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001. マチュピチュ村・開村
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2025年秋。G7諸国が主導し、オープンメタバース「Tokoyo」がリリースされた。
従来のMMOと違うのは、アイテムやキャラ衣装など、「アカウントを除く全て」が売買可能な点である。また、Iinecraftのような自由度を持ち、世界チャットがない事からも、「もう1つのリアル世界」とも呼ばれる。
平たく言えば、何年か前の夏の映画に出てきたネット上の仮想世界を想起すれば良い。
Tokoyo計画に参加した国の国民は、マイナンバーを用いて参加する事ができる。
---
「ハンドルネームを設定して下さい」
彼は自身の名前・伊東重政から取って、「マサ」と登録した。
——はじまりの町にて。
「こんにちは。システムから、世界についてご説明します」
システムと名乗る宙に浮いた女の子は、名前をアカリといった。
大体の説明は省くが、特異な点が1個あった。
「……最後になりますが、ここ『はじまりの町』には地域住民税が課されます」
「市町村民税ではなくて?」
「いえ、『はじまりの町』独自に設定された公共料金のようなものとお考え下さい」
「つまり、ここに住むには幾らか払わなきゃいけないって事だよな?」
「イエス・サー」
「幾ら払えば良いの?」
この電子世界の通貨は、そのまま現実世界の銀行口座と連結されている。電子世界に来たばかりでも、支払う事が出来るのである。
「100万円です」
「……もう1回お願いできる?」
「地域住民税は、100万円です」
ニッコリと微笑むアカリを前に、マサは困惑する。
『はじまりの町』に住むには、月100万円を課されるらしい。しかし定住地を見つけなければ、『住所不定』になってしまう。
この電子世界における住所とは、ネット上のドメインのようなもので、法的には無くても問題ないが、メールやチャットが受け取れないといった問題が出てくる。
これじゃあ、アカウントだけあっても意味がない。
それに、様々なサービスやシステムがTokoyoを用いるよう切り替えが進められているため、絶対に『住所不定』になる訳にはいかない。
「なあアカリちゃん、住民税を回避するにはどうすれば良い?」
「A. 『はじまりの町』以外に住めば回避できます」
『はじまりの町』の半径は、初期地点から100kmらしい。ウルトラマラソンかよ。
質問を終え、歩く事を決意すると、アカリが薄くなり消えていった。
4~5階建てのフランス風の街並みは思ったより早く途切れ、草も生えない大地が続く。殺風景な土地をただ1人歩くのは寂しい。そう思っていると、農地がチラホラ見えてきた。
しばらく歩いたあたりで、農婦から声を掛けられた。
農婦といっても、黒髪丸顔で頬の豊かな同年代くらいの女の子なのだが。
「どこへ行ってるの?」
「『はじまりの町』の外側まで」
「あぁ、それなら諦めた方が良いわ」
「ここから先の壁の向こうには盗賊やモンスターが居るのよ」
聞くと、女の子はここで『農奴身分』となり地主の土地を耕す事で、月100万の課税を免れているらしい。
「農奴になれば、Tokoyoでの自由を奪われる代わりに、何とか生きていけるのよ」
その顔は、どこかつらそうである。というのも、このメタ世界は表情を読み取って反映する仕組みになっているのである。つまり、実際の表情もつらそうなのである。
「教えてくれてありがとう。でも私は進み続けるよ」
「……じゃあ1つ賭けない?」
「もし盗賊やモンスターの群れの向こう側に住む事が出来たら、私も連れてって」
「その代わり失敗したら、私の仕事を半分やってもらうわね」
中々面白い賭けだ。乗っかろう。
「約束だからね」
別れ際。名前を聞いてなかった事に気付き、互いに自己紹介をする。勿論ステータスを開けば分かる話ではあるのだが、社交辞令として。
「マサというのね。私はミコよ、幸運を祈るわ」
---
農地が暫く続いた後、柵のようなものが見え始めた。
高さ1m程度の何ともお粗末な柵だが、これが彼女の言う『城壁』らしい。
