に聞こえたのは、東條の声。自然、明彦の表情は緩んだ。
振り返り「どうぞ」と声をかけると扉が開かれ、東條が部屋へと入ってくる。東條はベッドのほうを見てから、窓辺に座る明彦へと視線を移し、目を細める。
「おはよう、東條」
「おはようございます明彦様。もうお目覚めになられていたのですね。良く眠れませんでしたか?」
東條は手にしたトレーをテーブルに置くとポットカバーを外し、紅茶をカップへと注いで砂糖を一つ溶かし、ミルクを加え混ぜてから明彦へと差し出す。
「ありがとう。いや、眠れなかったわけじゃないんだけど、何となく目が覚めちゃって」
明彦はカップを受け取り、紅茶を一口含んだ。鼻腔をくすぐる豊かな香りが脳を刺激するようで、寝起きの体に実に染み入る。
「今日はクリスマスですものね」
「あ、そうだった。メリークリスマス」
大切な挨拶を忘れていたと、明彦は慌てて付け加えた。東條も微笑み「メリークリスマス」と返す。
今日は、冬休みに入る前の最終日だ。正式には、もう昨日で授業自体は終わっている。今夜は三年のみ、男子部、女子部共同で行うクリスマスパーティーがあるのだ。
「クリスマスパーティ自体は午後六時から始まりますが、五時からお支度を始めさせてくださいませ。それまでは特に予定はございませんが、本日はどうなさいますか?」
手帳を開くまでもなく、東條はスラスラと問いかける。
「東條さえよければ、ダンスの練習に付き合ってくれない? 全然できる気がしないんだ……今日もそれが心配で目が覚めてしまったような気がする」
明彦は肩を丸めて小さくした。
「はい、もちろん。わたくしでよろしければいくらでもお付き合いいたします。しかし明彦様は、何も心配される必要がないほど、とてもお上手ですよ」
東條は柔和な微笑みを浮かべそう答えながら、キャビネットから服を出して用意する。ダンス練習用のワイシャツとスラックスだ。
「全然自信ないよ。この間も東條の足踏んじゃったし。しかも本番でいきなり女の子となんて」
クリスマスパーティでは、パーティ開始と共に、出席者のマスター全員での社交ダンスが披露されることになっている。
マスターは半々に分けられ、半数が一曲踊り、次にもう半数と交代して一曲踊る。今年の鷹鷲高校帝王科の三年は男子部の方が人数が多いため、その男女の数の差は、女子部の中で二回とも踊る者を選出することで賄っている。
ダンスのパートナーは、女子部と男子部の中での背の順で勝手に決められており、明彦のパートナーは最上雅という。名前と簡単なプロフィールだけは知らされているが、明彦と雅は完全な初対面だ。
この日のために一ヶ月以上前から社交ダンスの練習を重ねてきた明彦だが、その練習相手は男性の体育教師か、同じく男子部のバトラーたちだった。
これは女子部を含め、他のマスターも全く一緒だ。
「雅様は特に男性に抵抗感はないと申し送りを受けておりますので、そう身構えずとも、自然体の明彦様のままでよろしいかと思いますよ。雅様は女子部の中でも王子様のようだと人気の高い、サバサバした素敵なお方だとか」
「王子様……俺なんかよりもよっぽどエスコートが上手だったらどうしよう」
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