異世界の片隅で、穏やかに笑って暮らしたい

木の葉

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学院山へ2

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 ミシェランから王都まで安全に馬車で行くには、少々遠回りにはなるが大きな街を巡っていくのが一番良い。道幅も広く、行き交う馬車も多いため、途中の宿屋や馬屋も充実しており、盗賊や魔物に襲われにくいという利点がある。
 
 私たちはまず、王都の次に大きいと言われるアルセル街を目指していた。アルセル街は、アルセル侯爵家が代々治めており、歴史も長く、古い建物が多いことで有名だ。ただ、奴隷だったカイトやハンナが育った街でもあり、私にとってはあまり良い印象はない。カイトやハンナの境遇は、私とリオには何となくだが伝わってきた。
 
 なぜなら、カイトやハンナの魂が泣きながら助けを求めてきたからだ。私とリオは鑑定は全くできないが、魂の色を視ることができる。これはスキルとして表示されているわけではないので、スキルではないのだろう。
 
 この世界に来た直後には、天界で見えていたよりも薄い色だったので、天界にいた時の名残りで魂の色が視えるのだと思っていた。だけど時が経つにつれて、視える色も多くなっていき、はっきりもしてきた。そして、まるで言葉を発するように、直接訴えかけてくる魂もごく稀ではあるが存在する。
 
 カイトとハンナに奴隷商会で出会った時には色しか視えなかったが、少しずつ接する内に、過去の彼らの魂が訴えてくることがあったからだ。
 
「助けて、怖い、嫌だ、苦しい、やめて、お願い……」
 
 そんな感情と映像が、ほんの僅かだが頭に直接訴えかけてくる。マッドに言うと、リオも同じ事を言っていたと教えてくれた。リオにも、あの声が聞こえていたのだ。
 
 私たち一行は、そのアルセル街で馬を休ませるために5日間ほどの滞在を考えている。スラム街に行く予定は勿論無いが、古い街並みや建物は素晴らしいとの話なので見て回るつもりだ。後、1時間ぐらいで到着するだろうとマッドが教えてくれた。しかし、胸の奥に、何か冷たいものがじんわりと広がる。この街に近づくにつれ、拭いきれない不安が募っていくのを感じた。
 

 到着したのは昼の2時頃だったが、街の入り口にある入門検査には多くの人が並んでおり、私たち全員が街に入れたのは6時過ぎだった。待ち時間の間に、周りの人々の焦りや不満が募っていくのを感じた。
 
 後でマッドがこれほどまでに時間が掛かった原因を話してくれた。
 
「検査に当たった役人の何人かは変な言い掛かりを付けてお金を騙し取っているようだ。そしてお金を払わない者たちには嫌がらせをしたり、わざと時間を掛けたりしているから、こんなに遅くなっている。今回はブライトン侯爵の者だとは名乗ってはいないが、馬車を見て高位貴族だと悟り、俺たちには何の嫌がらせもしてこなかったんだよ」
 
「まあ、役人にはそういった者も多いさ、珍しくもねぇよ。だがちょっとばかりこの街は変だな」
 
 バンスがそう言いながらも、その声には怒りが滲んでいるのが分かった。彼の経験からくる現実的な言葉だが、この街の異常さを物語っているようだった。
 
こんな時間になってしまったので、宿で一刻も早く休みたかった。高級宿なら直ぐに泊まれるだろうと思い向かうと、宿泊できるのは貴族のみであり、それ以外の者が泊まる場合は宿泊代とは別に一人5万リラが必要だと宿主は言ってきた。その法外な要求に、マッドとリオは宿泊するのをやめた。
 
 仕方がないのでその日は牧場主に、馬車の中で寝る許可を貰いに行った。すると、またもや一人1万リラを要求してきた。既に夜9時を過ぎていたので、マッドはしぶしぶお金を払い、全員馬車で寝たのだった。

 この街はどこかおかしい。私だけではない、リオもマッドも、そしてバンスさえもが、不信感を露わにしていた。まるで街全体が何かに蝕まれているような、得体の知れない悪意がそこかしこに漂っているように感じられた。
 
 以前、お爺様が商売に関してはきちんとした基準を設け、不正が行われないように厳しく管理しなければいけないと私たちに話してくれたことがある。「最後に被害を受けるのは、声を出せない善良な平民なのだから」と教えてくれた。あの時、お爺様の言葉を理解したつもりでいたのは、傲慢だったのかもしれない。被害を受けて初めて、声を出せない平民たちの苦しみが、胸を締め付けるような痛みとして、はっきりと理解できた。この街の現状は、その言葉の重みを、私に突きつけているようだった。
 
 馬たちには申し訳ないが、明日にはこの街を出て、もう少し行った先にある小さな町に滞在することに私たちは決めた。
 

 朝起きて出発の準備をすると、朝食も取らずに私たちは街を出発した。アルセル街から更に北へ一日半走ると、クレセンス町という小さな町がある。この町で馬をゆっくり休ませてから、ホース町へ移動することに決めた。
 
 この町からホース町までは3日掛かる上に、街道も狭くなっていくし、馬車の往来もあまりない。盗賊に狙われないように、できる限り休憩は避けたいし、野宿も最低限にしたいからだ。今度こそいい町である事を願わずにはいられなかった。
 
 幸い、ここでの宿はすぐに決まった。部屋は狭いが、内装は山小屋のようで可愛らしい。窓から見える山の景色はまるで絵画を見ているようで素晴らしかった。アルセル街の澱んだ空気とは打って変わり、この町は清々しい山の空気に満ちていた。宿から少し歩いた場所に名物の山菜汁が美味しい店があると聞いたので、夕飯はそこで済ますことにした。
 
 店内は地元の人や冒険者で賑わっており、騒がしかったが、皆楽しそうに笑っていた。その活気ある声を聞いていると、アルセル街で感じた不安が少しずつ和らいでいくようだった。
 
 食事をしていると、隣の席で冒険者4人がアルセル街について喋っているのが聞こえてきた。
 
「それにしてもアルセルは酷くなる一方だな、その内誰も寄らなくなるぜあそこは……」
 
「本当にそうだよな、報酬が良くなければ俺らもアルセルへの護衛なんてクエスト受けなかったよな」
 
「そう言えばお前が気にしていたスラム街の若い奴らは、正規の奴隷商人に売られたとギルド長が教えてくれたぞ。これで少しは安心したか?」
 
「そうか、いい人に買われればいいがな。あの時はすごく迷ったんだが、俺はあいつが正しく裁かれるのを求めていた気がしたからギルド長に委ねたんだ」
 
「結果として良かったかどうかの確認はできないが、スラム街で成人を迎えるよりは俺は良かったんじゃないかと思うぜ。あそこのスラム街では成人に達すると見目が良い奴はいつの間にか消えていくと言われている。特にここ数年のスラム街には見目が良い奴どころか若者は一人も居ない。どう考えてもおかしいだろう」
 
 私は隣の冒険者の人たちの話を聞いて、なぜだかカイトとハンナの顔が浮かんだ。
 
 やはりあの街は普通ではないのだろう。彼らの言葉が、私の心に深く重く響いた。アルセル街の闇は、私が想像していたよりもずっと深いのかもしれない。
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