難なく壁を乗り越えると、そこには荒れ地が一面に広がっていた。
「アカリ、あとどれくらい進めば良い?」
「約50kmです」
ようやく半分といった所か。
市場どころか誰一人居ないので、アイテムすら買えない。
空腹ゲージもあと半分で、餓死すれば初期地点に戻ってしまう。かといってセーブポイントとなる寝床もない。
満腹度を上げねばならないのだが、パンが1000円もしたものだから、1つも買って来なかった事を後悔する。仕方なく野草を集めて食べ、餓えをしのぐ。
更に暫く歩き続けると、何やら人影のようなものが見える。
友好的な人ならば良いのだが、盗賊やモンスターの可能性がある。
ミコからはさっき、盗賊に関してこう聞いている。
「何故か盗賊の矢には一発射貫かれただけで倒されるのよね。冒険職は利益が出た事がないらしいよ」
あれが盗賊であれば、極めて危険だ。そう判断した私はすぐさま岩陰に隠れた。案の定、盗賊であった。
幸い盗賊は気付いていなかったのか、矢が飛んでくる事はない。
盗賊が近づいてくる。
青白く光る十数の人影は、まるで人ではない。
モンスターか何かなのだろうけれども、全く見当がつかない。
暫くして青白い人影たちが去った。
再び歩き始めると、アカリがこう言った。
「『はじまりの町』外側です。音声案内を終了します」
「着いたぁ!!!」
しかしまだ油断はできない。町の外側に寝床を用意して、セーブポイントとして設定しなければならない。
寝床の作成には、丸太が数個と羊毛が必要である。幸いにして両方すぐに揃い、寝床が完成した。また寝床が襲われては話にならないので、森林の中に小屋をひっそりと建てた。
次は食糧の確保だ。段々畑はすぐに作れる。だが、種が必要である。
種は雑草を引っこ抜く時のレアドロップなので、地道に雑草取りをするしかない。
雑草取りに山を下りると、たまに『盗賊』こと青白い人影に遭遇する。こういう時は、隠れて難を逃れる。
或る日、黒い人影が走っているのを見かけた。それを追う青白い人影。
私同様、『はじまりの町』から出てきた人だろう。助けねば。
「黒フードの人、取り敢えずあの山の奥に逃げて!!! 私がオトリになるから!!!」
取り敢えず逃がして、青白い人影に小石を投げつけた。
石が当たっていない。相手は透けている。
青白い人影がこちらを向くと同時に、木の棒を持って突撃する。黒フードの人は思ったより早く視界から消えている。
「かかって来いや、喧嘩上等っ!!!」
射貫かれる、と思って木の棒を投げると、射貫かれたのは木の棒であった。
慎重に屈みながら、小石をまた投げつける。注意は小石に向いている。
……小石が無くなれば射貫かれて終わるだろう。しかし、黒フードの人が逃げ切れば目的は達成。それまで注意を引き付けておけば良いのだから。
そうして小石が尽きて、突撃するしかなくなった。
「我こそは伊東信濃守重政、汝の名を問おう」
カッコつけて名乗りまで済ませたのに、相手が射て来ない。投げた小石1つ1つに反応していたものだから、もう矢がないらしい。
謎の矢が無いのなら、勝機はあるかもしれない。
ダメ元で突撃したが、人影は動きもしない。
思い切って弓を3つ奪って全力疾走したが、結局人影は追って来なかった。
---
山に戻ると、さっきの黒フードの人が出てきた。
「さっきはありがとう、ちゃんと約束を果たしてくれたんだね」
「約束?」
何の事か分からないでいると、彼女がフードを脱いだ。ミコだった。
「来ちゃった☆」
「どうしてここが分かったの?」
「アカリちゃんに頼めば分かるわよ。最後のは想定外だったけどね」
「取り敢えず寝床だけ設定させて。あと他の人も誘ったから、次々と逃げてくるわよ」
ミコが煽動したのが効いたのか、逃亡農奴が続発し始めた。私はミコの時と同様に、逃げてきた人々を助けていった。こうして『はじまりの町』から逃げ出した農奴たちの村には、段々畑が広がっていった。
「このまま逃亡農奴村っていうのもダサいし、マチュピチュ村って良いんじゃないかしら?」
気付けば、村の名前はミコの提案で『マチュピチュ村』になっていた。
---
一方その頃、『はじまりの町』では。
「逃亡農奴の資産差し押さえに賛成する評議員はご起立下さい」
