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010. まあ急くな、問答無用、無常なり

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——商丘市・マサハウス
「東都への逆侵攻プラン?」
 その場の全員がヤスベーに訊き返す。
「かなり長期的なものになるがなぁ」
「まずは沿海部に軍港を築き、そこから敵海軍を叩く」
「次に東都湾まで攻め込み、不可侵を約束させて緩衝地帯として領土を奪い取る」
 遠大な構想ではあったが、その場に居た全員が賛同した。
「まあ、国内統一を図らなきゃならないんだけどなぁ」
 というのも、商丘はあくまで1つの都市国家。元々『はじまりの町』対策で同盟を結び、今は半ば従属している都市国家などを抱えている。本国周辺の殆どが同盟国領であり、一番大きいまとまった領土は旧スキート領である。言わば、日の丸弁当の梅干しが本国で、圧倒的白ご飯が同盟国なのである。
「とにかく、統一政権を作る必要があるんだよなぁ」
 ヤスベーの主張に基づき、商丘市の勢力圏に新しく帝国を建設する必要が生じた。
「勢力圏にある全ての国を包摂する存在としての商丘帝国を建国する」
 政権統合は極めて円滑に進められ、人口1000万を誇る帝国が完成した。
「次は工業化、鉄道網を整備して製鉄所を作る」
 工業化の財源は流石に確保できず、新帝国各地に住まう大商人に奨励する形で整備した。


——東都帝国・御前会議
「第2総軍40万が全滅しました」
 総軍は2つしかない。戦力半減の報告を受け、東都の上層部では衝撃が広がった。
「火薬兵器の奪取よりも、我が国を維持する事を第一に考えなくては……」
「ならば一度戦果を挙げて講和に臨むのがよかろう」
「そういう戦果が挙がれば誠に結構ではありますが、そういう時期がありましょうか」
「とにかく、今は我が政権を維持する事を考えろというのが君の意見か」
「左様にございます」
 しかしイルミナート政権の一部には、火薬兵器の奪取に拘る者も居た。
「我々は他に優越する事により世界に君臨してきたのだ、ここで優位を捨ててはならない」
 東都帝国の上層部は内紛の末、機能不全に陥った。


——商丘帝国・マサハウス
「まずは海軍力が必要である」
 ヤスベーの主張により作られた軍港・蘇州港には製錬所や製鉄所、造船所などが多数設けられた。これらは商人らに海軍利権を渡す条件で出資を受けたものであった。
 蘇州の軍港では5隻の砲艦が作られ、敵艦隊撃滅の有効打とされた。
 ここで事件が発生した。
 近いうちに戦時中の東都帝国で軍事クーデターが起こり、第1総軍が攻め込んでくるという情報が入ったのである。
 この情報を受け、海軍の指揮権を握る商人団は、先に敵の港を叩く計画を立案した。
「商人団より、敵の母港を先に叩くという案が入りました」
 ヤスベーは戦争の継続に懸念を抱いており、この案を留保としていた。
「中央政府からの許可が遅い、出資者でもある我々で勝手にやってしまえ」
 商人団は遂に5隻の砲艦を動かし、敵の帝都・東都に向かわせた。


——東都帝国・東都
「敵艦が湾内にまで入って来たぞ」
「照準をこちらに合わせているに違いない」
 市民の間では不安が広がる中で、御前会議は紛糾していた。
「政権維持のためには、今すぐ講和しかない!!!」
「目的を遂行できないどころか降伏するというのか!!!」
 不毛な議論が交わされる中、議場にやってきたのは、陸海軍元帥・ディオクス卿であった。
「君たち、既にどちらも失格」
 元帥卿が議場の1人を斬って白灰化させると、会議は沈黙する。
「まず敵に優位を渡すのは有り得ない事だし、負けるのもまた有り得ない事だからね」
 東都皇帝以下、御前会議の参加者全員が屈服した瞬間であった。


——商丘帝国海軍・砲艦部隊
「撃ち方用意」
 照準が合わせられたのは東都城の天守。
「撃てぇ!!!」
 号令と共に、7重で漆塗りの壮麗な天守は砲弾により穴だらけになった。
「威圧は十分、上陸してエゾノールを獲得するのじゃ!!!」
 エゾノールというのは、東都帝国の北方にあるとされる大陸の事である。モンスターが大量に居るため東都も手出しできず、放棄された土地である。戦略資源が大量にあると考えられる事から、商人団はこれを狙っていたのである。
 揚陸兵はボートで東都の浜御殿から侵入し、東都帝国の御前会議場を襲撃した。
「何奴っ」
 間髪入れずに銃弾を叩き込み、会議場へと乱入する兵士たち。
「話をしようじゃないか」
 交渉を望む講和派に「問答無用」と叫んで灰皿を投げつける主戦派。その両者の首筋に狙いを定めて剣を振り下ろす元帥。そこに猟銃を撃ち込む商丘兵。
 講和派も主戦派も、元帥の振り下ろした剣により白灰化されてしまう。一方で元帥は猟銃に倒れ、白灰剣を落とした。
「この剣、敵を白い灰にするのか?」
 好奇心にかられた1人の商丘兵は、リスポーン寸前の元帥に白灰剣を突き立てた。
 元帥も白灰化し、消え去った。
 会議の参加者のうち生き延びた者は、誰一人としていなかった。


——東都帝国・東都府庁
「東都は我々商丘帝国が支配下となった事をここに宣言する」
 東都の上層部は軒並み白灰化されてしまった。また将兵の多くが先の戦いで傷ついており、生きている最も地位の高い者は軍曹級であった。
 無名軍曹が講和条約に調印させられ、商丘帝国はエゾノールの地を得た。しかし砲艦などでいざ探索してみると小島に過ぎなかった。憤慨した商人団は追加条約で東都帝国の西半を奪う苛烈な条項を追加し、東都を去った。


——商丘帝国・マサハウス
「海軍が勝手に東都を下し、東都帝国西半を占拠して帰ってきました」
 これは結果的には良いものであっても、軍部が政府に従っていないのだから大問題である。ヤスベーは焦燥しつつも、商人団からの海軍指揮権の剥奪を実施した。
 しかしエゾノール島の探索は続行され、石炭資源などの発見には繋がっていた。


——ネウストリア帝国・王宮
「イルミナート政権も残り2つですか……」
「このメタ世界の覇者が我々である限り、イルミナート体制転覆なんて夢のまた夢よ」
「問題がなければ良いのですが……」
「それに、我々は東都支援という名目で大艦隊を派遣してある」
「勝てる訳がないですもんね」
「東都は余計な心配をしなくて良かったのじゃがな」
 大艦隊の報告が商丘に入ったのは、その2日後の事であった。
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