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007. 敵を知り己を知れば百戦危うからず

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——西方の草原地帯・スキート王国
「同盟国が滅んだとな?」
「大王様、これは今後の国益に関わる一大事かと」
「4つの『はじまりの町』のうち1つが滅んだからな……」
 この世界の東西南北4つの『はじまりの町』のうち、東の町を滅ぼしたのが商丘市。スキート国はこれら4つの中間地帯を支配する事で、莫大な富を巻き上げていた。
「東の『はじまりの町』のある関中地域をお治めになれば、東方の覇者となる事も叶いますぞ」
「いいだろう、ただ大王たる者として、どうして商丘のある中原や西方世界を支配できずにいられようか!!!」
「流石大王様、その心意気、感服致しました」

(これを機に、イルミナートでの地位上昇も望めるか……)
 少し思案した後、スキートの大王・チェンバロは、兵士の召集を行った。
「東の『はじまりの町』の正当なる後継国は我が国である。今ここに、簒奪さんだつ者から王座を奪う戦いを始める事を宣言する!!!」


——商丘市
 それは凱旋式の準備中の事であった。
「急報、スキート王国が宣戦を布告!!! 『はじまりの町』の再興を目的としている模様っ!!!」
 皆が茫然とする中で、事前に情報を仕入れていた私は指示を飛ばした。
「全軍に戦時体制への移行を通達、動ける者は今すぐ私に付いて来いっ!!!」
 すぐに集まった兵士は2000。対して相手は数万。
「また無謀な戦いをなさるおつもりで?」
 ヤスベーがこう訊いてくるのも仕方がない。
「私の意思じゃない、世がそう強いるからよ」
 そうとしか言いようがない。秘密結社イルミナートが全ての原因である。
「頑張って、後から私も援軍と一緒に駆けつけるから」
 ミコがそう言ってくれるのはとても心強い。このまま10倍以上の兵力差であるから、決戦なんて出来ない。偵察が関の山である。


——関中盆地・『はじまりの町』
「敵に占領される前に色々と調べておかねばならぬ事があってだなぁ」
 そう言うヤスベーの我が儘に付き合い、敵を目前として調査を行っていると。
「新聞社の跡地で、イルミナートについて告発しようとしてもみ消された記事を見つけたぞ」
 ヤスベーが見つけた記事には、要約すると次のように書いてあった。
「秘密結社イルミナートは全電子世界に君臨する、世界を影から支配する組織である」
 イルミナートが評議会に潜んでいるなどの事実も書かれていた。
「そろそろ敵が来る頃合いでございます」
 報告を受け、ヤスベーを含めた我々2000人は『はじまりの町』跡地から立ち去った。

——スキート王国軍では
「間もなく関中盆地ですな」
「何の妨害もなく進軍できるとは、良い事でありますな」
 総勢10万のスキート王国軍は『はじまりの町』跡地に向けて進軍していた。
「道中の都市を攻略していきますか?」
 家臣からの質問に、チェンバロ大王は乾いた声で答えた。
「あぁ、勿論だ」
 『はじまりの町』から独立した人々の都市は関中盆地に10以上存在した。しかしその全てがスキート王国による徹底的略奪を受け、占拠した『はじまりの町』に都市民を連行した。
「俺は『はじまりの町』の一角を征服し、関中盆地の全ての都市を破壊した。王の中の王となった俺は、東方大帝と名乗る事とする」
 チェンバロ大王の横暴な宣言に、王国軍は歓喜すると共に、捕囚民は絶望した。
「捕囚民には九公一民の税を課し、税は駐屯兵に分け与える」
 九公一民とは、収入の9割を税として徴収し、1割を手取りとするという意味である。
「駐屯兵には徴税権を与える」
 この一言により、駐屯兵による凄惨なる略奪が始まった。

「来年と再来年の分の税金も前払いしろ」
「それも含めて既に前の徴税吏ちょうぜいり様にお納め致しました」
「国庫に入ってねぇから納税した事になってねぇんだよ」
「そんな……」
「あと抵抗したから重加算税ね」
 5年分や10年分、100年分の税金を前払いするよう要求する駐屯兵が相次ぎ、捕囚民は無一文になるまで徹底的に財産を奪われた。現実世界の資産にも手を付け始めた駐屯兵は、家や土地をも奪い始め、社会問題にさえなり始めた。
「納められなければ現実世界での命はないぞ」
「アカウントから住所を特定できる」
 システム上、本来それは有り得ない事ではあるのだが、イルミナートを背景にした略奪者たちにとってはそれが可能であった。イルミナート内部でもやり過ぎではないかという声が上がったが、無視された。


