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第三章
悍ましい事実(雅次視点)
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本城に着くと、俺は家臣たちから盛大に出迎えられた。
「よくぞ、ご無事でお戻りになられました。お怪我がなくて何よりです」
「先日の桃井奇襲軍撃退、お見事でございました。さすがは山吹様じゃ」
これまで俺のことなんて誰も見向きもしなかったくせに、俺の背後に家房がいる上に、俺の瞳の色が山吹色になったから、俺が家督を継ぐことになるに違いないと踏んで、慌てて擦り寄ってきた。
つくづく、吐き気がする連中だ。
苦々しく思いながら、父の寝所に通された。
「……戻ったか」
「はい。戻るのが遅れまして、申し訳ありません」
遅参の詫びを述べた俺は、改めて父を見た。
寝具から上体だけを起こし、ひじ掛けにもたれ掛かるさまは何とも弱々しく、やたらと小さく見えた。
昔は山のように大きく、熊のように強いと思っていたのに。
「おお。その瞳、確かに山吹のもの。まさか、貴様が山吹に変じるとはな。夢にも思わなかった」
掠れ声で独り言ちつつ、父は右手を上げ、軽く掌を振った。
部屋に控えていた者たちが皆下がっていく。
どうやら、二人きりで話したいらしい。
こちらとしても望むところなので好都合……。
「本当に、貴様という輩はどこまでわしを苦しめるのか」
不意に聞こえてきた、吐き捨てるような声。
顔を向けると、父が落ちくぼんだ目でこちらを睨んでいる。
「なにゆえ、貴様なのだ。わしが何十年も欲し続けた山吹の我が子が、なにゆえ……よりにもよって、汚らわしい色狂いの貴様なのか」
「ち、父上……っ」
父がおもむろに摘まみ上げた文に息を呑む。
「家房めが言うてきおった。『山吹になった途端不安になったのか、月丸がわしの元に駆け込んできた。昼夜たっぷり慰めてしもうたせいで馬にも乗れなくなったゆえ、輿に乗せて帰してやった。感謝しろ』とな」
「っ……さようなことはございません。それがしは……!」
枕を投げつけられた。
「それに、こうも言うてきおった。『月丸はお前と違うて大人になっても可愛い。よく二人で嗤うておるのだぞ? お前はいかつくて可愛さの欠片もない。捨てられて当然』とっ」
「……え?」
今、この男は何と言った?
にわかには信じられない言葉に呆然とするばかりの俺に、目の前の男は文を投げつけてきた。
拾って読んでみると、
『怒ったろう。可愛い奴。月丸を差し出したのは、わしにまた抱いてもらうためだったのになあ。それなのにかようなことになって、それでもまだわしのことが忘れられぬとは。
だが、わしも忘れてはおらぬぞ。童の時のお前は今でも愛おしい。わしに童の素晴らしさを教えてくれた幼いお前は』
あまりの内容に、俺は全身総毛立った。
父が俺を家房に差し出したのは、家房の助力がなければ当家が立ち行かぬからで……その後、俺に辛く当たって殴りつけてきたのは、家房の助力がなしでは国を治められない己の不甲斐なさを思い出すから。
そう、思っていた。それなのに。
また家房に抱いてもらいたくて、息子の俺を差し出した?
家房が成長した俺を捨てて通って来なくなった時、あんなにも怒ったのは、もう家房に抱いてもらえなくなったと落胆したから?
吐き気がした。
家房に犯し抜かれたのは、この肌だけだと思っていた。
だが、本当は……俺が生まれる前から、犯され続けていたのだ。
この体には、家房に虜にされた男の血が流れている。
なんと、気持ち悪い。
なんと、おぞましい……!
嫌悪感で、震えが止まらない。
「よくぞ、ご無事でお戻りになられました。お怪我がなくて何よりです」
「先日の桃井奇襲軍撃退、お見事でございました。さすがは山吹様じゃ」
これまで俺のことなんて誰も見向きもしなかったくせに、俺の背後に家房がいる上に、俺の瞳の色が山吹色になったから、俺が家督を継ぐことになるに違いないと踏んで、慌てて擦り寄ってきた。
つくづく、吐き気がする連中だ。
苦々しく思いながら、父の寝所に通された。
「……戻ったか」
「はい。戻るのが遅れまして、申し訳ありません」
遅参の詫びを述べた俺は、改めて父を見た。
寝具から上体だけを起こし、ひじ掛けにもたれ掛かるさまは何とも弱々しく、やたらと小さく見えた。
昔は山のように大きく、熊のように強いと思っていたのに。
「おお。その瞳、確かに山吹のもの。まさか、貴様が山吹に変じるとはな。夢にも思わなかった」
掠れ声で独り言ちつつ、父は右手を上げ、軽く掌を振った。
部屋に控えていた者たちが皆下がっていく。
どうやら、二人きりで話したいらしい。
こちらとしても望むところなので好都合……。
「本当に、貴様という輩はどこまでわしを苦しめるのか」
不意に聞こえてきた、吐き捨てるような声。
顔を向けると、父が落ちくぼんだ目でこちらを睨んでいる。
「なにゆえ、貴様なのだ。わしが何十年も欲し続けた山吹の我が子が、なにゆえ……よりにもよって、汚らわしい色狂いの貴様なのか」
「ち、父上……っ」
父がおもむろに摘まみ上げた文に息を呑む。
「家房めが言うてきおった。『山吹になった途端不安になったのか、月丸がわしの元に駆け込んできた。昼夜たっぷり慰めてしもうたせいで馬にも乗れなくなったゆえ、輿に乗せて帰してやった。感謝しろ』とな」
「っ……さようなことはございません。それがしは……!」
枕を投げつけられた。
「それに、こうも言うてきおった。『月丸はお前と違うて大人になっても可愛い。よく二人で嗤うておるのだぞ? お前はいかつくて可愛さの欠片もない。捨てられて当然』とっ」
「……え?」
今、この男は何と言った?
にわかには信じられない言葉に呆然とするばかりの俺に、目の前の男は文を投げつけてきた。
拾って読んでみると、
『怒ったろう。可愛い奴。月丸を差し出したのは、わしにまた抱いてもらうためだったのになあ。それなのにかようなことになって、それでもまだわしのことが忘れられぬとは。
だが、わしも忘れてはおらぬぞ。童の時のお前は今でも愛おしい。わしに童の素晴らしさを教えてくれた幼いお前は』
あまりの内容に、俺は全身総毛立った。
父が俺を家房に差し出したのは、家房の助力がなければ当家が立ち行かぬからで……その後、俺に辛く当たって殴りつけてきたのは、家房の助力がなしでは国を治められない己の不甲斐なさを思い出すから。
そう、思っていた。それなのに。
また家房に抱いてもらいたくて、息子の俺を差し出した?
家房が成長した俺を捨てて通って来なくなった時、あんなにも怒ったのは、もう家房に抱いてもらえなくなったと落胆したから?
吐き気がした。
家房に犯し抜かれたのは、この肌だけだと思っていた。
だが、本当は……俺が生まれる前から、犯され続けていたのだ。
この体には、家房に虜にされた男の血が流れている。
なんと、気持ち悪い。
なんと、おぞましい……!
嫌悪感で、震えが止まらない。
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