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002. はじまりの町の仕手戦
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「どういう事!?」
ミコが小さい山小屋の中でいきなり叫ぶものだから、思わず腰を抜かしてしまった。
他の人には別の小屋を作ったのだが、小屋が足らないから仕方なく2人で住んでいるのである。
「逃亡農奴の資産差し押さえが来月から始まるって通告が来たわ……」
このニュースは、マチュピチュの村民にとって危機であった。私以外の村民の全員が逃亡農奴であるからだ。搾取に抵抗して逃げてきたのに、現実世界の資産を差し押さえられては堪ったものじゃない。
ミコに期待の眼差しを向けていると、頭に豆電球が浮かんでいる。考え中を表すスキンらしいのだが、ちょっと可愛い。
ミコの頭上の豆電球が光ると同時に、何やら思いついたようなので、話を聞いてみる事にした。
「仕手戦を仕掛けるわよ」
ポニーテールを結び終えたミコの目つきは、覚悟を決めていた。
何やら壮大な規模の話をしているようだが、よく分からない。
そこで、もっと簡単に説明してくれるように訊いてみた。
「いまさら聞けないけど、仕手戦って何?」
「売り方と買い方の戦い、かな」
「簡単に言えば、金融戦争よ」
仕手戦といえば普通は小規模でマネーゲームの対象になり易いものを選ぶのだが、今回ミコは敢えて、取引の一番活発な小麦相場をターゲットとした。
「敵は市長と評議会よ、だから取引所をぶっ壊す!!!」
『はじまりの町』の取引所はあくまで民間が設置したもので、不備が多いのだという。まだ小規模であるが故に目立っていない弱点を突くのだとか。
「小麦相場の1日の取引は5トン、そこに合計1500トンの売りをぶつけるわよ」
思わず訊き返すが、ミコは絶対にできる、と断言する。
ミコは私を連れ、『はじまりの町』の取引所へと向かった。
---
「まずはハッタリをかまさなきゃね」
そういうと、ミコは町内最高峰の焼肉店・妙々苑で、一番高い焼肉弁当を注文し、それを各銀行や投資家にユーバーイーツで送り付けた。この時点で5000万円くらい飛んでいる。
同封したメッセージには「小麦は私が買い占める、買えるものなら買ってみろ」とサイン付きで記してあった。
——『はじまりの町』評議会にて。
「小麦相場の破壊を狙う者が、妙々苑の最高級焼肉弁当を送り付けるという事態が発生しました」
「相場操縦などできる訳がなかろう、誰も信じる訳がない」
「そんなもの、無視しておいて問題ない」
こうして評議会では華麗に無視された妙々苑弁当であったが、投資家や銀行の中では、上げ相場に期待して資金調達が密かに行われていた。
——翌日朝。
「アカリ、現在の小麦相場は?」
「現在、1kg=380円です」
現況を確認したミコは、狂ったような事を言い始めた。
「アカリ、3000万円で60トンの買い注文を入れて、1kg=500円よ」
「注文、完了しました」
「これで仕手戦の第一段階・風説の流布は完了ね」
どこからその自信と原資が湧いてくるのか分からないが、とにかく分かったのは、意地と体力の耐久戦だという事くらいだった。
「誘い合わせた銀行に、一斉に買いを入れるよう指示して」
「承りました」
「今の小麦価格と買い注文の量を教えて」
「1kg=700円で、1000トンの買い注文です」
アカリに質問や指示を次々に飛ばすミコだが、スケールが違いすぎる事に、ただただ驚くしかできない。
「驚く事じゃないわよ、まだ値は2倍、買い注文は200倍程度じゃない」
ミコの目には何が映っているのか、私には分からない。
気付けば1kg=1200円、元の3倍の値段になり、小麦価格の高騰は町中の話題であった。
「ここらで一旦冷まそうかな」
ミコがそう呟くや否や、1200円から1100円、1000円と値段が下がっていく。しかし、まるで予定されているかのように900円で落ち着き、買い注文は3000トンに膨れ上がっていた。
最早バブルである、誰もがそう認識している中で、ババ抜きが始まったのである。
「ミコ、前に用意させた架空の1500トンの食糧はどうするの?」
「丁度今から使う所よ」
ミコは第二の矢として、1000トンの『架空の』小麦を段階的に売りに出した。
それと同時に、別口座から1000トンの小麦の買い注文を出した。
「値段が吊り上がっていく……」