——マチュピチュ村
「スキートはあっという間に関中盆地を征服したな」
 私が及び腰でいると、ヤスベーが声を掛けてきた。
「お陰様で敵情を知れたなぁ」
「というと?」
「敵は大王を中心とした移動型の独裁政権、つまり大王を捕まえれば瓦解する」
「兵法で似たのあったよね」
「多分それは『敵を知り己を知れば百戦危うからず』だと思うなぁ」
「それだ!!!」
 ヤスベーの分析の許、大王をピンポイントで撃破して瞬時に撤退する、一撃離脱ヒット・アンド・アウェイ戦術を用いる事にした。


——東の『はじまりの町』
「陛下、宮殿が間もなく完成致します」
 自称・東方大帝のチェンバロ大王は、評議会本会議場を取り壊し、ベルサイユのような宮殿を作り始めていた。
「仮御殿とももうすぐお別れだな……」
 チェンバロ大王が仮御殿としているのは、かつて穀物取引所があった建物であった。町で最も豪勢なその建物は、『はじまりの町』の運命を決した仕手戦の場所でもあった。
 そこに大王が居るという報告を受けた我々は、町の中心部を一挙に制圧し、大王を逮捕して逃げた。

「陛下はどこにおられるか!?」
「置き手紙を発見したぞ!!!」
「『大王は逮捕した』だと!?」
「すぐさま救出作戦を立ち上げよ!!!」
 こうして不敗のスキート王国軍は、作戦もロクに立てぬまま、マチュピチュ村を力攻めにする事を決定した。


——再びマチュピチュ村
「馬防柵と空堀、マキビシを早く準備せよ」
 こうして迎撃態勢が整った翌日、関中盆地で狼藉を働いていた10万の騎兵隊がマチュピチュ村へ攻め込んだ。
「ここに落とし穴があるぞ、押すな押すなっ!!!」
「馬同士の間隔をもっと空けてくれ、頼むよぅ!!!」
「地下道から槍を刺してくるぞー!!!」
 10万という大軍は罠に全く対応できず、大敗北を喫した。明確な指揮官を定めずに突撃してきたため、撤退を指示する者は誰も居なかった。
(この状況は不利だな……逃げよう)
 残存兵が少なくなった頃、形勢不利と見た一部の敵兵が逃げ始め、敵軍は総崩れとなった。
 更に決定打となったのが、ミコの援軍である。
「遅くなってごめんね」
 ミコの率いる1万5000の槍歩兵隊が、退却する敵の逃げ道を塞ぎ、挟み撃ちに遭った敵は投降した者を除き、ほぼ殲滅された。
「大王よ、これがそなたの率いた軍勢の末路よ」
 ヤスベーがそう言うと、大王はこう言い放った。
「王国が併合されようと俺は構わん、命と刀と右手があれば再起はできる」
 するとヤスベーがこそっと耳打ちしてきた。
「王国を合法的かつ正当な方法で、タダ同然で手に入れられるのは大きい」
 私はこれについて少し意見した。
「1つだけ条件がある、略奪物の返還だ」
 これを聞いていたのか、チェンバロ大王はすぐさま返事をした。
「兵士から資産を取り上げ、一旦商丘に預ける形で返還するというのでどうだね?」
 こうしてスキート王国は併合され、地図から姿を消した。
「約束通り帰してくれてありがとう」
 そう言い残して、チェンバロもどこかへ行った。
「イルミナートによる支配を上手く利用して財産を築いた、商人のような輩だったなぁ」
 これが、ヤスベーによる大王の評であった。


 スキート王国の滅亡は、メタバース世界全土に衝撃を与えた。
——北の『はじまりの町』・リトログラント
「ほぉ、スキート王国も滅びはったかぁ……」
「我らが北の町でもイルミナート政権の打倒が為されてしまいましたからね」
「まあ、我々はエクスラシャペルへ行けばええのよ」
「別名が支配する都メトロポリスですからなぁ」

——南の『はじまりの町』・月港
「革命、未だ成功するに至らず、とは思っていたけども、まさか先を越されるなんてね」
「ユキノさん、残るは西方世界のようですね」
「そうね、あそこにイルミナートの魔王が居るのだわ」

——西の『はじまりの町』・エクスラシャペル
モスキートが消えたか」
「魔王様、最早ファンタジー世界を偽装するにも限界かと」
「そうか、ならば我らはネウストリア西の新天地と名乗ろうか」
特級大師グランドマスター、では今度からは何とお呼びすれば?」
「皇帝とでも名乗ろうかね」
「では皇帝陛下、今日から我々は『ネウストリア帝国』ですね」
「さて、どう反徒をチェックメイトさせようかねぇ」
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