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012. 天に双日なく、国に二王なし

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——現実世界・ミコ宅
「逃げる準備は整った?」
「逃げるって、どこへ?」
「アテはないけど、取り敢えずどこか身を隠せる所へ」
 ミコの家は幸いにして郊外にあり、監視カメラ網はそこまで広がっていない。市街地では、科学大国である中国で発明されたAI利用の監視カメラネットワーク『天網』が導入され、犯罪者や反逆者をすぐに捕らえられるシステムになっているのである。
 監視カメラでは顔や歩き方を用い、僅か2秒で本人特定が出来てしまう。また、落とし物探しや迷子の解消に役立てられている。導入時にあった根強い不満は、今や見る影もない。
 監視カメラ網について気にかけていた時であった。
 窓が割れる音と共に、物音が聞こえる。
(うち、隠し通路があるの)
 ミコがそう言うと、床下収納の奥に扉が見える。
(その前に、床下収納はちゃんと閉じておいてね)
 ミコがそう言うので収納を閉じた直後であった。台所に何者かが侵入した。
(早く行くわよ。来たら隠し扉を閉めてね)
 ミコに急かされ、隠し扉から出て閉めた直後の事。
「収納も怪しくないか?」
「ここに隠れている可能性もあるな」
 収納の中の隠し扉は見つからず、何とかやり過ごす事に成功した。
「ところで、通路はどこに繋がってるの?」
「地元の神社よ」
 地上へ出た後、竹林を通り過ぎて出た先は、参道の塞がれた神社であった。
「応仁の乱の際に係争に巻き込まれるのを防ぐため、参道を破壊したの」
 神社といっても、祠がポツンとあり、周辺の神域の草が刈られているだけではある。
「昔は黄色い船と書いて黄船神社といったそうよ」
「で、ここまで逃げてきたは良いけど、どうするの?」
 私が訊くと、ミコは「ここで暫く籠城するしかないわね」と言う。
「1つお願いがあるの」
 ミコがお願いだなんて珍しい。
「何本か裏道があるから、そこから定期的に食糧を差し入れてほしい」
 どうしても出向かなければいけない時以外は山から下りないようにするらしい。
「私にとって、今はマサだけが頼りなの。お願いね」
 ミコは両親を既に亡くしており、遺産を叔父が管理する形で、実家に住んでいるらしい。
 分かったと言って、山を下りた。


——電子世界・ネウストリア帝都・エクスラシャペル
「大艦隊が粉砕されましたが、商丘の副官・ミコを討ち取りました」
「よくやった」
「数日以内には現実でも暗殺が決行されるはずだ、残るは長官・マサだな」
「左様にございます」
「一方で月港はどうなっている?」
「戦線は膠着状態にあり、首都を落とせずにいます」
「暗殺も全て失敗しているというからな……」
「別の策を講じるという事でしょうか」
「その通り」
 ネウストリア皇帝は不気味な笑みを浮かべた。


——電子世界・商丘帝国・マサハウス
「詳しくは言えないが、現実世界でのミコの安全は確保した」
 私の報告に、一同は安堵した。
「しかし、重要な指揮官が欠けては戦いにならないぞ」
 ヤスベーの指摘ももっともである。ミコが居なくては話にならなかっただろう。
「月港と組めばなんとかなるかも?」
 サムがそう言うや否や、ヤスベーが叫ぶ。
「それだーー!!!」
「早速、月港に同盟を結ぶよう連絡する。敵の敵は味方ってやつだ」
 するとすぐに良い返事が返ってきた。月港と商丘の同盟のため、会談の場が設けられる事となった。


——電子世界・商丘と月港の会談の場
「こちらがユキノ様であられます」
 出てきたのは銀髪赤眼の女の子。どこかで見たかと思えばウィステリアである。ヤスベーが目を取られているのに対し、ウィステリアは「他の子を見ないで!!!」と若干妬き気味である。
「商丘と月港の盟を結ぶという事でしたね」
 そうですねと返事をすると、ビックリ発言がユキノの口から飛び出た。
「結婚しましょう」
 その場に居合わせたヤスベー以外の全員が驚いた。一方でヤスベーは思った。
(銀髪赤眼の子って、皆ああいうタイプなのか……?)
 ウィステリアはそれを見透かしたかのように言う。
「あら、何を考えてるのかしら。旦那様?」
 ヤスベーは思わず「ひっ」と声を上げて、ユキノから目を逸らす。
 そんな光景が繰り広げられる中、ユキノは言う。
「あぁ、勿論政略結婚ですのよ。『ファミリー』機能を使うと色々便利ですし」
「ま、まあそうですよね……」
 先ほどの驚きの火力が高すぎて、未だにたじろいでしまう。
 暫くの談笑の後、ユキノが一言。
「『マサミコファミリー』に入れて貰った事だし、本日はこれにて」
 ユキノ一行が帰って後、ヤスベーが呟く。
「嵐のような人だったなぁ……」
 商丘側の誰もがそう思った事であろう。ああ見えて、ユキノは何十回もの包囲戦を勝ち抜いたハイパー司令官なのであるのが余計に驚きを大きくした。


——電子世界・ネウストリア帝都・エクスラシャペル
「商丘と月港が手を組んだだと!?」
 現場が大混乱する中、皇帝は一言。
「ならば、両方一度に潰せば良かろう」
 そうして始まろうとした大遠征であったが、ここで不都合が生じた。
 イルミナートに反発する人々が反乱を起こしたのだ。彼らはネウストリア帝国の東半を占拠し、アウストラシア帝国を建国した。
 皇帝は激怒した。
「天に双日なく、国に二王なし!!! 特級大師グランド・マスターの力を見せつけてやる!!! 全軍東方へ進撃せよ!!!」
 この命令により『アウストラシア』は蹂躙された。民は連れ去られた後に白灰化されていった。


——電子世界・商丘帝国・マサハウス
「アウストラシア亡命政権より、残虐行為の抑止に力を貸してほしいと要請が来ています」
「勿論出兵するに決まってる。5万の陸軍で西方領域へ突入するぞ」
 2つ返事で大遠征が決定し、陸上でも遂にネウストリアとの激突が始まろうとしていた。
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