小麦価格は1kg=3000円をも超えて、4000円に辿り着こうとする所でミコが呟いた。
「……売り抜けたわ」
「マサ、一緒にアフタヌーンティーでもどう?」
いきなりのモードチェンジに私は戸惑ったが、ミコとの2人きりのアフタヌーンティーを快諾した。
---
「マサ君、ちょっと込み入った事を訊いても良い?」
「良いけど、どうしたの?」
「もしかしてなんだけど、洛北大学経済学部だよね?」
いきなり居場所を特定されて困惑する私に、ミコはこう続ける。
「リアルワールドでスマホの画面が見えちゃったんだよね……」
という事は、ミコも同じ場所に居たらしい。
「今は空きコマ?」
そう訊いてきたので返信しようと思えば、背後から肩を叩かれる。
「空きコマだったんだ」
情報過多でついていけない私に、ミコが逐一説明してくれるとの事なので、説明を聞く事にした。
「実は学内のカフェでスマホに映ってるのが見えちゃったんだよね」
「そこから、君を見つけては追い回してたのよね」
どうやらずっと、情報収集をされていたらしい。
それはさておき、現実に見るミコはとても可愛い。特にポニーテールと細いおくれ髪が可愛い。
「私の本名もミコよ、貴方の名は?」
改めて自己紹介をして少し話すと、幾つか同じ授業を受けている事が分かった。
「そろそろかしら」
ミコがそう呟いてパソコンを開く。
すると、小麦価格は暴落を始めており、取引量も激減していた。
ババ抜きに参加した投資家たちは大損を抱え込んでしまった。
「ここからが本番よ。『市場のクジラ』を仕留めてみせるわ」
ミコはそう言うと、更に500トンの売り注文を投げつけた。
『クジラ』とは市場で絶大な資金力を持つ投資家の事。これを叩き潰すために敢えて一番大きな市場を狙ったのだとか。
『クジラ』は重要産物である小麦の価格の急騰&急落を見逃す訳がない。市場安定化に向けて介入するに違いない。何故なら、彼らは取引所を支える存在なのだから。
ミコの読みは完全に当たった。
買い支えに動いた『クジラ』は、大損を抱えた投資家たちの損失補填にも回っており、そこに500トンの売りという追撃をかけた結果、資金力が枯渇してしまった。
---
「小麦価格が暴落、金融市場の崩壊も危惧」
『はじまりの町』では遂に取り付け騒ぎが起こった。取り付け騒ぎというのは、銀行に預けているお金が返って来ないかもしれないという信用不安によって生じるパニックである。
『クジラ』は、この信用不安を止められなかった。
こうして『はじまりの町』の金融市場は、完全に焼き尽くされた。
ミコは「私たちの勝利よ」と言う。
手許には44億円弱の資金が残った。とはいえ、取り付け騒ぎの直前に貴金属に変えて持ち出してあるのだから、実際は「44億円弱相当」と言うのが正しいが。
『はじまりの町』では、農奴に耕させていた郊外の土地が次々に手放された。買い手はつかず、銀行では殆どの債権が回収不能となった。月100万という重税に耐えうる担税者を失った町は、崩壊した。
『はじまりの町』の金融システムが完全に焼け落ちた事で、失業者が大量に発生した。元投資家だろうと、元農奴であろうと、今やただの人でしかなかった。
そんな中、費用を引けば30億の利益を手にして村へ帰る者があるという話は自然と広まり、帰る際には大名行列のようになってしまった。
——『はじまりの町』評議会にて。
「この程度の金融恐慌、イルミの力を借りれば解決可能だろう」
「その名を出してはいかん、電子世界の建前は『自由と民主主義』なのだからな」
「しかし、これは流石にイルミの介入なくして解決できんじゃろう」
「いや、『盗賊』を運用すればいけるやもしれぬ」
「無理矢理引き留めるという訳か」
「仕方がないでしょう」
「不満もやむなし、という訳か」
「了解した、『盗賊』を実戦投入しよう」
——ミコと私のマチュピチュ村への帰り道。
「大行列ができちゃったわね」
ミコがそう言うのも仕方がない。後方には数千人規模の行列がある。
壁まで辿り着いたものの、行列が『盗賊』に襲われては意味がない。
「壁を解体してシャベルにして、地下道でも作る?」
ミコの提案は中々の苦難を予想させるものだったが、人海戦術で何とか押し切る事にした。
「先遣隊が何ヶ所かで縦穴を掘り、そこと連結する感じが良いと思う」
「ズレて何本か地下道が出来ると思うけど、輸送効率が上がるから全然構わないのよ」
突貫工事の末、一部崩落を起こして塹壕化した部分もあるものの、森林地帯までの15kmの区間を結ぶ、総延長50kmの地下道が完成した。