「全会一致で可決されました」
従来のMMOと違うのは、アイテムやキャラ衣装など、「アカウントを除く全て」が売買可能な点である。また、Iinecraftのような自由度を持ち、世界チャットがない事からも、「もう1つのリアル世界」とも呼ばれる。
平たく言えば、何年か前の夏の映画に出てきたネット上の仮想世界を想起すれば良い。
Tokoyo計画に参加した国の国民は、マイナンバーを用いて参加する事ができる。
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「ハンドルネームを設定して下さい」
彼は自身の名前・伊東重政から取って、「マサ」と登録した。
——はじまりの町にて。
「こんにちは。システムから、世界についてご説明します」
システムと名乗る宙に浮いた女の子は、名前をアカリといった。
大体の説明は省くが、特異な点が1個あった。
「……最後になりますが、ここ『はじまりの町』には地域住民税が課されます」
「市町村民税ではなくて?」
「いえ、『はじまりの町』独自に設定された公共料金のようなものとお考え下さい」
「つまり、ここに住むには幾らか払わなきゃいけないって事だよな?」
「イエス・サー」
「幾ら払えば良いの?」
この電子世界の通貨は、そのまま現実世界の銀行口座と連結されている。電子世界に来たばかりでも、支払う事が出来るのである。
「100万円です」
「……もう1回お願いできる?」
「地域住民税は、100万円です」
ニッコリと微笑むアカリを前に、マサは困惑する。
『はじまりの町』に住むには、月100万円を課されるらしい。しかし定住地を見つけなければ、『住所不定』になってしまう。
この電子世界における住所とは、ネット上のドメインのようなもので、法的には無くても問題ないが、メールやチャットが受け取れないといった問題が出てくる。
これじゃあ、アカウントだけあっても意味がない。
それに、様々なサービスやシステムがTokoyoを用いるよう切り替えが進められているため、絶対に『住所不定』になる訳にはいかない。
「なあアカリちゃん、住民税を回避するにはどうすれば良い?」
「A. 『はじまりの町』以外に住めば回避できます」
『はじまりの町』の半径は、初期地点から100kmらしい。ウルトラマラソンかよ。
質問を終え、歩く事を決意すると、アカリが薄くなり消えていった。
4~5階建てのフランス風の街並みは思ったより早く途切れ、草も生えない大地が続く。殺風景な土地をただ1人歩くのは寂しい。そう思っていると、農地がチラホラ見えてきた。
しばらく歩いたあたりで、農婦から声を掛けられた。
農婦といっても、黒髪丸顔で頬の豊かな同年代くらいの女の子なのだが。
「どこへ行ってるの?」
「『はじまりの町』の外側まで」
「あぁ、それなら諦めた方が良いわ」
「ここから先の壁の向こうには盗賊やモンスターが居るのよ」
聞くと、女の子はここで『農奴身分』となり地主の土地を耕す事で、月100万の課税を免れているらしい。
「農奴になれば、Tokoyoでの自由を奪われる代わりに、何とか生きていけるのよ」
その顔は、どこかつらそうである。というのも、このメタ世界は表情を読み取って反映する仕組みになっているのである。つまり、実際の表情もつらそうなのである。
「教えてくれてありがとう。でも私は進み続けるよ」
「……じゃあ1つ賭けない?」
「もし盗賊やモンスターの群れの向こう側に住む事が出来たら、私も連れてって」
「その代わり失敗したら、私の仕事を半分やってもらうわね」
中々面白い賭けだ。乗っかろう。
「約束だからね」
別れ際。名前を聞いてなかった事に気付き、互いに自己紹介をする。勿論ステータスを開けば分かる話ではあるのだが、社交辞令として。
「マサというのね。私はミコよ、幸運を祈るわ」
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農地が暫く続いた後、柵のようなものが見え始めた。
高さ1m程度の何ともお粗末な柵だが、これが彼女の言う『城壁』らしい。
難なく壁を乗り越えると、そこには荒れ地が一面に広がっていた。
「アカリ、あとどれくらい進めば良い?」
