本を歩け!

悠行

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2章 本を出る

2章 本を出るー2

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 戸成さんもこの能力が欲しいのだろうか。一度聞いてみたのだが、「そりゃああった方がいいですけど、本中さんが連れて行ってくれるので別に、自分に絶対あればいいと言うほどは思わないです」と言う返事だった。
 図書館で少し調べものをしようと思っていたのでとぼとぼと歩きはじめる。まだ夏になり切らない風が私の前髪を逆立てさせた。私は理系なので実験科目がある。しかし勉強不足でレポートが書けないのだった。寮にいると誰かいるから喋ってしまう。
 なんで寮に入るまでしてこの大学に来たんですか。本中さんの志望校ここだったんですか。そう問われたことがある。私と戸成さんは、あまり自分の志望校について話をしなかった。文系と理系で違ったというのもあるが、本の話ばかりしていて、というか本の話しかしたくなくて、そういう話題は避けていた節がある。
 出願する時に、戸成さんに「どこの大学受けるの」と尋ねたら、存外に遠い大学だったので驚いた。聞けば、おばあさんが近くに住んでいるので下宿させてもらうのだという。成績と志望校と学部とを見比べて悩んでいた私は、最早大学に入れればどこでも良かった。そして出来れば家を出たかったので、ちょうどよさそうな学部を選んで、戸成さんが受ける大学に出願した。
 つまりは、戸成さんの質問に答えれば、そこを戸成さんが受けると言ったからである。
 私は今まで、こんな信じてもらえなさそうな能力について、戸成さん以外に言うつもりはなかったし、今後も無い。私は一緒に楽しんでくれる戸成さんがいて良かったと思う。しかし、戸成さんはどうだかわからない。
 図書館に着いて、学生証を探し出してゲートをくぐろうとすると、その前に男の人が立っていた。邪魔だなあと思って脇を通り過ぎようとすると、目が合った。
 私はぎょっとした。その人が、なんだか人間ではないような気がしたからだ。希薄と言うか、どことなく作り物みたいな人だった。そして、知り合いに顔が似ていた。
 思わず目がしばらく合ってしまった。私は目をそらして、そこを通り過ぎた。なんだか気味が悪かった。
 レポートのための本を探し、次の授業のために図書館を出ようとすると、まだその男はそこにいた。私はなんなのだろうかこの人、と思いながら立ち去った。

 翌日の放課後戸成さんに会うと、「バイトの面接に行った」という報告から始まった。人不足と言ってたし多分採用になると思う、という。
「いいなぁ」
「本中さんはバイトしないの」
「しようと思ってるけど、本屋って週三日以上あるじゃん」
「あー理系だときついか」
「実験の内容すでに分からなくなってるしな私」
「それ大丈夫なんですか……」
 その日の放課後はファンタジー研の活動をするために会ったのだった。二人ともばたばたして本を用意していなかった。私が図書館で本を借りたかったので一緒に行くことにした。
 昨日の人気持ち悪かったな、と思い出して戸成さんに話すと、眉を寄せて
「希薄ってどういうことですか」
 と聞く。
「そんな人います?」
「まぁどことなく戸成さんも人間離れしてるけどそんな感じじゃなくてね」
「いやいや私は普通の人間ですよ」
「高校の時隠者って言われてたじゃん」
 私はそれを思い出して笑ってしまった。戸成さんは不服そうである。
「それを言うなら本中さんだって、自由人でしたよ」
「自由人と隠者は違うじゃん」
「隠者は隠れてる分マシですよ」
「いやいや、自由人ってマイペースなだけでしょ、マイペースってもうほとんどの人間が言われることだからこれ」
 余計なことを言ったせいで話が混乱してきた。とにかく、と話を戻す。
「なんだか作り物みたいだった。イケメンなんだけど影が薄い感じ」
「イケメンなんですか」
「てかなんだろう、特徴が無い。欠点が無いというか」
「ふうん」
 そう話しながら図書館に着くと、あろうことかその人はまたいた。
「ああ、ほらあの人」
「あれですか」
「昨日三限の時間一時間ぐらいずっとあそこにいたみたいなんだけど、何してるんだろう」
「もしずっといるとしたらもう一日以上経ってるじゃないですか。そんなことあります?」
 ひそひそ話していると、その男がこちらに向き直った。なにやらこっちをじっと見ている。私は思わず「ひっ」と小さな叫びを上げてしまった。すると、男はどんどんこちらに近づいてくるのである。
「どうしよう。逃げていい?」
 と戸成さんに聞くが、「今日コンタクト付けてないからよく見えないんですけどそんな変ですか」などと呑気に目を細めている。
 ついに男はこちらまで来てしまった。あ、と口を開けて、何を話そうか迷っているという感じであった。私は仕方なく、「何か用ですか」と尋ねた。
「いや、そういうわけではないんだけど。えっと」
 腕を組んで下を向きしばらく考えた。知り合いに顔が似ていると最初に思ったが、その知り合いもそのような動きをする。兄弟か何かだろうか。
「ずっと困ってるんだ。それで、君は僕に気付いてくれているようなので」
 何を言っているのか全然わからず困惑する。戸成さんをちらりと窺ったが、彼女も分からなさそうな顔をしていた。戸成さんもこちらを見たので目があった。
「どういうことですか」
「信じてもらえなさそうなんだけど」
 彼は一呼吸置いた。
「僕がいた世界は、この世界と似ているんだけど違う世界だった、なんだか知らないけどここに来てしまって、帰れなくて途方に暮れてるんだ」

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