「取り敢えず逃げてきたは良いけど、ここからどうするの?」
そう訊くと、ミコは新しい都市を建てたい、と言う。
「新都市の建設予定地なら既に目途が立ってるわよ」
2人きりで向かった先は、湖に浮かぶ島であった。
「ここが良い理由は2つあって、1つは農業用水の確保。もう1つは湖と川を繋げる事で、輸送がすごく楽になるの」
「でも、『盗賊』は来ないの?」
「あぁ、あれなら『はじまりの町』の端をグルグル周回してるだけだから問題ないわよ」
「モンスターの対策は?」
「湖が天然の城壁になってくれるわ」
こうしたミコの説得に押され、新都市の建設用地をここに決めた。
「さぁて、数千人が住める街作りを始めるわよ!!!」
---
「ログアウトしました」と映る画面の隣には、現実にミコが居る。まじまじと顔を眺めていると、ミコに「私の顔を眺めてても仕方がないよ」と言われる。確かにその通りだ。
「そういえば『ファミリー』って機能があるの知ってる?」
知らないと答えると、ミコが解説してくれた。
「平たく言えば、ゲームの『ギルド』みたいなものよ」
何が違うのだろう、と思っていると、そこも解説してくれた。
「職業を同じにする集団が『ギルド』であるのに対し、そうである必要がないのが『ファミリー』よ」
『ファミリー』と呼ばれる疑似家族的集団を構成する事で、電子世界で生き延びやすく出来るシステムであるともいう。
「ファミリー名は大抵リーダーの名前から取られる事が多いわね」
「じゃあ『ミコ・ファミリー』とか?」
「まるで私がリーダーじゃん、『マサ・ファミリー』の方が適切じゃない?」
「うーん、じゃあ『マサミコ・ファミリー』とか?」
「どうしても『ミコ』って入れたいなら良いけど……」
構成員を増やす事もないでしょ、と言うと、ミコは恥ずかしそうに「じゃあ分かり易いから良いか……」と言う。自分が恥ずかしいのに他人の名前を出そうとしてた事を突っ込むと、「バレたか」と微笑む。これがまた可愛い。
「明日は新都市の建設だね」
そう言って、家路に着いた。
——『はじまりの町』評議会。
「……町が壊滅したな」
「仕方があるまい、ガキ共に金融攻撃を受けたんだ」
「イルミに報告は……」
「要らん、武力で解決してしまえば良い」
「そうだな、そなたに任せよう」
ミコが小さい山小屋の中でいきなり叫ぶものだから、思わず腰を抜かしてしまった。
他の人には別の小屋を作ったのだが、小屋が足らないから仕方なく2人で住んでいるのである。
「逃亡農奴の資産差し押さえが来月から始まるって通告が来たわ……」
このニュースは、マチュピチュの村民にとって危機であった。私以外の村民の全員が逃亡農奴であるからだ。搾取に抵抗して逃げてきたのに、現実世界の資産を差し押さえられては堪ったものじゃない。
ミコに期待の眼差しを向けていると、頭に豆電球が浮かんでいる。考え中を表すスキンらしいのだが、ちょっと可愛い。
ミコの頭上の豆電球が光ると同時に、何やら思いついたようなので、話を聞いてみる事にした。
「仕手戦を仕掛けるわよ」
ポニーテールを結び終えたミコの目つきは、覚悟を決めていた。
何やら壮大な規模の話をしているようだが、よく分からない。
そこで、もっと簡単に説明してくれるように訊いてみた。
「いまさら聞けないけど、仕手戦って何?」
「売り方と買い方の戦い、かな」
「簡単に言えば、金融戦争よ」
仕手戦といえば普通は小規模でマネーゲームの対象になり易いものを選ぶのだが、今回ミコは敢えて、取引の一番活発な小麦相場をターゲットとした。
「敵は市長と評議会よ、だから取引所をぶっ壊す!!!」
『はじまりの町』の取引所はあくまで民間が設置したもので、不備が多いのだという。まだ小規模であるが故に目立っていない弱点を突くのだとか。
「小麦相場の1日の取引は5トン、そこに合計1500トンの売りをぶつけるわよ」
思わず訊き返すが、ミコは絶対にできる、と断言する。
ミコは私を連れ、『はじまりの町』の取引所へと向かった。
---
「まずはハッタリをかまさなきゃね」
そういうと、ミコは町内最高峰の焼肉店・妙々苑で、一番高い焼肉弁当を注文し、それを各銀行や投資家にユーバーイーツで送り付けた。この時点で5000万円くらい飛んでいる。
同封したメッセージには「小麦は私が買い占める、買えるものなら買ってみろ」とサイン付きで記してあった。
——『はじまりの町』評議会にて。
「小麦相場の破壊を狙う者が、妙々苑の最高級焼肉弁当を送り付けるという事態が発生しました」
「相場操縦などできる訳がなかろう、誰も信じる訳がない」