「約50kmです」
ようやく半分といった所か。
市場どころか誰一人居ないので、アイテムすら買えない。
空腹ゲージもあと半分で、餓死すれば初期地点に戻ってしまう。かといってセーブポイントとなる寝床もない。
満腹度を上げねばならないのだが、パンが1000円もしたものだから、1つも買って来なかった事を後悔する。仕方なく野草を集めて食べ、餓えをしのぐ。
更に暫く歩き続けると、何やら人影のようなものが見える。
友好的な人ならば良いのだが、盗賊やモンスターの可能性がある。
ミコからはさっき、盗賊に関してこう聞いている。
「何故か盗賊の矢には一発射貫かれただけで倒されるのよね。冒険職は利益が出た事がないらしいよ」
あれが盗賊であれば、極めて危険だ。そう判断した私はすぐさま岩陰に隠れた。案の定、盗賊であった。
幸い盗賊は気付いていなかったのか、矢が飛んでくる事はない。
盗賊が近づいてくる。
青白く光る十数の人影は、まるで人ではない。
モンスターか何かなのだろうけれども、全く見当がつかない。
暫くして青白い人影たちが去った。
再び歩き始めると、アカリがこう言った。
「『はじまりの町』外側です。音声案内を終了します」
「着いたぁ!!!」
しかしまだ油断はできない。町の外側に寝床を用意して、セーブポイントとして設定しなければならない。
寝床の作成には、丸太が数個と羊毛が必要である。幸いにして両方すぐに揃い、寝床が完成した。また寝床が襲われては話にならないので、森林の中に小屋をひっそりと建てた。
次は食糧の確保だ。段々畑はすぐに作れる。だが、種が必要である。
種は雑草を引っこ抜く時のレアドロップなので、地道に雑草取りをするしかない。
雑草取りに山を下りると、たまに『盗賊』こと青白い人影に遭遇する。こういう時は、隠れて難を逃れる。
或る日、黒い人影が走っているのを見かけた。それを追う青白い人影。
私同様、『はじまりの町』から出てきた人だろう。助けねば。
「黒フードの人、取り敢えずあの山の奥に逃げて!!! 私がオトリになるから!!!」
取り敢えず逃がして、青白い人影に小石を投げつけた。
石が当たっていない。相手は透けている。
青白い人影がこちらを向くと同時に、木の棒を持って突撃する。黒フードの人は思ったより早く視界から消えている。
「かかって来いや、喧嘩上等っ!!!」
射貫かれる、と思って木の棒を投げると、射貫かれたのは木の棒であった。
慎重に屈みながら、小石をまた投げつける。注意は小石に向いている。
……小石が無くなれば射貫かれて終わるだろう。しかし、黒フードの人が逃げ切れば目的は達成。それまで注意を引き付けておけば良いのだから。
そうして小石が尽きて、突撃するしかなくなった。
「我こそは伊東信濃守重政、汝の名を問おう」
カッコつけて名乗りまで済ませたのに、相手が射て来ない。投げた小石1つ1つに反応していたものだから、もう矢がないらしい。
謎の矢が無いのなら、勝機はあるかもしれない。
ダメ元で突撃したが、人影は動きもしない。
思い切って弓を3つ奪って全力疾走したが、結局人影は追って来なかった。
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山に戻ると、さっきの黒フードの人が出てきた。
「さっきはありがとう、ちゃんと約束を果たしてくれたんだね」
「約束?」
何の事か分からないでいると、彼女がフードを脱いだ。ミコだった。
「来ちゃった☆」
「どうしてここが分かったの?」
「アカリちゃんに頼めば分かるわよ。最後のは想定外だったけどね」
「取り敢えず寝床だけ設定させて。あと他の人も誘ったから、次々と逃げてくるわよ」
ミコが煽動したのが効いたのか、逃亡農奴が続発し始めた。私はミコの時と同様に、逃げてきた人々を助けていった。こうして『はじまりの町』から逃げ出した農奴たちの村には、段々畑が広がっていった。
「このまま逃亡農奴村っていうのもダサいし、マチュピチュ村って良いんじゃないかしら?」
気付けば、村の名前はミコの提案で『マチュピチュ村』になっていた。
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