「そんなもの、無視しておいて問題ない」
こうして評議会では華麗に無視された妙々苑弁当であったが、投資家や銀行の中では、上げ相場に期待して資金調達が密かに行われていた。
——翌日朝。
「アカリ、現在の小麦相場は?」
「現在、1kg=380円です」
現況を確認したミコは、狂ったような事を言い始めた。
「アカリ、3000万円で60トンの買い注文を入れて、1kg=500円よ」
「注文、完了しました」
「これで仕手戦の第一段階・風説の流布は完了ね」
どこからその自信と原資が湧いてくるのか分からないが、とにかく分かったのは、意地と体力の耐久戦だという事くらいだった。
「誘い合わせた銀行に、一斉に買いを入れるよう指示して」
「承りました」
「今の小麦価格と買い注文の量を教えて」
「1kg=700円で、1000トンの買い注文です」
アカリに質問や指示を次々に飛ばすミコだが、スケールが違いすぎる事に、ただただ驚くしかできない。
「驚く事じゃないわよ、まだ値は2倍、買い注文は200倍程度じゃない」
ミコの目には何が映っているのか、私には分からない。
気付けば1kg=1200円、元の3倍の値段になり、小麦価格の高騰は町中の話題であった。
「ここらで一旦冷まそうかな」
ミコがそう呟くや否や、1200円から1100円、1000円と値段が下がっていく。しかし、まるで予定されているかのように900円で落ち着き、買い注文は3000トンに膨れ上がっていた。
最早バブルである、誰もがそう認識している中で、ババ抜きが始まったのである。
「ミコ、前に用意させた架空の1500トンの食糧はどうするの?」
「丁度今から使う所よ」
ミコは第二の矢として、1000トンの『架空の』小麦を段階的に売りに出した。
それと同時に、別口座から1000トンの小麦の買い注文を出した。
「値段が吊り上がっていく……」
小麦価格は1kg=3000円をも超えて、4000円に辿り着こうとする所でミコが呟いた。
「……売り抜けたわ」
「マサ、一緒にアフタヌーンティーでもどう?」
いきなりのモードチェンジに私は戸惑ったが、ミコとの2人きりのアフタヌーンティーを快諾した。
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「マサ君、ちょっと込み入った事を訊いても良い?」
「良いけど、どうしたの?」
「もしかしてなんだけど、洛北大学経済学部だよね?」
いきなり居場所を特定されて困惑する私に、ミコはこう続ける。
「リアルワールドでスマホの画面が見えちゃったんだよね……」
という事は、ミコも同じ場所に居たらしい。
「今は空きコマ?」
そう訊いてきたので返信しようと思えば、背後から肩を叩かれる。
「空きコマだったんだ」
情報過多でついていけない私に、ミコが逐一説明してくれるとの事なので、説明を聞く事にした。
「実は学内のカフェでスマホに映ってるのが見えちゃったんだよね」
「そこから、君を見つけては追い回してたのよね」
どうやらずっと、情報収集をされていたらしい。
それはさておき、現実に見るミコはとても可愛い。特にポニーテールと細いおくれ髪が可愛い。
「私の本名もミコよ、貴方の名は?」
改めて自己紹介をして少し話すと、幾つか同じ授業を受けている事が分かった。
「そろそろかしら」
ミコがそう呟いてパソコンを開く。
すると、小麦価格は暴落を始めており、取引量も激減していた。
ババ抜きに参加した投資家たちは大損を抱え込んでしまった。
「ここからが本番よ。『市場のクジラ』を仕留めてみせるわ」
ミコはそう言うと、更に500トンの売り注文を投げつけた。
『クジラ』とは市場で絶大な資金力を持つ投資家の事。これを叩き潰すために敢えて一番大きな市場を狙ったのだとか。
『クジラ』は重要産物である小麦の価格の急騰&急落を見逃す訳がない。市場安定化に向けて介入するに違いない。何故なら、彼らは取引所を支える存在なのだから。
ミコの読みは完全に当たった。
買い支えに動いた『クジラ』は、大損を抱えた投資家たちの損失補填にも回っており、そこに500トンの売りという追撃をかけた結果、資金力が枯渇してしまった。
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「小麦価格が暴落、金融市場の崩壊も危惧」
『はじまりの町』では遂に取り付け騒ぎが起こった。取り付け騒ぎというのは、銀行に預けているお金が返って来ないかもしれないという信用不安によって生じるパニックである。
『クジラ』は、この信用不安を止められなかった。
こうして『はじまりの町』の金融市場は、完全に焼き尽くされた。
ミコは「私たちの勝利よ」と言う。
手許には44億円弱の資金が残った。とはいえ、取り付け騒ぎの直前に貴金属に変えて持ち出してあるのだから、実際は「44億円弱相当」と言うのが正しいが。
『はじまりの町』では、農奴に耕させていた郊外の土地が次々に手放された。買い手はつかず、銀行では殆どの債権が回収不能となった。月100万という重税に耐えうる担税者を失った町は、崩壊した。
『はじまりの町』の金融システムが完全に焼け落ちた事で、失業者が大量に発生した。元投資家だろうと、元農奴であろうと、今やただの人でしかなかった。
そんな中、費用を引けば30億の利益を手にして村へ帰る者があるという話は自然と広まり、帰る際には大名行列のようになってしまった。
——『はじまりの町』評議会にて。
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「その名を出してはいかん、電子世界の建前は『自由と民主主義』なのだからな」
「しかし、これは流石にイルミの介入なくして解決できんじゃろう」
「いや、『盗賊』を運用すればいけるやもしれぬ」
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「仕方がないでしょう」
「不満もやむなし、という訳か」
「了解した、『盗賊』を実戦投入しよう」
——ミコと私のマチュピチュ村への帰り道。
「大行列ができちゃったわね」
ミコがそう言うのも仕方がない。後方には数千人規模の行列がある。
壁まで辿り着いたものの、行列が『盗賊』に襲われては意味がない。
「壁を解体してシャベルにして、地下道でも作る?」
ミコの提案は中々の苦難を予想させるものだったが、人海戦術で何とか押し切る事にした。
「先遣隊が何ヶ所かで縦穴を掘り、そこと連結する感じが良いと思う」
「ズレて何本か地下道が出来ると思うけど、輸送効率が上がるから全然構わないのよ」
突貫工事の末、一部崩落を起こして塹壕化した部分もあるものの、森林地帯までの15kmの区間を結ぶ、総延長50kmの地下道が完成した。
「取り敢えず逃げてきたは良いけど、ここからどうするの?」
そう訊くと、ミコは新しい都市を建てたい、と言う。
「新都市の建設予定地なら既に目途が立ってるわよ」
2人きりで向かった先は、湖に浮かぶ島であった。
「ここが良い理由は2つあって、1つは農業用水の確保。もう1つは湖と川を繋げる事で、輸送がすごく楽になるの」
「でも、『盗賊』は来ないの?」
「あぁ、あれなら『はじまりの町』の端をグルグル周回してるだけだから問題ないわよ」
「モンスターの対策は?」
「湖が天然の城壁になってくれるわ」
こうしたミコの説得に押され、新都市の建設用地をここに決めた。
「さぁて、数千人が住める街作りを始めるわよ!!!」
---
「ログアウトしました」と映る画面の隣には、現実にミコが居る。まじまじと顔を眺めていると、ミコに「私の顔を眺めてても仕方がないよ」と言われる。確かにその通りだ。
「そういえば『ファミリー』って機能があるの知ってる?」
知らないと答えると、ミコが解説してくれた。
「平たく言えば、ゲームの『ギルド』みたいなものよ」
何が違うのだろう、と思っていると、そこも解説してくれた。
「職業を同じにする集団が『ギルド』であるのに対し、そうである必要がないのが『ファミリー』よ」
『ファミリー』と呼ばれる疑似家族的集団を構成する事で、電子世界で生き延びやすく出来るシステムであるともいう。
「ファミリー名は大抵リーダーの名前から取られる事が多いわね」
「じゃあ『ミコ・ファミリー』とか?」
「まるで私がリーダーじゃん、『マサ・ファミリー』の方が適切じゃない?」
「うーん、じゃあ『マサミコ・ファミリー』とか?」
「どうしても『ミコ』って入れたいなら良いけど……」
構成員を増やす事もないでしょ、と言うと、ミコは恥ずかしそうに「じゃあ分かり易いから良いか……」と言う。自分が恥ずかしいのに他人の名前を出そうとしてた事を突っ込むと、「バレたか」と微笑む。これがまた可愛い。
「明日は新都市の建設だね」
そう言って、家路に着いた。
——『はじまりの町』評議会。
「……町が壊滅したな」
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